冒険者ギルド エスピリト支部。
ベッキーとマルティナは今、前回の遺跡調査の件で報告に訪れていた。
朝食には遅く、昼食には早すぎるそんな時間帯。ギルドの掲示板前は、依頼を確認しに来た冒険者で溢れかえっていた。
ベッキーはそんな連中を横目に見ながら受付へと足を向ける。受付では受付嬢たちが
その中から一番近くにいた受付嬢を捕まえて、依頼の完了報告をしに来た旨を伝える。
「あー、それはジュリアが担当している案件ですね。少々お待ち下さい、呼んできますので」
そう言うとその受付嬢は「ジュリア〜お客さんだよぉ」と奥に消えていった。
程なくして一人の受付嬢がベッキーたちのもとにやって来た。依頼を受諾した時に話した受付嬢だ。名をジュリアというらしい。
「ベッキーさんとマルティナさんでしたね。無事に戻られたようでなによりです」
そう言って朗らかな笑みを浮かべるジュリア。
「それで石板の様子はどうでした? 何か分かりましたか」
「それがな――」
「それならオレがちゃんと回収したぜ」とは口が裂けても言えないベッキーは、サラハ共和国で大師匠に対してそうしたように、今回も既に無くなっていたという嘘の報告をでっち上げた。後にあんな事件が起きるなんて夢にも思わずに。
「何ですって! 無くなっていた!?」
するとジュリアは驚愕に目を見開き、素っ頓狂な声を張り上げた。
その声に、何だ何だと衆目が集まる。
「どうしたのジュリア?」
という同僚からの問い掛けに、ジュリアはハッとなると、
「な、何でもないです。何でも!」
と冷や汗を流しながら何とか誤魔化すと、今度はヒソヒソと小さな声で、ベッキーに向かって問い掛けた。
「無くなってたって、どういうことですか?」
「どうもこうも、そのまんまの意味だよ」
つられてベッキーもヒソヒソ声になりつつそう答える。
「確か、以前にも同じことがあったと言ってましたよね?」
「ああ。サラハ共和国でな」
それがどうかしたのか? という顔をしていると、ジュリアはキランと目の奥を光らせこう言った。
「事件の匂いがします!」
「はぁ?」
これにはさしものベッキーも困惑を禁じ得なかった。この女はいきなり何を言い出したんだろう。
「だってそうじゃないですか。手で触れられないというだけでも謎の石板が、国をまたいで忽然と姿を消すなんて、どう考えても裏になにかあるとしか思えません!」
まぁ、確かに裏で回収して回っている本人が目の前にいるのだから、的を射ているといえばそうなのだが……何でこの女、こんなに楽しそうに目を輝かせているんだろうか?
「という訳でっ、」
とジュリアはカウンター越しにベッキーの両肩をぐわしと掴むと、引き寄せるように顔を近づけながら、
「私を連れて行ってください!」
と言った。
「は? 連れて行くってどこにだよ」
「そんなのもちろんマニュアス遺跡に決まっているじゃないですか!」
そうかあの遺跡、マニュアスっていう名前があったのか……ってそうじゃない。
「何で連れて行きゃなきゃならないんだ?」
そもそもこっちは、そこから帰ってきたばかりなんだぞ?
