目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第66話:巨人の里とᚦの玉【前編】②

 天井から一筋の日光が斜めに差し込んでいる場所へと辿り着いた。ここがどれだけ深いところなのか検討もつかなかったが、日光が差し込む穴の下に崩れた石が無いことから、自然にできた穴ではないと確信したベッキーは、以前にも同じ罠があったことを思い出していた。


「ここで待っててくれ」


 そう言うと一人光の元に向かう。光に触れないようにそっと下から穴を見上げれば、穴自体は何の変哲もないもので、通気孔だと言われれば信じてしまいそうな造りだった。やはり間違いない、卒業試験で訪れたバース族の遺跡に仕掛けられていた罠と状況が酷似していた。


 見破り方を既に熟知しているベッキーは、前回同様にそっと右手を光の中に差し入れると、一瞬の間をおいてサッとすぐに引っ込めた。


 シューッという大きな音とともに、光が当たっている壁とは反対側の壁が下にスライドすると、長くて鋭い釘が何十本とその奥から飛び出し、日光のすぐ下のところにグサリと突き刺さった。なるほど師匠が以前話していた仕掛けはこういうものだったのか。


「まじまじと罠を観察してるとこ悪いんだけどさ、引き抜いてやらないか?」


 エイダが指差すその先には、釘に全身を貫かれた二人の冒険者の死体が突き刺さっていた。頭を損傷しているためか、ゾンビ化はしていないようだ。


「おっと、そうだった」


 時間経過でもとに戻る仕組みなのだろう、ゆっくりと死体をぶら下げた釘が壁に吸い込まれていく。二人は協力して二人分の死体を釘から引き抜くと、石畳に寝かせた。その間に釘は完全に壁の向こうに吸い込まれ、スライドしていた壁も元の位置に戻っていた。


 二人の冒険者の死体から冒険者証をもぎ取り、リストで名前を照合する。一人は調査隊のメンバーで、もう一人は別のパーティーに所属していた者だった。これで三人。


「この分だと他の連中もどっかで死んでるかもな」


 ベッキーは冒険者証を袋に放り込みながらため息を吐いた。


「考えたくはないが、覚悟はしておいたほうが良いだろうね」


 二人の犠牲者を石畳に横たえながら、エイダも同じくため息を吐いたのだった。


 日光差し込むエリアを抜け、再び暗闇が支配する通路をカンテラの灯りを頼りに進んでいく。奥へ進むにつれて増々濃くなっていく死臭に、またかとうんざりした顔になる二人。


 今度の被害者は三人だった。いずれの死体も首をねられた状態で無造作に転がっている。おかげでゾンビ化は免れているが、問題なのはそれを成したのが何なのかということだった。


 一旦足を止め、カンテラの灯りを巡らし辺を確認する。


「戦闘の痕跡はぇな……」


「てことは罠ってことかい?」


「だろうな――ん?」


 また感圧板でも仕掛けられているのだろうと石畳を重点的に調べていたベッキーだったが、ふと何かに気がついたのか中空を凝視しだした。そこに何かを発見したのか、


「ここで待っててくれ」


 とエイダに告げると、慎重にその何かに近づいていく。それは左右の壁から壁へと張られたワイヤーだった。この暗闇に紛れ込ませるためだろう、真っ黒に塗られたワイヤーは、そこにあってそれと分からないほど闇に溶け込んでいた。


 ここまでの道のりに仕掛けられていた罠が、すべて床に設置された感圧板を起点としていたが故に、嫌が応にも意識が床に向きがちな中、そこに中空にこんなワイヤートラップを仕掛けられては引っ掛からないほうが難しいのでないだろうか。


「罠を作動させてみるから、しゃがんでいてくれ」


「大丈夫なのかい?」


 言われるがまま、ほとんど這いつくばるような姿勢でしゃがむエイダ。


「オレの予想通りなら大丈夫だ」


 そう言ったベッキーもしゃがんで背中のリュックから松明を取り出して、その柄の部分でワイヤーを叩いた。その途端両壁から床と水平に、もの凄い勢いで円盤状の鋭利な刃物が飛び出し頭上を通り過ぎていった。カランと切り離された松明の柄が石畳に転がる。


「こいつはまた、えげつねぇな……」


 何の抵抗もなくスッパリと切断された松明の切り口を見ながら戦慄する。この分だと犠牲になった三人の冒険者は、自分の身に何が起きたのか分からないまま死んだ可能性が高い。


「これは本当に全員駄目かもしれないね……」


 エイダもそのことに思い至り、絶望的な声を漏らす。


 頭上のワイヤーに気をつけながら三体の死体に近づき、三人分の冒険者証を回収する。これで六人分。この迷宮に潜ってたいして時間も経っていないのにもう六人だ。これはいよいよもって消息不明者全員の死亡もありえるかもしれない。国は違えど、ギルドマスターの一人として冒険者ギルドをあずかる身であるエイダとしては、誰でもいいから生き残っていてくれと願わずにいられなかった。


 もっともベッキーにとってそれはほんの些細なことでしかなく、せいぜい考えることといえば、冒険者証が楽に回収できればいいなくらいのものだったが。


 そんな内心の温度差にお互い気づくこと無く更に歩みを進める二人。


 それからどれほど進んだだろうか。前方から獣臭い死臭が漂ってくるのに気がついたベッキーは、サッとエイダの後ろに下がると油断なく右腕の小手に仕込んだクロスボウを構えた。それに合わせるようにエイダも片刃の曲刀ファルシオンを鞘から引き抜く。この獣臭はコボルトのものだろう。


