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第67話:巨人の里とᚦの玉【前編】③

「それにしてもトラップだらけだな、この迷宮ダンジョン


 ベッキーが呆れ顔で言う。今まさに、その罠に引っ掛かって命を落とした冒険者から冒険者証を回収しているところだった。


「これで十八人目か。残すところあと五人だね……」


 エイダが無念そうに回収した冒険者証を握りしめる。


「迷宮でこんな短期間で人が死にまくったのはシーリスの地下迷宮以来だな」


 回収した冒険者証を入れたズタ袋をリュックに仕舞い、代わりに羊の胃袋で作られた水筒と、携帯用の乾燥肉を取り出す。ここらで休憩にするつもりなのだろう。エイダも自分の分を受け取り、石積の壁を背にドッカと座る。


「前に言ったけど、ほんと相棒がベッキーで良かったよ」


 そうでなければ、今頃深く暗い穴の底で「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」と言うだけの惨めな存在に成り下がっていたことだろう。


「褒め言葉は素直に受け取っておくけど、講師は絶対にやらないからな?」


「チッ、やっぱり駄目か」エイダは冗談めかしてそう言うと肩をすくめる。「けど感謝してるのは本当だぜ?」


「知ってるよ」


 そう僅かに微笑んで、手に残った干し肉のかけらを口に放り込んだ。そして水で口を潤すと言葉を続ける。


「オレ思うんだけどさ。この迷宮ってひょっとして石版を守ってたりしないかな?」


「石版って、魔術の石版のことかい」


 エイダも水筒を呷り、口元をグイッと拳で拭う。


「ああ。そう考えるとあれだけ凶悪な罠が仕掛けてあったのも頷けるんだよな」


 ただの迷宮と言うには、罠の凶悪さもさることながら、仕掛けられている数が多すぎる気がする。もちろんそう感じるだけで、最奥には普通に財宝が隠されているだけかもしれないが。


「しかしそうなると、死んた奴らが浮かばれないね……」


 エティンがいた迷宮の石版がそうだったように、現状知りうる限りあれに触れられる人間はベッキーしかいない。もしこの迷宮のお宝が石版だった場合、触れもしない上に書いてある文字の意味も分からないものに命を懸けたことになる。それが冒険者のつねだと言われればそうかもしれないが、何ともやりきれなものがあった。


「さて、そろそろ調査を再開するか。最奥まで行けば、残りの奴らの安否も、お宝の正体も全部分かるだろうさ」


 だからそんな顔すんなよと、先に立ち上がったベッキーがエイダに手を伸ばす。


「それもそうだね」とエイダは差し出された手を掴み立ち上がる。「どうにもアタシは冒険者としての覚悟が足りてないらしい」


「そんなもん、足りてる奴のほうが珍しいと思うぜ? ま、オレは違うけどな」


 そう言ってベッキーはニヤッといたずらっぽく笑った。つられてエイダも笑う。ひとしきり笑いあったところで、


「さ、改めて調査再開だ」


「おう。早く見つけてやらないとね」


 二人は意気揚々と歩みを再開したのだった。


 そしてそれはいくつかの罠を越え、こう言っては何だが、珍しく犠牲者が出ていないことに、ひょっとしたら生き残りがいるかもしれないと希望を持ち始めた頃のことだった。


「何だあれ……鉄球か?」


 左側の壁に、何やら大きな球状のものが、そのなかばまでめり込んでいるのが目に入った。カンテラの灯りに照らされて鈍色にびいろの輝きを放つそれは、まさしく鉄球のようだった。


「何てデカさだい。ベッキーより大きいんじゃないか?」


 エイダが驚いた表情で鉄球と相棒を見比べる。近くで見ると、その大きさの異様さが際立つ。こんなものを食らおうものなら、一瞬の内に全身の骨という骨が砕かれ即死することだろう。


 しかしそれよりも、だ。


「この鉄球どこから転がってきたと思う?」


 ベッキーの視線が、反対側へと向く。


「そりゃぁ、そこの階段からじゃないかい?」


 そう言うエイダの視線の先。鉄球がめり込んでいる壁の正面奥に、上へと続く階段が見て取れた。


「なぁ、オレ何だか凄い嫌な気がするんだけど気のせいかな?」


「奇遇だね、アタシも嫌な気がしてたところさ」


 アハハハと二人して乾いた笑いを上げる。


 そして意を決してカンテラの灯りを正面奥に向けると、二人同時に階段を見上げてみる。次の瞬間、「嗚呼」と二人は揃って天井を仰ぎ見ていた。


 その光景は、ただただ凄惨の一言に尽きた。


 全身の骨という骨を砕かれ、口から内蔵をはみ出させ、人間とはあそこまで平べったくなるものなのかというほど押し潰されて階段に張り付いていた。上階から転がり落ちてきた鉄球によるものなのは誰の目にも明らかだった。


 その人数は五人。これで探していた消息不明者全員の死亡が確認された瞬間であった。


「結局全滅かよ」


 ヤレヤレとばかりにため息を吐くベッキー。


「…………うっ」


 エイダは、そのあまりに凄惨な光景に軽く吐いていた。


「大丈夫か?」


「ああ、もう大丈夫だ」


 汚れた口元を拭い、改めて階段を見やる。また込み上げてきそうになるのをグッと我慢し、一番下で潰れている亡骸にそっと近づくと冒険者証を回収した。


「階段のどこかが感圧板になっている筈だから、後ろからゆっくり着いてきてくれ」


 残りの冒険者証を回収するためベッキーを先頭に階段を上がっていく。一段一段ゆっくりと調べていくため、その歩みは牛歩並だったが、下手をすれば自分たちも彼らと同様の末路を辿りかねないことを考えると仕方のないものだった。


