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第65話:巨人の里とᚦの玉【前編】①

 前回の冒険から10日あまりが過ぎ、ベッキーにとって大問題となっていたアルミナの流通も、採掘が急ピッチで進められたお陰で市場にも出回り始めていた。


 もちろんそのかんベッキーとエイダは遊んでいたわけではない。


 監督官に金を握らせ、他の奴隷として働く紋付き達から隠れ里に関する話を訊いたり――収穫はまったく無かったが――、エイダは剣の、ベッキーは魔術の修行を兼ねて様々なクエストをこなす日々を送っていた。


 今日も今日とて冒険者ギルドへ足を運んだ二人を待っていたのは、最近になって発見されたという迷宮ダンジョン攻略クエストだった。


 しかものクエストである。


 何でもアルミナ採掘場での一件以来、採掘場を増やすべく奔走していたらしいのだが、いざ適した場所を発見し掘り進めてみれば、明らかに人工物のそれと分かる入口を掘り当ててしまったということだった。


 そうとなれば、ここから先は冒険者の領分である。


 場所が城郭都市チャドにほど近いということもあり、チャドの冒険者ギルドはさっそく何組かの冒険者パーティーを送り込んだらしいのだが、そのいずれも消息不明となっており、調査のために向かったパーティーも消息を絶ってしまったらしい。


 どういう経緯があってそうなったかは分からないが、そこで新たな調査要員として白羽の矢が立ったのがベッキーとマルティナという訳であった。


 とはいえマルティナは不在である。そこで選ばれたのが、現相棒であるエイダだった。彼女はそもそもユーシア王国の貿易都市チェラータに居を構える冒険者ギルドのギルドマスターであり、ここミスルの地でもその頭角を現している凄腕冒険者である。代役としては適任であった。


「ここがそうか」


 そしてミスルを出立し、馬車に揺られること二週間あまり。小高い丘の中腹に、それはぽっかりと口を開けていた。


「地図によると、ここで間違いないようだね」


 御者の男にチップを渡しながらエイダが応える。御者の男はよほど迷宮への入口が恐ろしいのか、貰うものをもらうと、早々に走り去ってしまった。


「これ、帰りはどうするんだ?」


 遠く走り去っていく馬車を眺めながらベッキーが冗談めかしたように言う。


「もう帰りの心配かい? 心配しなくても食いもんと水ならたっぷりあるよ」


「つまりは」カンテラで中の様子を確かめながら、肩をすくめて見せる。「歩けってことか」


 まぁ、初めから分かっていたことではあるが。いつ出てくるとも知れない冒険者を待っていてくれる肝の座った御者などそうそういやしないだろう。


「中の様子はどうだい?」


 馬車から降ろした荷物をまとめ終わったエイダが、ベッキーの分の荷物を手渡しながら尋ねてくる。


「見ての通り、静かなもんさ」


 礼を言って荷物を受け取りながら、ベッキーが応える。


 光が届く範囲にはなんら異変は感じられない。鼻をひくつかせてみても、乾いた土の香りが漂ってくるだけで死臭はしなかった。しんと静まり返った坑道は、事前に話を聞いていなければ、この先に迷宮の入口が口を開いているなど誰も気が付かないだろう。


「さて、それじゃいっちょやってやるか」


 不敵に笑い、ベッキーが右拳をエイダに向ける。


「おう、やってやろうぜ!」


 同じくエイダも不敵に笑い、その拳に自らの拳をコツンとぶつけてみせた。


 おそらく恐怖にかられた鉱夫たちが手放したのだろう、坑道内にはいくつものツルハシが打ち捨てられている。戦闘の痕跡が無いところをみると、魔物はここまで出てきてはいないようだ。


「あれが入口か」


 カンテラの灯りの先に、いかにもな石積の建造物が現れた。あれが何組もの冒険者パーティーを飲み込んだ迷宮への入口に違いない。ベッキーはつぶやくなりそっとその入口へと近づくと、さっそくとばかりにトラップの有無を確認しだした。念には念を入れてというやつだ。その間エイダは、相棒の確認作業が完了するまで離れて待機する。


「大丈夫だ。先へ進もう」


 手についた土埃をパンパンと払いながら、エイダを促す。


 カンテラの灯りが、果てしなく続く石積の通路をぼんやりと照らす。その中を二人は慎重に歩いていた。一見何の変哲も無い普通の迷宮に感じるが、短期間で何組もの冒険者パーティーが消息を絶つなど前例がない。エイダはもとより、ベッキーが普段以上に警戒するのも無理からぬことだろう。


「ん?」


 それは前方にT字路が見えてきたときのことだった。ベッキーは不意に立ち止まると、そのT字路の床面を凝視しだした。


「どうかしたのかい?」


 エイダもそれに合わせて歩みを止める。


「足跡が変だ」


「足跡?」


 相棒と同様にT字路の床面を凝視してみる。確かに石畳には薄っすらと埃が積もっているが、エイダにはどれが足跡なのか判別がつかなかった。


「ああ。ここを通ったやつら全員が、申し合わせたように右に曲がってる」


「それは確かなのかい?」


 その問いに、難しい表情で頷くベッキー。それが間違いないなら、確かに変な話だった。道はT字路なのだから、一組くらいは左へ曲がっていてもおかしくない筈だ。


「また壁が落ちてくる罠かもしれないから、頭上に気をつけておいてくれ」


「了解だ」


 頭上の監視はエイダに任せ、ベッキーはその場にしゃがみ込むと、慎重に石畳を調べながらT字路へ近づいていった。


「やっぱりだ」


 ベッキーは、そこに思っていた通りのものがあったことに呟きほくそ笑む。T字路の二歩手前に感圧板が仕掛けられていた。それもかなり巧妙に。おそらくだが、これを踏むと左側の道に壁が落ちてくる仕組みなのだろう。それなら全員が全員右に曲がったのも納得がいく。


