城郭都市ハルツーム。
アフリマ大陸南の要衝であり、巨人の動向を監視する、この国の守りの要の一つである。
巨人の領域を後にしたベッキーたち一行は、そのハルツームへと辿り着いていた。
「やっとまともなご飯が食べられるぅ!」
街の中に入るなり、はしゃいだ声を上げるマルティナ。さっそく屋台でも探しているのか、辺りをキョロキョロしだした。
「何だかチャドの街と雰囲気が似てるな」
ベッキーが周りを見るともなしに見やりながらエイダに話し掛ける。
「そうだろうね。チャドと同じで、こっちは巨人族の動向を警戒して軍が駐屯してるからね」
「それでさっきの騒ぎってわけか」
なるほどと失笑するベッキー。エイダは腹を抱えてクックックッと堪えるように笑う彼女に苦虫を噛み潰したような顔をしながら、フンッと鼻を鳴らした。
ことの発端は今より少し前、ハルツームの街に入ろうとしたところで起こった。
「姉ちゃん急いで! ご飯はすぐそこだよぉ!」
この数日間、携帯食しか口にできず、ちゃんとしたあたたかい飯に飢えていたマルティが、ベッキーを引き摺るように――というか風にたなびく旗のように引っ張りながら全力疾走し、それをエイダが必死の形相で追いかけていた時のことだった。
街の門が見えてきたところで、そこに立つ衛兵が泡を食ったように突然ラッパを吹き鳴らしたのだ。
途端、ぞろぞろと姿を表す衛兵たち。まさか飢えたマルティナが
「オーガだ! メスのオーガが現れたぞ!」
オーガといえば巨人族だ。まさかオレたちを追って樹海から出てきたやつがいるのか? と後ろを振り向いてみるが、そこにはマルティナに追いつこうと必死の形相で走るエイダの姿と、遥か遠くに大師匠の姿が小さく見えるだけでオーガはおろか、魔物の姿すら見当たらなかった。
どういうことだ? と思ったのも束の間。
「放てー!」
という号令のもと、弓兵が一斉に引き絞っていた矢を解き放った。
「マジかよ!?」
降り注ぐ矢の雨に、気でも狂ったのかと毒づく。
しかし全ての矢はベッキーとマルティナの頭上を超えて行った。ということは――
「ち、ちょっとどういうつもりだい!?」
今度はエイダが泡を食う番だった。走るのを止め、降り注ぐ矢を剣で必死になって撃ち落としていく。
ベッキーは慌ててラッパを吹いた衛兵の下に駆け寄ると、
「おい、攻撃を中止しろ! あいつは人間だぞ!」
と一気に捲し立てた。すると衛兵は驚愕に目を見開いた。
「何! あの図体でオーガではないのか!?」
ものすごい形相でお前たちを追いかけていていたではないかと衛兵。
「良く見てみろよ、あの女の頭のどこに角があるってんだ!?」
そこで衛兵は自分がとんだ勘違いをやらかしたことを自覚し、慌てて攻撃中止の号令を叫んだ。
「大丈夫か?」
エイダの下へ駆けつけ安否を確かめる。幸いなことに掠り傷一つ負ってはいなかったが、その表情は憤怒で染まっていた。
「アタシのことをオーガとかぬかしたド阿呆はどこのどいつだい!?」
「あいつぅ」
間髪入れずにマルティナが先程の衛兵を指差す。指を刺された衛兵はエイダの視線を受けて、ヒィッと飛び上がらんばかりに肩を震わせた。
効果音をつけるならズンッ、ズンッとばかりに、全身に怒りのオーラを
「どうも初めまして。ユーシア王国チェラータ冒険者ギルドのキルドマスターを務めさせていただいておりますエイダと申します。以後お見知りおきを」
壁ドン状態で自己紹介をするエイダ。衛兵の身長は160cmほど。対してエイダの身長は2m近い。その身長差が生み出す迫力は、その重々しい口調と相まって衛兵の肝を縮こませるのに十分だった。
その衛兵は後にこう語っている。
――本物のオーガの方がまだマシだった。
「あれは傑作だったな」
目の端に涙を浮かべながらベッキーが笑う。
「まったくあんなことなら、マルティナに足で挑むんじゃなかったよ」
競争には負けるわ、オーガと間違われるはで散々だとエイダは毒づいた。
「だから止めておけと言ったんだ」
エル・ヴィエントが呆れたように息を吐く。
とそこへ、姉ちゃん姉ちゃんと、両手にまるで鉤爪のように肉串を持ったマルティナが戻ってきた。
「この先にある『金の雄牛亭』っていう飯屋がおすすめなんだってぇ。行ってみようよぉ!」
「そんだけ買い込んどいてまだ食う気かよ」
見ているこっちが胃もたれを起こしそうだった。
「これは前菜だから。メインは分厚いステーキって決めてるから!」
「結局、肉かよ」
まったく、と苦笑する。マルティナは本当によく食べる。そのくせそのお腹周りには無駄な脂肪が一切ない引き締まった体型をしているのだから、同じ女として納得がいかなかった。
双子の姉妹だというのに、この差は一体何なのだろうか?
