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第63話:魔工士①

 魔法という文明は130年前、唐突に終わりを告げた。


 マジックアローやファイアボールといった戦闘用の魔法はもちろんのこと、ソフトウォッシュや、ドライといった生活魔法に至るまで、すべての魔法が使えなくなってしまったのである。


 その原因ははっきりしている。世界を取り巻く『魔力マナ』が突如不安定な状態になってしまい、魔法が発動しない、もしくは暴走するといった自体に陥ってしまったからだ。


 なぜ不安定になったかって?


 それは魔王アムシャと女神アーシャ様の死闘の余波によるものらしい。らしいというのはその当時、オイラはまだ生まれてもいなかったし、その辺りのことは爺ちゃんから話に聞いたこと以外は知らないから。


 まぁ、それはともかく。


 当時の恐慌っぷりは、そりゃぁもう凄まじいものだったらしい。


 そりゃそうだろうな。今と違ってかまどに火を入れるにしても、洗濯するにしても、何をするにしても魔法頼りな生活から、その魔法が失くなってしまったんだから。そりゃ慌てふためきもするってもんだろう。


 特に影響が大きかったのがエルフ族で、国が一つ滅んだらしい。エルフのことをよく思ってなかった爺ちゃんは「ざまぁないわい」とか笑ってたけど。いったいエルフに何をされたのやら。


 次に影響が大きかったのが人族。さすがに国が滅びるなんてことにはなってないそうだけど、国家を揺るがすような事件は起きていたらしい。それが俗に言う『紋付き事件』で、神なる存在は端から存在しないっていう無茶苦茶な内容だった。


 確かに人族たちが使っていた『奇跡』が、魔法と同じタイミングで使えなくなれば、そう考えるのもやむを無しなのかもしれないけれど、ちょっと、いやかなり乱暴な考え方ではないだろうか? 爺ちゃんも嘆いていたっけ。


「我々ハーフリング族をお創りになった女神アムルタート様はもちろんのこと、他の神々も天におわし、地上に住まう我々を見守っていてくださっているに違いないというのに」


 奇跡が使えないのだってきっと理由がある筈なんだ。例えば、人族が傲慢になりすぎたからその罰でとか、単純に魔王の呪いとか。神様にだってきっと色々な事情があるんだろうから、それを理解できない人族はなんて頭の硬い種族なのだろうかと思う。もっとこう楽観的に物事を考えられないものだろうか。


 っと、話が少し逸れたね。


 まぁ、要するに魔法が使えなくなっていろんな人たちが困ったことになったって話なんだけれど、もちろんこの話はこれで終わりじゃない。


 使えないなら、その代わりとなるものを作ればいいじゃないか!


 そう考えた者がいた。それこそが我らが爺ちゃん――ではなく、その友人であるマテウス爺さんだった。


 マテウス爺さんは考えた。魔力が安定していないのなら、安定させれば良いのでは?


 しかし全世界を覆い尽くしている魔力を、たとえその一部だとしても安定させることは容易ではない。というかどうすれば安定するのか皆目検討もつかなかった。ならばどうするか?


 マテウス爺さんは更に考えた。だったら初めから安定している魔力を使えば良いのではないか。そこで白羽の矢が立ったのが魔晶石だった。


 魔晶石はその場に滞留した魔力が結晶化したもので、いわば純粋な魔力の塊だ。しかも周りの不安定な魔力の影響を受けずに、内包する魔力は常に安定していた。これを使わない手はないだろう。問題はその内包された魔力をどうやって引き出すのか、ということだった。


 魔晶石は粉末状にしてポーションに混ぜれば、その効能を底上げできることが立証されている。だったら粉末にすれば良いのか? マテウス爺さんはひたすら魔晶石の粉末を作り続けた。


 そして、大量の粉末を前に途方に暮れた。


 粉末をどう使ってみたところで、魔法が正常に発動することはなかったからだ。手に握りしめてもダメ、空中へ大量に散布しても咽るだけ。ならいっそのこと体内に取り込んでみようと粉薬のように飲み込んでみたり、鼻から吸い込んでみたりしてもハイな気分になるだけで意味を成さなかったらしい。


 まぁ気分が高揚している間は気持ち良かったから、まったく無意味では無かったって爺ちゃんは言ってたけど。今度オイラも試してみようかな?


 それはともかく。


 仕方がないので余った粉末は町の薬師に買い取ってもらい、マテウス爺さんは改めてどうすればいいか考えに考え抜いた。


 その結果、魔晶石から魔力を引き出すのではなく、魔晶石自体を魔法にしてしまおうという発想に思い至った。まさに逆転の発想というやつだった。


 そもそも魔法とは、起こしたい事象を明確にイメージすることで発動するものらしい。ならばそのイメージを魔晶石に付与することができれば、何らかの変化を期待できるのではないかという考えだった。そこでさっそくマテウス爺さんは、ひたすら魔晶石にイメージを付与するという実験に来る日も来る日も明け暮れた。


 そして、大量の魔晶石を前に途方に暮れた。


 そもそもオイラたちハーフリング族は、魔法というものに明るくない。イメージを付与するといったところで、具体的にどうすれば付与できるのか、それに何をもって付与できたと確認できるのか、まるで皆目検討がつかなかったのだ。


 しかしそこで諦めるマテウス爺さんではなかった。


 自分たちが魔法に明るくないのならば、その逆で魔法を得意とする者に頼めばいいだけのこと。そこでさっそく訪れたのが、先刻登場した薬師のところだった。実はこの薬師、名前をライニというドワーフで、若い頃は北アメリア大陸にあるインディス帝国で魔法兵団に所属していたという古強者なのである。


 ライニはマテウス爺さんの頼みを快く引き受け、大量の魔晶石とともに工房へもった。


 そしてライニによる実験が始まって半年。ついにその日がやって来た。


 魔晶石へのイメージ付与に成功したのだ。何をもって判断したのかって? それは見れば一目瞭然だったからだ。


 一週間寝てないというライニは、目の下に靴墨のようなを作って、それこそ冬眠明けの熊のようにのっそりと工房から姿を現した。その手に透き通った赤や、青、緑といった色とりどりの魔晶石を抱えて。魔晶石の本来の色は透き通った薄紫だ。着色したのでなければ、その変化だけで十分確証を得られるというものだった。


 マテウス爺さんや、オイラの爺ちゃんたちは大いに興奮した。


 ライニ自身も大興奮だった。興奮しすぎて、手に持ったいくつもの魔晶石を空に向かって放り投げていた。


 その途端、赤い魔晶石からは炎が、青の魔晶石からは大量の水が現れ、緑の魔晶石からは突風が吹き荒れた。他にも茶色の魔晶石からは巨大な土塊つちくれが出現し、黄色い魔晶石からは幾筋もの稲妻がほとばしった。


 その場にいた者たちは大混乱に陥った。


 炎に追い立てられる者、奔流に押し流される者、突風にカツラを飛ばされ泣く者、文字通り局地的な嵐にみまわれて、人々の悲鳴や怒号が飛び交った。


 ライニは「大成功だ!」と叫び、狂ったように高笑いを繰り返した。


 マテウス爺さんを初め、町の住民はそんな彼をフルボッコにした。それは人々に睡眠の大切さを学ばせる一大事として、子々孫々まで語り継がれることだろう、そんな事件だった。




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