「…………」


 しかしこれは少々――いや、かなり面倒なことになってきたぞ、とベッキーがまた難しい表情を浮かべる。


「そんなにヤバい罠なのかい?」


「ん? ああ、いや、この罠自体はさほど問題ないんだけどな。問題なのはってところだよな……」


「そうかっ」得心がいったとばかりに、ポンと拳で手の平を打つエイダ。「正解の道は左なのに、右に曲がらされたってことは――」


 その続きをベッキーが引き継ぐ形で口を開く。


「そうだ。その先に待ち受けている強敵か、もしくは凶悪な罠に遭遇している可能性が高い」


 それが原因でパーティーが全滅、もしくは壊滅的な打撃を受けていたとしたら、ここで同じく右の道に入るのはかなりの危険を伴うことになる。下手をすれば二の舞を演じることになりかねないからだ。


 かといってここで左の道を選んでしまうと、ここへ来たそもそもの理由である『消息不明の冒険者を探す』という目的から逸脱してしまいかねない。


 しばらく逡巡したのちに、ベッキーが出した結論は、


「しょうーがねぇ。気が進まないが右の道を行こう」


 だった。


 それでも一応は左側の道も確認しておく。カンテラを高くかざし奥を確かめる。どうやら道はまっすぐ伸びているようで、ここからではそれ以上は窺い知れない。


 やっぱりこのまま左の道へ入ってしまおうかという気持ちをグッと堪え、ベッキーはエイダを伴いそのまま回れ右すると、右の道へと歩みを進めたのだった。


 嫌な予感をひしひしと感じながら、道なりに進んでいく二人。


 そして嫌な予感ほど得てしてよく当たるもので、先頭を歩いていたベッキーの鼻腔を嗅ぎ慣れた臭いがかすめていく。


「死臭だな」


「間違いないね」


 エイダもその臭いを感じ取ったのか小さく頷く。


 魔物だろうか、それとも冒険者のものだろうか、いずれにせよこの先にしかばねが転がっているのは間違いない。ただ問題なのは、その屍がということだった。


 進むにつれて死臭が濃くなっていくのを感じる。そしてかすかに聞こえてくる何かが這いずる音と、「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」という地の底から響いてくるような声。


「なぁ、やっぱ引き返してさっきのとこ左に行かね?」


「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」ずりずり。


「そうしたいのはやまやまだけどね……」


「あ゙あ゙っぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙」ずりずりずり。


「「…………」」


「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ」ずりずり。


「あ゙あ゙、あ゙あ゙、やかましいんじゃこのボケぇ!」


 ベッキーはキレた。ブーツから短剣を素早く引き抜くと、足元まで迫っていた上半身だけしかない冒険者ゾンビの首に思いっ切り突き立てた。ガッと石畳まで貫通した刃を、そのままの勢いで横に倒す。首と胴が泣き別れとなりゾンビの動きがピタリと止まった。


 動く死体から、物言わぬただのむくろへと戻った冒険者の首元から冒険者証を拾い上げる。


「こいつ『ワキール』って名前なのか。確か調査隊の一人がそんな名前だったよな?」


「そうだね。確かに名簿にある名前だ」


 エイダが、出立前に受け取っていた不明者リストをパラパラとめくる。


「しっかし、調査に来たやつがこんなしょっぱなで死んでりゃ世話ねぇな」


 鉄等級が泣くぜ、とベッキーは小さなズタ袋に冒険者証を放り込んだ。


 それにしても下半身はどこだ? と辺を見渡しながら、かつ慎重に通路を進む。初めは魔物に一刀両断にされたのかと思っていたのだが、それらしい魔物が現れる気配もなければ、戦闘を行った痕跡もない。


 となれば後は罠と相場が決まっているのだが――


「お、あれだな」


 ベッキーは石畳に血溜まりができている箇所を見つけると、慎重に近づきその周囲の床を調べだす。すると予想通りこれまた巧妙に石畳に偽造した感圧板を発見した。


 試しにその感圧板を踏んでみると、一歩先の石畳が前方にスライドして落とし穴が姿を現した。その穴は目算で90cmほどの深さとなっており、中には先程のワキールという冒険者のものだろう、鋭利な刃物で切断されたと思しき下半身が収まっていた。その刃物はどこにあるのだろうと目をやれば、床板のエッジが鋭い鋼鉄製の刃になっているのが見て取れた。


「てことは、この足をどけると――」


 感圧板から足をどけた途端、床板が開いたときよりも何倍も速い速度で閉まった。なるほどこれなら哀れにも落とし穴にはまった冒険者は、這い上がる間もなく上下真っ二つにされるというわけだ。現にワキールがそうなったように。


「えげつない罠だね……」


 自分がこの罠に引っ掛かったときのことを想像でもしたのだろう、エイダがぶるりと体を震わす。


「罠ってのは本来そういうもんだろ」


 本来罠とは相手を殺傷したり、捕らえたりするためのものだ。そうでないものは罠とは呼べないとベッキーは考えている。それは単なるイタズラに過ぎないからだ。


「ベッキーが相棒で本当に良かったよ」


「その台詞せりふは調査が終わるまで取っておいたほうが良いぜ」


 この先どんな罠が待ち構えているか分からねぇんだからよ、と言うその背中は、どこか恥ずかしげであったのだった。


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