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第12話:魔晶石と魔核①

 それはまさに青天の霹靂だった。


「おめでとう二人共。んじゃ今日から小遣い無しだから」


 それは『卒業試験』を無事クリアした日から三日後の話。


 冒険者ギルドの受付で、緑青りょくしょう色のプレートを受け取ったベッキー達二人は、すぐさまクエストを受注したい逸る気持ちを抑え、まずは師匠に報告だと住み慣れた我が家に帰り着いたその矢先、出迎えてくれた師匠の口から飛び出した台詞がそれだった。


「ど、どどどういうことだよっ?」


「そ、そそそそうだよっ!」


 これまでは師匠が受注したクエストを三人でクリアし、その報酬の中から『小遣い』と称して報酬の分前を貰っていた。とりわけ個人を名指しで発注されるクエストの報酬は破格で、それも金等級のクエストともなれば二人にとって相当な額になる。


 それが貰えなくなるとなれば驚き、慌てるのは当たり前のことだろう。閃光手榴弾を初め、武器の研究開発には相応の金が必要になるし、マルティナにとっても趣味の買い食い、長剣の新調や手入れにやはり相応の金が掛かるのだから尚更だ。


「どうもこうも。あんた達は〝青銅等級〟になってんだから、当然でしょう」


 何言ってるの、とばかりにそう言われ、「うグッ」と言葉に詰まる二人。確かに二人は今回の件でランクアップを果たし、無事一人前の冒険者とみなされ単独でのクエスト受注を許可された。つまるところそれは、自分の食い扶持は自分で稼げということに他ならない。


「うう……開発費が……」


「うう……買い食いが……」


 がっくりと項垂れる二人に、師匠はさも可笑しそうに笑うのだった。



※ ※



誠士郎「宗教がらみの迫害って世界が変わっても起こるもんなんだね……」


アーシャ「当事者としては真実を伝えられんのが歯がゆいばかりじゃがな……」



※ ※



「おい、こいつ〝紋付き〟だぞっ」


「この町で何やってやがんだっ、この詐欺師やろうが!」


「お、お願いしますっ。見逃してくださいっ」


 それはベッキー達がクエストを受けるために始まりの町リベルタを訪れていた時のこと。


 冒険者ギルドに向かう道の途中、野菜を商う露天の前で数人の男たちが一人のボロを着たみすぼらしい男を囲んでいる光景に出会した。囲んでいる男たちは怒りにその表情を歪め、唾を吐きかけんばかりにボロを着た男を難詰している。


「あっ――」と男たちの一人に殴られたボロの男があっけなく地面に倒れ伏すと、そこへ他の男達も加わって蹴りを入れていく。


 通行人は他にも居たが、誰一人として男たちの所業を責めるものは居なかった。それどころか他にも〝紋付き〟が隠れていないか怒鳴り散らす者までいる始末だった。


「…………」


 ベッキーはそんな彼らを遠目に見ながら冷めた目を向ける。


「『紋付き』って何だっけ?」


 とそこへ、道中で買った蜂蜜やバターをふんだんに使った菓子パンを食べ終えたマルティナが、ベタつく指を舐めながら訊いてきた。


「お前も少しは歴史を学んだらどうだ」


「姉ちゃんが居るから必要なし!」


「は〜、まぁいいや」呆れたようにため息を吐きつつ「『紋付き』ってのはな――」


 ここでこの世界の現状を掻い摘んで説明するとしよう。


 この世界では現在『魔法』が使えない。


 とある事件が切っ掛けでどんなに魔力操作に卓越した者でも、魔法の行使に必要な魔力マナを集約できないからだ。


 それは今から130年以上前に起きた、ある戦いに起因している。その昔、神話にのみ語られる神代の時代に天界から追放され堕天した元天使長アムシャが魔王となって引き起こした凄惨な戦い。後の世でおとぎ話として語られることになるその戦いを「魔塔戦役」と呼ぶ。


 女神アーシャと魔王アムシャの壮絶な戦いは三日三晩続き、その余波は世界の魔力マナの均衡を崩し、大地を、空を、海をあまねく世界のすべての領域を汚染した。


 これを一般的には『マナ汚染』と呼ぶが、魔法が使えないだけではなく、既存の動物が汚染によって魔物化する事例が多発しており、各国で問題視されている。


 そしてその戦いの末、魔王アムシャは倒れたが、女神アーシャは封印されその恩寵は世界に届かなくなったという。そのため恩寵を糧に神の奇跡を起こしていた治癒士たちは奇跡を起こせなくなり、初歩の回復ヒールすら使えなくなってしまったらしい。


 悪いことは重なるもので、時を同じくして『魔法』が使えなくなったことで時の権力者が、



 と声高に喧伝したため、神の恩寵を傘に来て法外な金額を要求していた教会はその権威を失墜させ、刻印――治癒士が入門時必ず首の後ろに刻まれる文様――を持つものは『紋付き』と呼ばれ迫害の対象となってしまったという。


 130年もの間守り続けてきた信仰には頭が下がる思いだが、と同時に同じだけの年月受け継がれてきた治癒士への憎悪には恐怖すら覚える。


 女神の封印が解ければ恩寵は戻り、再び奇跡を行使することが可能なのだが、現在そのことを知る者は二人の師匠であるタカナシと、とある一人のエルフのみである。


「――つー訳だ」


「なるほろ。で、があの『紋付き』って訳なんだねぇ」


「そういうこった。その信念は買うが、関わると碌なことがないからさっさと行くぞ」


「は〜い」



※ ※



「碌なクエストが無ぇな……」


 冒険者ギルド内に設置されている掲示板に張り出されているクエストを隅から隅まで調べた結果、出てきた感想はそんな一言だった。


『始まりの町』というだけあって、元々駆け出し冒険者向けのクエストが主な内容ではあるものの、普段通りならばそれでも必ず〝鉄等級〟クラスの依頼が混じっていた。それがどういうことだろう? それはもう見事に〝銅等級〟クラス――薬草採取や、鹿や雉狩りなど――の安い報酬のものしか残っていなかった。これなら魔晶石の採晶でも行うか、さもなければ迷宮ダンジョンに潜って魔物が保有している魔核コアを狙うほうがずっとマシである。


 ちなみに『魔晶石』とは地中の魔力マナ溜まりが結晶化したもので、魔法の代替手段である『魔導具』や、様々なポーションの素材の一つとして利用されている。


 そして魔核とは、魔物が必ず保有している――一部例外はあるが――、謂わば心臓ともいえる代物で、こちらも魔晶石同様の利用がなされている。


 価値としては魔晶石の純度や、魔核のランクにもよるが、魔核の方が買取価格が高い。


「どうする姉ちゃん。迷宮に潜るか、野良の魔物でも探す?」


「採晶って手もあるが?」


「性に合わないからパス!」


「だろうな」フッと笑みを浮かべる。


 正直なところベッキーもただ言ってみただけで、採晶には乗り気ではなかった。大地がマナで汚染される前はどうか知らないが、この辺りは元々産出量も少なく、かつ純度が悪い粗悪品も少なくない。となれば苦労に見合うだけの結果が得られないのは目に見えている。それでも日々掘り続けている者たちは、何らかの理由で魔物と戦うことが出来ないか、もしくはそこに一攫千金を狙う夢見がちな者くらいだろう。


「この分だと同じことを考えてる連中が沢山いそうだが、まぁしょうがないか。取り敢えず野良でも探して、ダメなら迷宮にでも潜るか」


 こうして今後の計画を決めた二人は、早速魔物の生息地へと向かおうとギルドを後にしたのだった。


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