「やっぱりあったか」


 一番上の段で死んでいた冒険者の付近を調べていたベッキーは、そこに巧妙に階段に偽装された感圧板を発見した。その段を踏まないように注意しながら更に階段を登っていく。最上段には鉄の扉があり、その右側の石壁にはドラゴンの頭をかたどった鉄製の像が取り付けてあった。おそらく感圧板を踏むと、この像の口から鉄球が吐き出される仕組みになっているのだろう。


 そして最後に扉に取りつき罠の有無を確認する。どうやらこの扉にも罠が仕掛けてあるようだった。


「まったく、念のいったこって」


 苦笑とともにその場にしゃがみ込むと、カンテラをエイダに任せ、ピッキングツールを取り出して罠の解除に取り掛かる。罠の構造が複雑で思った以上に時間を要したが、何とか解除に成功した。


「ふぅ〜」


 額に浮かんだ玉の汗を拭って一息つく。


「お疲れさん」


 そんなベッキーを笑顔で労うエイダ。だがその笑顔はどこかぎこちなく、冒険者のむごたらしい死を目の当たりにしたショックがありありと見て取れた。


 しかしベッキーは敢えてそのことには触れず、いつも通りの調子で、


「オレの感が正しければ、この奥が最奥のはずだ」


 と言ってドアノブに手を掛けた。もちろんエイダのことが心配じゃない訳では無い。エイダは仲間だ、それがあんな笑顔を向けられれば心配もする。かといって何か気の利いたことが言えるわけでもなく、仮に言えたとしてそれが何の慰みになるのか疑問だったからだ。結局この手の問題は自分で乗り越えるしかないのだから。


 思いの外重い扉を二人がかりで押し開ける。


「これは……っ」


 エイダが思わず驚きの声を上げる。そこは二十畳ほどの広さに、金銀財宝をこれでもかと詰め込んだとんでもなく綺羅びやかな部屋だった。


「こいつは凄いな……」


 カンテラの灯りを照り返す財宝を前に、ベッキーも興奮を抑えられない様子だ。


「ん? あれはっ」


 あまりの光景に、二人して口をあんぐり開けて魅入っていると、ベッキーが部屋の中央奥に小さな祭壇が埋もれているのに気がついた。


 祭壇に近づき、周りの金貨の山を払い除ける。そこには〝ᨉ〟の文字が彫られた石版が埋もれていた。やはりそうだ、魔術の石版だ。金銀財宝の山には驚かされたが、この迷宮が石版を守っているという考えは当たっていたのだ。


「それは例の石版かい?」


「ああ、間違いないな」


 嗚呼、またあの感覚を味わうはめになるのか……憂鬱な気分になりながらも、思い切って石版を握るベッキー。


「――っぁ゙」


 その途端襲いかかってくる、脳に直接焼印を押されているような感覚。これは何度体験しても慣れる気がしない。まったくもってクソッタレな気分だった。


「大丈夫かい?」


 それしか掛けてやれる言葉を持たないエイダは、そんな自分を歯がゆく思いながら、頭を手で押さえ苦しそうにうつむく相棒の背中を優しくさするのだった。


「〝ロス〟ねぇ……」


 それからほどなくして、頭痛から開放されたベッキーは、たった今刷り込まれた文字を反芻しながら首を傾げていた。


「どうかしたのかい?」


 どの財宝を持って帰るか吟味していたエイダが不思議そうに訊く。


「いや、今回手に入れた魔術がどうにも微妙でさぁ、」


 そこでベッキーは一旦言葉を切ると、お宝に積もった埃に〝ᨉ〟の文字を指で書き言葉を続ける。


「さっきの〝この〟文字、ロスっていう盗賊を表す言葉らしいんだけどよ、魔術の効果が『対象の足跡を残す』ってものなんだ」


「足跡を残す? 具体的にどうなるんだい」


 説明だけではいまいち効果の想像がつかないのか、エイダも首を傾げる。


「そうだな実際使ってみるか。〝ヤー〟〝ブロー〟〝ロス〟」


 対象を自分自身にして呪文を唱えてみる。


「ん? 足下が光ってるな……そうか、足跡を残すってことは、」


 とベッキーは部屋の中を適当に歩いてみせた。するとどうだろう、今彼女が歩いた通りに、石畳の上に青く輝く足跡が浮かび上がった。


「なるほどな。複雑な迷宮ダンジョンでも、これがあれば迷わずに済むかも知れないな」


 納得顔で更に部屋の中をうろうろと歩き回る。しかしそんなベッキーを見ながら、エイダはこれまた不思議そうにこう言った。


「納得してるとこ悪いんだけど、アタシには何の変化も見えないんだが?」


「え? そうなのか。対象にならないと見えないのかな」


 ということで今度は対象をエイダにして、もう一度呪文を唱えてみた。


「う〜ん。やっぱり何も変化が無いね」


 しかし、同じように部屋の中をあるき回ったエイダの足跡は青く残っているものの、それをエイダは認識できないようだった。


「つまり呪文を唱えた本人にしか足跡は見えないってことか……」


 迷宮で分断されてはぐれた時に使えるかと思ったのだが、足跡を追えるのが自分だけだとは……やっぱり微妙だわこれ、とベッキーはため息を吐いたのだった。


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