目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第14話:魔晶石と魔核③

 ここは始まりの町から北東に馬で二時間ほどの場所にある、その先にそびえる山脈の麓付近にある森の中。


 二人はそこで見つけた、マナ汚染によって魔物化したティンバーウルフの群れと対峙していた。


「姉さん、一匹そっち行ったよっ」


「おう、任せとけっ」


 よく引き付けて、革製の籠手と一体化させた小型のクロスボウからクォレルと呼ばれる太く短い矢を発射する。それは今まさに飛び掛からんとしていたティンバーウルフの眉間を見事に射抜き、その生命を刈り取った。


「よし。んじゃ手早く解体するから周囲の警戒よろしくな」


「りょうか〜い」


 解体の邪魔になる籠手を外し、腰のベルトに装着している解体用のナイフを抜き取り、合計六体の魔物化したティンバーウルフの解体を始める。その表情はどこか愉しげで、そのうち鼻歌でも歌い出しそうな感じだった。


 魔物化した動物は、筋力などの基礎部分の大幅向上はもちろん、牙や爪がより強固に、そして鋭くなる。更にはその皮も通常のそれとは比べ物にならないほど丈夫になるため、これを鞣して作った革鎧レザーアーマーなどの革製品は通常のものと比べ格段に頑丈になる。もちろん値段も相応に吊り上がるが。


 今回のティンバーウルフからは牙と爪、そして皮。更には錬金術の触媒となるため眼球と心臓を持ち帰ることにした。魔物化した動物の肉は毒性を帯びるため、人間の食用には適さない。その特性から毒薬の素材となるのため少々もったいなくも感じるが、後々のことを考え今回は他の残った部位とともに地面に穴を掘って処分することにした。


 そうして一通りの作業が完了し、眼球と心臓を収めた羊の胃袋から作った革袋の口の紐を絞っていた時のことだった。


「た、助けてくれーっ!」


 少々甲高い男の叫び声が上がった。


「この気配は〝ゴブリン〟だねぇ。数は四匹かな。このままだとここに来ることになるけど、どうする姉ちゃん?」


 言外に助けるか、関わらないかと問うているのが分かる。


「もちろん素材をいただくに決まってるだろ」


 実にベッキーらしい答えだった。



※ ※



「ハァハアハァ……。あ、ありがとうございました」


 あっという間にマルティナに斬り伏せられたゴブリンに追われていた男が肩で息をしながら礼を言ってくる。


 ゴブリンの返り血を浴びたマルティナが怖いのだろう、その声は多少引き攣っていた。


「こんなところで何してたんだ?」


 討伐の証となる片方の耳を削ぎ終えたベッキーが男の身なりを見ながらそう口にした。


 男は少々小太りな体型で、その身なりはいかにもどこかの商会の人間然としており炭晶夫には見えない。街道沿いならまだしも、こんな魔物が出る森の中で出会うタイプの人物とは到底思えなかった。


「それがですね――」額に浮かんだ汗を拭いながら男が説明しだす。


 内容はこうだった。


 やはりこの男は商会の関係者で、ここから更に北東に進んだその遥か先にあるベルトナの町から遥々やって来たとのことだった。何でもこの先の山に新しい採晶坑道を掘り進めているらしく、男はその視察に訪れていたらしい。

そしてそろそろ始まりの町リベルタに取ってあった宿へ帰ろうとしたその矢先。坑道の奥から数名の悲鳴が聞こえてきたかと思えば、その奥から先程のゴブリンが姿を現したのだという。


