――ブゴァッ
と断末魔の叫びとともに最後のオルコが沈んだ。
「思ったより手こずっちゃたねぇ」剣に付着した血を払い、フーと息を吐いたマルティナがそんな感想を述べる。
「肌の色が違うし、今までの奴とは違うのかもな」
確かに普段目にするオルコは灰色の肌をしているが、今地面に倒れている二匹の色は〝褐色〟だった。この辺りの魔物のランクを鑑みるに、上位種というのは考えにくい。もしかするとマナ汚染による変異種だったのかもしれない。
「ま、魔核を鑑定してもらえば何か分かるかもしれねぇ」
「そうだねぇ」と頷くマルティナと手分けして
「お、あったあった」と喜色満面の笑みを浮かべるベッキー。その手には灰色をした拳大の球体が握られていた。
これが先にも軽く触れた
「こっちもあったよ〜」
とこちらも満面の笑みを浮かべるマルティナ。
「そんじゃ
『後処理』とは人間や動物同様に、マナ汚染によるゾンビ化を防ぐことである。
「はいよ〜」軽い返事で長剣を振るい、二体のオルコの首を撥ねる。「はい、完了〜」
この様に対象の首を撥ねておくことでゾンビ化は阻止できる。いつの頃だったか、新米冒険者がこれを忘れていたがために魔物や動物のゾンビが大量発生するという事件が起こり、各国で大問題になったことがあったらしい。それからというもの、『殺した相手の首は必ず撥ねろ。むしろ首を撥ねて殺せ』という教訓を師匠となった人物が弟子に最初に教えるのが常となったようだ。
「さて、どっちに進むかな?」オルコが向かってきた正面か、もしくは左か。
一旦小休止を入れた二人は、再び入ってきた穴があった場所の周辺を隈なく調べてみたが結果は一緒で、ひとまずマッピングしながら先に進もうということになった。
こういう時人数の多いパーティーならば二手に分かれるといった手も使えるのだが、残念ながら――というか理由があって二人で行動しているためにその手は使えない。ベッキーは罠を見抜く力はずば抜けているが、マルティナのようには戦えない。マルティナもまた、戦闘では無類の強さを誇っているが、罠を看破する能力はさっぱりである。
二人で一人。実に双子らしい組み合わせだった。
「とりあえず左に行ってみるか」
こうして二人は迷宮からの脱出兼、お宝探しを初めたのだった。
それからも右に曲がったり、左に曲がったり、正面に進んだ先の行き止まりで
「う〜ん。この辺怪しいな」手書きの地図上に不審な空間を見出したベッキーは、その辺りの壁を隈なく探し始めた。
「お、これか」地面すれすれに巧妙に隠されたスイッチを押す。するとカチリという音とともに壁の一部が横にスライドし、その奥に部屋が現れた。「ビンゴッ」
早速お宝発見かと沸き立つ二人。
しかしそこには何もなかった。いや正確には四畳ほどの小部屋の正面の壁、マルティナの背の高さより頭ひとつ分上に松明を差し込む燭台が設置されていたが、それ以外は何も見当たらなかった。
「「………………」」二人揃ってむーと口を引き結ぶ。
期待しただけにその落胆ぶりは酷かった。何でこんな部屋を隠してるんだよっ、と地団駄を踏む。
「――いや、待てよ」
ひとしきり地団駄を踏んで冷静になった脳裏にあることが閃いた。「マルティナ。リュックから松明取ってくれ」
「はいこれ」と取り出した松明をベッキーに手渡す。
「まずは床を調べて――」と松明で隠し部屋の床面を叩いて回る。マルティナはもしもの時のために通路で待機だ。「ふむ。落とし穴の類じゃなさそうだな」
「そんで
「…………」しばし無言の後、くるりと反転するとマルティナがいる通路に戻ると松明を渡して、「あの燭台に頼む」
「あいよ〜」と今度はマルティナが部屋に入り、燭台に松明を差し込んだ。「これでいいの?」
「…………ああ」何か思うところがあるのだろう、ぶっきらぼうな声音で「そのままレバーみたいに動かせないか試してくれ」
そんな姉の態度に気付かないのか、それとも気にしていないのか「がってん」と口にすると松明を持つ手を下に引く。するとどうだろう燭台が手前に45度ほど動いたではないか。
――ガチャッ
とどこかで何かが外れたような音が部屋まで響いてきた。
「おお〜っ。よく分かったねぇ」といたく感心した様子で拍手を送る。
「何となく閃いただけだ」と言いつつも、その顔はどこか嬉しそうだった。「んじゃ音がした方へ行ってみるか」
そうして隠し部屋を後にした二人は、改めて先に進んだのだった。
※ ※
「この辺の筈なんだけどな……」
「何にもないねぇ」
そこはマッピングの際に一度通った道だったが、先程同様の光景があるだけで何も変化は見られない。どういうことだと思いながらも、どこかに新たなスイッチが出現していないか隈なく調べていく。
すると突然、二人の背後で轟音が響き渡った。
咄嗟に振り向いてみれば、天井から滑り落ちてきた石壁が、今しがた通り過ぎたばかりの通路を完全に塞いでしまっていた。
「――なっ」愕然と驚きの声を上げるベッキー。
前に通ったときには何も起きなかった。ということは隠し部屋でのギミックが関連しているのは明らかだが、感圧板を踏んだというのならともかく、どういう仕組でタイミングよく石壁が落ちてきたのか皆目見当が付かなかったのだ。
試しにマルティナが持ち上げようとしてみたが、人の力では到底不可能な話だった。
これでこの通路を引き返すことは出来なくなった。ベッキーは忌々し気にマップへ✘印を描き殴ると再び歩き出す。
少し先のところでT字路へと繋がるその通路を進んでいると、
「あっ――」
またしても突然天井から石壁が落ちてきて、T字路の左右の通路を塞がれてしまった。
「クソっ、一体どういう仕組なんだっ?」
罠の看破には自信があっただけにショックは大きい。
しかし問題はそこじゃない。ひとしきり頭を抱えたベッキーは、冷静さを取り戻そうとその場で深呼吸する。
状況は最悪だった。通路の反対側は既に塞がれている。しかも更にはT字路まで塞がれてしまった。要するにこの通路に閉じ込められたという訳だ。この迷宮が何階層あって、今いるのが何階なのか皆目検討も付かないが、このままでは下手をすれば酸欠を起こす可能性もあるのではないか? よしんばそれは無くとも、このままではいずれ食料も水も底をつき、餓死することだろう。
とはいえこうしてここに留まっていても始まらない。
「もう一度通路を調べ直すぞ」
二人は行き止まりへと変貌してしまったT字路の突き当りから順に壁や、床を隈なく調べてまわった。
「ん? こんなところに窪みなんてあったか」
それは通路を半分ほど戻った場所にあった。床との繋目の一部が、煉瓦一つ分凹んでいる。ベッキーはそこへ走り寄ると、一縷の望みを託してその窪みに手を入れる。慎重に探ってみると、指先に先が丸い突起物のような感触が伝わってきた。
「何かのスイッチがあるな。押してみるから頭上と周りに注意しててくれ」
「分かったぁ」
マルティナの返事を待ってスイッチを押す。
――ガコンツ
「姉ちゃん壁がっ――」
その声に咄嗟に振り向く。ズズズーと唸るような音を上げながら、背後にあった壁の一部がゆくりと地面に吸い込まれるように沈んでいくところだった。
そして完全に沈みきった壁のその先に待っていたものは――、
「これを降りてこいってか? まったく面倒なことしやがる」
下へと続く一本の階段だった。