松明の明かりが果てしなく続く通路をぼんやりと照らす。
複雑に入り組んだ地下遺跡はどこかカビ臭く、どこまで行っても終わりがないかのようだった。
行く手を遮る魔物どもを蹴散らしつつ、四人の冒険者たちは最奥を目指して何時間も彷徨い続けていた。
「お、あそこに扉があるぜ」
その内の一人、首から銅の
すると、これも同じ銅のプレートを下げた盗賊の男が扉にへばり付いて、中の物音に耳を澄ませ、罠の有無を確かめた。
「――罠の類は無いみたいだぜ」
「そう言って
パーティーの紅一点。豊満な胸元に青銅のプレートをぶら下げた女戦士がからかうようにクックックッと笑った。
「あ、あの時はたまたま調子が悪かっただけだっ。今回は間違いねえよ」
「ま、どのみち通路はここまでようだし、入ってみるしかあるまい」
パーティーのリーダーにして、先の三人の師匠でもある鉄等級の男が松明を掲げて見せる。確かに薄ぼんやりとした通路の先は、すぐそこで行き止まりになっているようだった。
扉を押し開け部屋の中へ踏み込む。
その部屋に入って真っ先に気付いたのは、奥に据えられた祭壇と、そしてそれを守るように両脇で翼を広げる石像だった。
「ここが最奥……?」
「にしては些か部屋が狭いようだが」
「とすると考えられるのは、あの祭壇の裏に隠し階段があるってところか?」
「だったらまずはあの邪魔な
そう言うやいなや、背中に吊った
「待てつ! なにか様子が変だ」
師匠の男が何かに感づいたのか慌てて女戦士を止めたが時既に遅く、その大剣は石像を粉微塵に砕いていた。
※ ※
「結局見つかったのはこれだけか……」
一冊の本を前に独りごちる。
師匠が残していった書き置きの内容にあった〝и〟の謎の手がかりを掴むべく、師匠の書斎や、寝室を虱潰しに探して回った結果見つけたのが一冊の本だった。
その本のとある
『動物界の統治者男神ウォーフ セニア公国 シンボル:ᚠ フェオ』
『大地の守護神女神アールマティ サラハ共和国 シンボル:ᚦ ソーン』
『金属・鉱物の守護者男神クシュラ インディス帝国 シンボル:ᛟ オセル』
『水の守護者女神ハルタート ラティカ シンボル:ᛚ ラーグ』
『植物の守護者女神アルムタート アメリア帝国 シンボル:ᛇ ユル』
『聖なる火の守護者女神アーシャ ユーシア王国 シンボル:и フル』
「フルねぇ……」ペラペラと頁を捲っていく。
これで〝и〟という文字が何と読むのかは判明した。全部で六種類と書き置きにはあったので、他の五種類に関しても同様に判明したことになる。あとは神話に語られる神々の名の横に、この世界に存在する各国の名前が記されてあることから、おそらくだが〝シンボル〟が記されている玉とやらは、それぞれの国のどこかに隠されているのだろう。
ここまでは分かる。そう、ここまでは……。
「だからってどう探せってんだよ……」
ベッキーは思わず頭を抱えた。
世界は広い。どこまでも広い。今いるこのユーシア王国内ですら行ったことのない場所が色々とあるというのに、世界を股にかけろと来た。もはや干し草の中で一本の縫い針を探す行為にも等しい。
せめて隠し場所の手掛かりくらいはないかと読み進めていくが、載っていたのは神々に関する話と各国の成り立ち。あとは特産品や名物と、はてはレジャースポットまでが記されており、旅行ガイドそのものという代物であった。
名物に関する内容はマルティナあたりが喜びそうだが、別に観光旅行に出掛けるわけではない。
テーブルに置かれた黄金の偶像へ視線をやりながらポツリと呟く。
「呪いか……」
そう。自分たちに掛けられた呪いを解くためである。
この呪いのせいで、大なり小なり不幸に見舞われるようなのだ。そんなの冗談じゃなかった。解除できるなら今すぐそうしたい。
ハ〜とため息を吐きつつ、必要そうな情報を羊皮紙で作ったメモ帳に書き記していく。
「姉ちゃん」とそこにマルティナが戻ってきた。
「獲物は仕留めたか?」
「うんっ」嬉しそうに笑みを浮かべる。「それもヘラジカだよヘラジカっ。」
「そりゃ凄いな」
「そうでしょう。解体するから手伝ってぇ」
「おう。すぐ行くから初めててくれ」
は〜いと元気に返事を返しながら階下へ降りていくマルティナの姿に、あいつもたくましくなったよなぁと感慨深げに何度も頷く。
そして転写した内容を一通り確認し終えたベッキーは、大きく伸びをすると、解体作業を手伝うべく階下に降りていったのだった。
それは、昼間解体したヘラジカの肉をふんだんに使った晩飯を食い終わり、食後のハーブティーを飲んで
「そういえば、あのへんてこな文字のこと何か分かったぁ?」
「少しだけな」
そう言って転写したメモ帳をマルティナに見せる。
「うへぇ〜」文字の羅列に渋面を浮かべつつ目を通す。「ホントだ六種類あるっ」
変なところに感心する妹に苦笑しながら、「それが各国に一つずつ隠されてるっぽいんだよな」と腕を組む。
「それはまた大変そうだねぇ」
「しかも国のどこに隠されてるのかがさっぱり分からんときたからな」
「でも姉ちゃんのことだから何か考えがあるんでしょ?」
「まぁな」ティーポットからおかわりを継ぎながら。「あの男を探そうと思う」
「『あの、
「ん? あ、ああ」『男』の部分に妙なトゲがあったような気がしつつもベッキーは自分の考えを話しだした。「ほら前にリベルタでボコられてた治癒士が居ただろ?」
「……ああ、居たねぇ。姉ちゃんが実験台にしたやつ」
「あれはあくまで治療行為であって実験などでは――ってそんな話はいいとして。ひょっとしたらあの男ならこの国に隠されてるシンボルの在り処が分かるんじゃないかなと思ってな」
「なんでぇ?」
「あの男――っていうか女神アーシャの存在を疑わず信奉してる『拝火教』の連中なら、伝承とか口伝とか何か知ってるんじゃないかと思わないか?」
「う〜ん……。確かにそれはあるかも」
「だろ? どうせ他にアテもないし。とりあえずその線で調べてみようと考えてる」
「まったく師匠が場所とか書いててくれれば、そんな苦労しなくて住むのにねぇ」
「まったくだな。ま、あの師匠のことだ」師匠に口調を真似て、「『これも試練の一つだと思って頑張んなさい』とか言いそうだけどな」
「うわぁ、確かにあの人なら言いそう」と首を竦めて見せ、プッと噴き出す。
それにつられてベッキーもプフッと噴き出した。
顔を見合わせた二人は、その後も師匠を肴に笑いあったのだった。