「坑道の奥で何があったのか――って、その調子じゃ調べる暇もなかったろうな」


「ええ、ええ。逃げるのが精一杯で、坑夫と話す暇などまったく……」


「んじゃ、オレ等でちょいと調べてくるから、あんたはオレたちの馬を使ってリベルタの冒険者ギルドへこのことを伝えてくれ」


「わ、分かりました。問題の坑道は私が逃げてきた方角にあります。まだ殺された坑夫の死体が残っているでしょうからすぐに分かると思います」


 男はそう言い残すと、そそくさと馬の元へ走っていく。


「そんじゃと洒落込もうか」


 そう言ってベッキーはニヤリと笑みを浮かべた。



※ ※



「ここがそうか」


 男が示した場所に訪れた二人を出迎えたのは、物言わぬ骸とかした数人の坑夫と、むせ返るような血の匂いだった。


 しかし二人は顔色一つ変えずに入口に立って中を窺う。坑道内は等間隔でカンテラが吊るしてあり、松明は必要無さそうだ。


「まだ中に二体いるね」


「ぱっぱとそいつら片付けて先進むぞ」


「は〜い」


 坑夫の遺体はギルドから派遣されてくるだろう応援に任せ、二人はいそいそと坑道の中へと足を踏み入れた。


 その奥にはマルティナが感知した通り二匹のゴブリンが居た。どうやら殺した坑夫の遺体をおもちゃにして弄んでいるようだ。


「頼んだ」


「頼まれたっ」


 こちらに気が付いたゴブリン達は、向かってくるマルティナに襲いかかっていったが、四匹をあっさり倒したその技量の前に、これまたあっさりと首を撥ねられ絶命していた。


 手早く耳を削ぎ、更に奥へ進む。


 そこには掘り崩された土壁の真下に、同じく崩された煉瓦だろう赤茶けた瓦礫が転がっていた。カンテラを手に取り、そっと石壁の穴から奥を窺う。


「思ったとおりだ」


 規則正しく積まれた煉瓦の壁が、前方と左側に通路を伸ばしている。少なくとも明かりが届く範囲に他の魔物は居ないようだ。


「じゃぁやっぱり?」マルティがはしゃぐように言う。


「ああ。こいつは迷宮ダンジョンだ。それもおそらく未発見のな」


『迷宮といえばお宝。お宝といえば迷宮』と云われているくらい、迷宮には数々のお宝が眠っている。もちろんそれ相応の魔物も生息しているため、必ずしもそれらが手に入る訳では無いが、心躍らずにはいられなかった。


 しかも迷宮のお宝は、その迷宮を発見し最初に踏み込んだ者に優先権が与えられる。これを喜ばずして何を喜べと言うのか。


 とはいえ準備は必要だ。二人は逸る気持ちグッとを抑えて現在の装備を確認する。クォレルの残弾はあと15発。回復系のポーションも治癒士の男に使ったため数が減っていたが、予備も含めまだ十分にある。その他の装備も問題ないようだ。


 そしてマルティナも長剣の状態を確認する。ティンバーウルフや、ゴブリンを切ったために多少の油が付着しているがこの程度問題にもならない。次いで刃こぼれがないか確認するがこれも問題なし。


 お互いに装備を確認し終えた二人は、「んじゃ行ってみるとしようか」と互いの拳を軽くぶつけ合った。


 迷宮内に足を踏む入れ、改めて周りを確認してみる。これまでに発見されてきた迷宮の内容は全て頭に入っているが、そのいずれにも煉瓦こんな造りにはなっていなかった。間違いない、ここは未発見の迷宮だ。


 ところが――。


「姉ちゃん、壁がっ」


 これはツイてるぞと小躍りしたい気分のベッキーの背後で、マルティナの焦った声が上がる。


「――なっ」咄嗟に振り向いてベッキーは絶句した。なんと今しがた通り抜けてきた穴が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。


 これはこの迷宮が持つ自動修復機能のせいなのだが、そんなことなど知る由もない二人は、慌てた様子で先程まで穴が口を開けていた煉瓦壁と取り付いた。


「ダメだ、ピッケルでも傷一つ付かねぇ」小型のピッケルを手に愕然とする。


「姉さん、オルコが二体こっちに向かって来てるっ」


 しかも侵入に気が付かれたのか、猪のような牙が目立つ豚のような顔をした巨漢がこちらに走ってくるではなはないか。


「ああ、もうっ」間が悪いにもほどがある。「とにかく蹴散らすぞっ」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?