次の日、ライニは顔中を腫らした状態でマテウス爺さんの前に姿を現した。
「なんか体中が痛んだが何か知らないか?」
マテウス爺さんはサッと顔を背け、
「研究のし過ぎで倒れておったんじゃよ」
「そうだったのか、それは迷惑をかけた。ところで何で顔を背ける?」
「背けてなんぞおらんぞ? これは、そうあれじゃ。首の調子が悪いんじゃ」
「それはいけない。良い薬があるから後で取りに来るといい」
マテウス爺さんは良心が傷んだ。
「そんなことより何か用があったのではないか?」
「おお、そうだった。これを見てくれ!」
興奮気味にライニがズタ袋から取り出したのは、昨日見たものよりも二回りほど小さな、色とりどりの魔晶石だった。
「オオ、ツイニカンセイシタノカ」
さすがに昨日見たとは言えず、咄嗟に口を吐いて出た言葉は思いっ切り棒読みだった。
「なぜに棒読みなんだ?」
「驚きすぎて言葉に詰まっただけじゃ。そんなことよりこれはどう使うんじゃ?」
「残念ながら、このままでは使えない」
ライニが本当に申し訳無さそうに
「なぜじゃ、昨日はあんなに――ゲフンゲフンッ。何か問題でもあるのか?」
「これは見てもらった方が早いだろう」
ライニはそう言うと、これが一番わかり易いかと赤い魔晶石を手に取った。それを革手袋を
途端、赤の魔晶石からボッと火が吹き出した。
「それのどこが駄目なんじゃ?」
「こうなるからさ」
そう言うと、ライニは赤の魔晶石を仕舞い、手の平をマテウス爺さんに見せた。革手袋は魔晶石の形通りに焼け焦げ、その下の皮膚にも火傷を負っていた。
「四大元素だけで言うなら、火以外に危険性は無い。しかし戦闘でも、生活の中でも一番使用頻度の高いのは火だろう? それがこの有り様では使い物にならない」
「改善の余地はあるのか?」
「考えていることがある。結果がどうなるかは、これからの実験次第だがな」
* * *
ライニによる実験が再開された。
実験に伴い、各魔晶石の呼び名も色から属性へと変えることとなった。赤の魔晶石なら、火の魔石といった具合にだ。
当初この実験は簡単に成功するものと誰もがそう思っていた。それはそうだろう。直接触れると火傷してしまうのなら、直接触らないようにすればいいだけのこと。要は〝器〟を用意してやればいいだけのことなのだから。
しかし蓋を開けてみれば、これが結構難易度の高いものであると思い知ることになる。
材質は耐火性能を考慮した結果、火炎樹の材木が選ばれた。あとはこれを火の方向性を一定にするため、筒状に削れば良いだけの筈だった。
だが、いざ完成したものに魔石を
そして幾度となく検証を繰り返した結果、魔石への思念伝達が必用なことが分かった。例えば「火よ」と口にした時、意識的にしろ無意識的にしろ、使用者は火が着くイメージを頭の中に思い浮かべる。これがトリガーとなって魔石に付与された『火が着く』というイメージを具現化するのだ。
だから水の魔石を手にして「火よ」と言ってみたところで、何の反応も得られない。これは他の魔石に関しても同様だった。
次に思念伝達に必用な魔石との距離だが、これも検証結果得られた答えは0〜1
しかし偶然の女神は、そんな彼の努力を無下にはしなかった。
いよいよ暗礁に乗り上げたと眠れぬ日々を送っていたライニは、ある日ポーション作成時に寝ぼけて、混ぜ棒と間違えて〝器〟の試作第一号を使ってしまう。間違いに気が付いたのはポーションの撹拌がひとしきり終わったあとのことだった。
ポーションの薬液まみれとなった試作第一号を、ライニは疲れた頭で「ま、いいか」とそのままテーブルの上に放置した。
それから数日が過ぎ、何の気なしにそれを見たライニは目を見張って驚いた。試作第一号が薄っすらと輝いていたのだ。よくよく見てみると、それは魔晶石の粒子だった。ポーション作成時に薬液と一緒に付着していたのだろう。
それは女神からの天啓にも等しかった。ライニはその試作第一号に火の魔石を填め込んでみた。まさかそんな筈はという思いと、もしかしたらという期待の狭間で「火よ」と口にする。するとどうだろう、これまでうんともすんとも言わなかった魔石から、ボッと火が吹き出したではないか。
驚きのあまり落としそうになった試作第一号をもう一度握り直し、一呼吸置いて改めて「火よ」と口にしてみる。ボッと火が吹き出す。それを魔石の中の
「成功だ」
口にすることで実感が湧いてくる。
「成功だ!」
ライニは新しいおもちゃを与えられた子どものように喜び、魔石を交換しては火を出現させて大いに湧いた。その結果、工房で火事を起こし危うく焼死しかけたのであった。
* * *
「――トール」
「エイトールッ」
誰かがオイラの名前を呼んでいる。いったい誰だろう? うるさいな。
「このバカ弟子っ、さっさと起きんか!」
「オゴッ」
頭の天辺に強烈な一撃をもらい、それまで淀んでいた意識がハッと覚醒する。ん? どうやら作業中に居眠りをしていたらしい。ジンジンと痛む頭をさすりながら声のする方を向いてみれば、そこには怒り顔のライニ――じゃない、親方が立っていた。
「作業中に居眠りするやつがおるか! 魔石が暴発したらどうするつもりだ」
「すんません親方」
「まったく。夜はちゃんと寝ておるのか? 睡眠は何事においても基本だといつも言っておるだろう」
「親方が言うと説得力ありますよね」
「なにか言ったか?」
すごい形相で睨まれてしまった。
「何でもないっす。ちょっと顔洗ってきます!」
これ以上あの強烈なげんこつをもらわないように、オイラは慌てて井戸のある裏庭に駆け出したのだった。