 しかしただのコボルトじゃない。


「ったく、あいつらゾンビ化対策は基本中の基本だろうにっ」


 石畳に置いたカンテラの灯りの中にの姿が見えた瞬間、ベッキーは毒づきながらクロスボウからクォレルを放った。それは狙いたがわず、そいつの眉間を撃ち抜いていた。


 先頭の一匹が殺られたことで、残りのコボルトが唸り声や奇声を上げる。その姿は既にボロボロで、片腕が無い個体や、はらわたが飛び出している個体までいた。


 そう、そのコボルトは死してなお冒険者に牙を剥くゾンビと化していた。


 倒した後で首を刎ねるのを忘れていたのか、もしくは敢えて放置したのか。いずれにせよはた迷惑な話である。


 とはいえ動きも緩慢なコボルトゾンビに遅れを取るような二人ではない。巧みな連携で各個撃破していくと、数は全部で四体いたが五分と掛からずに本来あるべき姿である骸へと変えていた。


 そしてその光景は、そこから更に迷宮の奥へと進んだ場所に広がっていた。


「こいつら罠がある度に死んでんな」


 ベッキーが呆れたようにため息を吐く。


「これまた派手に……」


 あまりの光景にエイダは絶句した。


 バラバラに砕け散った扉に、飛散した冒険者の体。衝撃で天井が崩落したのだろう、石壁に頭蓋を砕かれた死体が二体転がっている。解除しようとして失敗したのか、はたまた気づきもしなかったのか、扉に仕掛けてあった爆発系の罠に引っ掛かったのは一目瞭然だった。


 新たな崩落を誘発しないように、慎重に瓦礫を除去しつつ冒険者証を回収する。飛散した冒険者は二名分あったので今回で合計四人分。総合計で十人分に達してしまった。消息不明者リストには青銅等級の者が多く名を連ねていたとはいえ、いくら何でも死に過ぎである。


「ギルドで罠に関する講習会でも開いたほうが良いんじゃないか?」


「それは一考の価値ありだね」


 ベッキーは半分冗談のつもりで言ったのだが、エイダは真面目に講習会を考えているようだった。


「先に言っとくが、講師なんてまっぴらごめんだからな」


 エイダのことだ、絶対に講師役を頼んでくると踏んで先手を打っておく。


「そりゃないぜっ、相棒だろ?」


 案の定、頼む気まんまんだったエイダが情けない声を上げる。


「相棒だろうが何だろうが嫌なものは嫌だ」


「そこを何とか頼むぜ。金ならちゃんと払うからさ」


「生憎と金ならたんまり持ってる。それにオレはそんながらじゃない」


 鉄等級に昇級したことで、いずれ弟子になりたいと申し出てくるやからも現れるだろうが、ベッキーはその時もすべて断る気でいた。師匠のように上手うまく手ほどきができる気がまったくしないからだ。


「それでも頼む! アタシの顔を立てると思っ――」


「止まれっ」


 角を曲がった直ぐのところで慌ててエイダを止める。エイダは踏み出そうとしていた一歩をすぐさま引っ込めた。


「そこの石畳、何か変じゃないか?」


 エイダにはそれまでの石畳と何ら変わらないように見えたが、ベッキーは何か違和感を感じたようだ。この違和感は以前にも感じたことのあるものだった。


 ベッキーはそっとその場にしゃがみ込むと、敷石を調べようとして盛大に舌打ちした。


「やっぱり幻影か!」


 指先がくだんの石畳に触れた瞬間、その部分が掻き消すように消え去り、代わりにぽっかりと深い大穴が口を開いた。王都シーリスでのことが思い出される。


 話に夢中になって踏み込んでいたら、今頃この穴に真っ逆さまだったに違いない。


「結構深いな」


 ベッキーが唸るように言う。落ちたら一巻の終わりだっただろう。


「なぁ、何か聞こえないか?」


 エイダが耳を済ませる。確かに穴の底から何かうめき声のようなものが聞こえてくる。ベッキーは、まさかと思いながら穴に落ちないよう気をつけつつ、カンテラの灯りで声がする方を照らした。


「ったく、やっぱりかよ!」


 そこにはカンテラの灯りに反応してだろう、穴の底から必死になって両腕を伸ばしている二体のゾンビが蠢いていた。顔だけでは誰なのか判別つかないが、消息不明者の内の二人とみて問題ないだろう。問題があるとすれば、冒険者証を回収できない点だろうか。


「せめて眠らせてやることはできないかい?」


 エイダが悲しみに顔を曇らせる。


「なら、こいつを使うか」


 そう言ってベッキーが取り出したのは、ドス黒い液体が入った小瓶だった。


「それは、あの時の?」


「ああ、火炎樹の樹液だ。これで火葬にしてやろう」


 小瓶の蓋を開け、そこに端切れの布を半分突っ込む。これで火炎瓶の出来上がりである。ベッキーはその火炎瓶の布に火を付けると、そのまま眼下のゾンビめがけて投げつけた。


 瓶が割れる甲高い音とともに火柱と化す二体のゾンビ。


(ゆっくり休んでくれ同胞よ)


(やっぱよく燃えるなぁ)


 エイダとベッキーは各々の想いを胸に、消し炭と化していく元冒険者の姿を眺め続けたのだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?