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第64話:魔工士②

 次の日、ライニは顔中を腫らした状態でマテウス爺さんの前に姿を現した。


「なんか体中が痛んだが何か知らないか?」


 マテウス爺さんはサッと顔を背け、


「研究のし過ぎで倒れておったんじゃよ」


「そうだったのか、それは迷惑をかけた。ところで何で顔を背ける?」


「背けてなんぞおらんぞ? これは、そうあれじゃ。首の調子が悪いんじゃ」


「それはいけない。良い薬があるから後で取りに来るといい」


 マテウス爺さんは良心が傷んだ。


「そんなことより何か用があったのではないか?」


「おお、そうだった。これを見てくれ!」


 興奮気味にライニがズタ袋から取り出したのは、昨日見たものよりも二回りほど小さな、色とりどりの魔晶石だった。


「オオ、ツイニカンセイシタノカ」


 さすがに昨日見たとは言えず、咄嗟に口を吐いて出た言葉は思いっ切り棒読みだった。


「なぜに棒読みなんだ?」


「驚きすぎて言葉に詰まっただけじゃ。そんなことよりこれはどう使うんじゃ?」


「残念ながら、このままでは使えない」


 ライニが本当に申し訳無さそうにこうべを垂れる。


「なぜじゃ、昨日はあんなに――ゲフンゲフンッ。何か問題でもあるのか?」


「これは見てもらった方が早いだろう」


 ライニはそう言うと、これが一番わかり易いかと赤い魔晶石を手に取った。それを革手袋をめた手の平に乗せて、小さく「火よ」と口にする。


 途端、赤の魔晶石からボッと火が吹き出した。


「それのどこが駄目なんじゃ?」


「こうなるからさ」


 そう言うと、ライニは赤の魔晶石を仕舞い、手の平をマテウス爺さんに見せた。革手袋は魔晶石の形通りに焼け焦げ、その下の皮膚にも火傷を負っていた。


「四大元素だけで言うなら、火以外に危険性は無い。しかし戦闘でも、生活の中でも一番使用頻度の高いのは火だろう? それがこの有り様では使い物にならない」


「改善の余地はあるのか?」


「考えていることがある。結果がどうなるかは、これからの実験次第だがな」



* * *



 ライニによる実験が再開された。


 実験に伴い、各魔晶石の呼び名も色から属性へと変えることとなった。赤の魔晶石なら、火の魔石といった具合にだ。


 当初この実験は簡単に成功するものと誰もがそう思っていた。それはそうだろう。直接触れると火傷してしまうのなら、直接触らないようにすればいいだけのこと。要は〝器〟を用意してやればいいだけのことなのだから。


 しかし蓋を開けてみれば、これが結構難易度の高いものであると思い知ることになる。


 材質は耐火性能を考慮した結果、火炎樹の材木が選ばれた。あとはこれを火の方向性を一定にするため、筒状に削れば良いだけの筈だった。


 だが、いざ完成したものに魔石をめ込んでみても、肝心の魔法は発動しなかったのだ。魔石側に問題があるのではないかと、魔石だけで検証してみたが、何ら問題なく発動した。


 そして幾度となく検証を繰り返した結果、魔石への思念伝達が必用なことが分かった。例えば「火よ」と口にした時、意識的にしろ無意識的にしろ、使用者は火が着くイメージを頭の中に思い浮かべる。これがトリガーとなって魔石に付与された『火が着く』というイメージを具現化するのだ。


 だから水の魔石を手にして「火よ」と言ってみたところで、何の反応も得られない。これは他の魔石に関しても同様だった。


 次に思念伝達に必用な魔石との距離だが、これも検証結果得られた答えは0〜1cmセルミと極々短い距離であった。これではどんな〝器〟を用意したところで安全性を担保できない。どうしたものかと頭を悩ませる日々。


 しかし偶然の女神は、そんな彼の努力を無下にはしなかった。


 いよいよ暗礁に乗り上げたと眠れぬ日々を送っていたライニは、ある日ポーション作成時に寝ぼけて、混ぜ棒と間違えて〝器〟の試作第一号を使ってしまう。間違いに気が付いたのはポーションの撹拌がひとしきり終わったあとのことだった。


 ポーションの薬液まみれとなった試作第一号を、ライニは疲れた頭で「ま、いいか」とそのままテーブルの上に放置した。


 それから数日が過ぎ、何の気なしにそれを見たライニは目を見張って驚いた。試作第一号が薄っすらと輝いていたのだ。よくよく見てみると、それは魔晶石の粒子だった。ポーション作成時に薬液と一緒に付着していたのだろう。


 それは女神からの天啓にも等しかった。ライニはその試作第一号に火の魔石を填め込んでみた。まさかそんな筈はという思いと、もしかしたらという期待の狭間で「火よ」と口にする。するとどうだろう、これまでうんともすんとも言わなかった魔石から、ボッと火が吹き出したではないか。


 驚きのあまり落としそうになった試作第一号をもう一度握り直し、一呼吸置いて改めて「火よ」と口にしてみる。ボッと火が吹き出す。それを魔石の中の魔力マナが尽きるまで繰り返した。


「成功だ」


 口にすることで実感が湧いてくる。


「成功だ!」


 ライニは新しいおもちゃを与えられた子どものように喜び、魔石を交換しては火を出現させて大いに湧いた。その結果、工房で火事を起こし危うく焼死しかけたのであった。



* * *



「――トール」


「エイトールッ」


 誰かがオイラの名前を呼んでいる。いったい誰だろう? うるさいな。


「このバカ弟子っ、さっさと起きんか!」


「オゴッ」


 頭の天辺に強烈な一撃をもらい、それまで淀んでいた意識がハッと覚醒する。ん? どうやら作業中に居眠りをしていたらしい。ジンジンと痛む頭をさすりながら声のする方を向いてみれば、そこには怒り顔のライニ――じゃない、親方が立っていた。


「作業中に居眠りするやつがおるか! 魔石が暴発したらどうするつもりだ」


「すんません親方」


「まったく。夜はちゃんと寝ておるのか? 睡眠は何事においても基本だといつも言っておるだろう」


「親方が言うと説得力ありますよね」


「なにか言ったか?」


 すごい形相で睨まれてしまった。


「何でもないっす。ちょっと顔洗ってきます!」


 これ以上あの強烈なげんこつをもらわないように、オイラは慌てて井戸のある裏庭に駆け出したのだった。


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