ベッキーは目の前にぶら下がる双丘に、八つ当たりのアッパーカットを喰らわせたい衝動に駆られたが、人目を気にしてグッと我慢した。
* * *
「旨ぁい! 五臓六腑に沁み渡るよぉ」
ここは金の雄牛亭。
入口のスイングドアといい、内装といい、西部劇に出てくるウエスタン・サルーンを彷彿とさせる造りとなっている店内に四人はいた。
時間は昼時のピークをとうに過ぎているというのに、まだ殆どの席が埋まっている。マルティナの恍惚とした表情を見れば分かる通り、かなり評判のいい店のようだ。
「それで西と東、どっちに行くか決めたのか?」
食事の手を止め、エル・ヴィエントがベッキーに尋ねる。この場合の西とは南アメリア大陸にあるアメリア帝国を指し、東はセニア島のセニア公国を指す。
「ああ。大師匠が前に言ってたように、まずは帝国を目指そうと思う」
「それが賢明だろうな」
「一緒に来てはくれないよな?」
「愚問だな」
「だよな〜……。エイダもこっちに残るんだよな?」
「そうだね。ついて行きたいのは山々だけど、流石にね」
エイダは済まなそうな表情でそう言った。
「気にしないでくれ。ギルドを預かる身なのに、ここまで付き合ってくれただけでも十分感謝してるさ」
「帝国は北と南で長らく戦争状態にある。気を付けて行って来い」
エル・ヴィエントのその言葉にキョトンとするベッキー。その表情にエル・ヴィエントは訝しげな顔で訊く。
「何だ?」
「いや、大師匠がオレたちの心配をするなんて珍しいと思ってさ」
「わたしだって
その言葉にベッキーの脳裏を師匠であるトモコ・タカナシと過ごした日々が過る。
「今頃どこで何してるんだか」
サイコロ状の肉の一片を口に放り込み、八つ当たり気味に咀嚼する。
「まぁ、あの馬鹿は馬鹿なりに裏で動いているんだろうさ。きっとな」
とその時。一人の男がえらく慌てた様子で店内に踊り込んできた。
「みんな聞いてくれ! 盗賊団が壊滅したらしいぞ!」
「何だって!?」「それは本当か!?」「やったぞ!」
男の言葉に騒然とする店内。盗賊団に辛酸をなめさせられたのだろう商人風の男が「今日は俺の奢りだ皆じゃんじゃん飲んでくれ!」と叫び、店内は一気にお祭り騒ぎとなった。
「今ギルド総出で、その功労者を探してるらしい。誰か知らないかっ?」
続く男の言葉にベッキーとエイダが「あ」と声をハモらせた。
「なになにぃ? 姉ちゃんたちが殺ったのぉ?」
「まぁな」
「さすが姉ちゃん!」
「そういえばギルドへの報告がまだだったね……」
すっかり忘れていたよとエイダ。
「これって知られたら表彰されるパターンだよな……」
「貴族連中の悩みのタネだったからな。間違いなくそうなるだろう」
エル・ヴィエントの言葉に、ベッキーはうへぇ〜と渋面を浮かべた。
「適当に誤魔化しておいてくれないかエイダ?」
「分かった。アタシの方で何とかしておくよ」
エイダはハァと困ったようにため息を吐くと、残っていたエールを一気に呷ったのだった。
ハルツーム西門にて。
「無茶して死ぬんじゃないよ」
「エイダこそ無茶して死ぬなよ」
お互いの健闘を祈って拳をコツンとぶつけ合うベッキーとエイダ。
「それじゃ達者でな」
「エイダのこと頼んだぜ大師匠」
「次に会うときはきっちり殺してあげるね大師匠ぉ」
「フッ、期待しておこう」
ベッキーとマルティナは、二人に見送られながら、宿場町サシャンへ向かう馬車へと乗り込んだ。
最終目的地は西端にある港町ルビルだ。そこから南アメリア大陸に渡る船に乗る計画になっている。
馬が
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〜第二章 完〜