「それはもちろん、現場を調べるためですよ」
「調べるだけなら、オレがやってるんだが?」
「もちろんそうでしょうけど、『現場百遍』と言いまして、事件調査において大事なことなんですよ?」
ジュリアはそう力説する。どうあっても事件にしたいらしい。
しかし何度調べようが何もでてこないのは、当事者であるベッキーが自身が良く解っている。それにあんな面倒臭い場所に舞い戻るなんて真っ平ごめんだった。
「それなら他の冒険者をあたってくれ」
「そんな事言わずにお願いします! 私、気になると眠れなくなるタイプなんですよぉ」
ベッキーの体をがくがくゆさゆさと揺さぶりながら、涙目で訴えてくるジュリア。その力は予想外に強く、ベッキーの頭がまるでヘッドバンギングさながらに激しく揺れる。
「んなこた知らん! オレらだって忙しいんだ――っていうかいい加減手を離せ!」
このままでは首を痛めそうだ。
「そこをなんとかお願いします! お願いしますぅぅぅぅっ!」
ホール中に響き渡る懇願に、またもや何だ何だと衆目が集まっていく――が、今度は「何だいつものか」と興味を無くして、面白がって見ている者以外思い思いの方へ視線を戻していった。
「ああ! またジュリアの発作がっ」
そんな中、一人の受付嬢が泡を食ったように駆け寄って来ると、もはや半狂乱となりつつあるジュリアを羽交い締めにして、ベッキーから無理やり引き剥がした。
「ジュリア、ほーほーだよほーほー」
そして
「馬かよっ」
ベッキーはその光景に盛大にツッコんだ。
「さぁ、今のうちに早く!」
と、外を目で示す受付嬢に従って、ベッキーとマルティナは早々に冒険者ギルドを痕にしたのだった。
そして次の日の朝。
昨日貰い損ねた調査依頼の報酬を改めて受け取るために、再び冒険者ギルドへと足を運んだベッキーとマルティナ。
スイングドアを押し開けたところで、奥のカウンターから血相を変えた女性が二人のもとに駆け寄ってきた。昨日ジュリアの暴走からベッキーを助けてくれた受付嬢だ。
「何かあったのか?」
そのただならぬ気配に、ベッキーが問う。
するとその受付嬢はベッキーの手をガシッと握るなり、こう答えた。
「ジュリアを連れ戻してください!」
どういうことかと話を聞くと、受付嬢――ソフィアは事の顛末を話し始めた。
「昨日お二人が冒険者ギルドを去ったあと、一旦は冷静になったジュリアだったんですが、よっぽど消えた石板の行方が気になったんでしょうね、こともあろうにギルドを通さずに個人で依頼書を掲示板に上げていたんです。その内容というのが――」
そこから先は聞かずとも察しがつく。
「私をマニュアス遺跡の最奥まで連れて行ってください、ってところか?」
「はい。ベッキーさんの仰るとおりです」
「でも、個人で出せる報酬額なんて
「あの子、あれで結構人気があって、狙ってる人が多いんですよ。それで懇意にしている冒険者さんたちが
そこで言葉をきると、ソフィアは深々とため息を吐いた。
「まさかその男たち全員引き連れて出ていったなんて言わないよな?」
「そのまさかなんです……」
ソフィアは両手で顔を覆った。
ベッキーはあまりのことに絶句した。
マルティナはあまりの眠たさに欠伸した。
「誰も止めなかったのかよ!?」
「気付いたときには既に出立した後だったんですよぉっ」
なんてこったいとベッキーは天を仰いだ。
「あの女は馬鹿なのか?」
「あの子興味が湧くと周りが見えなくなる
「それで、冒険者の数は?」
「三パーティーで総勢十二人です」
「十二人か、多いな」
これが普通の冒険者同士での旅ならば問題は無かっただろう。野盗や人を襲う獣、それに魔物と、旅には何かと危険がつきものだ。人数が多ければそれだけ警戒する目が増えるし、いざ戦闘となっても人数でゴリ押しすることも出来る。
しかし今回は話が違う。むくつけき男たちの中心にはか弱い受付嬢がただ一人。
しかも男たちは全員もれなくジュリアを狙っているときている。現地まで10日の旅程だ。道中、不埒な行動に出る者が現れないという保証はどこにも無い。紳士を気取るような輩は、そもそも冒険者になどなりはしないのだから。
それに問題はそれだけではない。
「連中が遺跡に入る前に抑えないとマズいな」
「どういうことですか?」
「罠の種類や、配置がガラッと変わってたんだ。古い地図を頼りにしてたら確実に死人が出る」
「そんなっ」
死人という言葉に、ソフィアは血の気の引いた顔をますます青くさせた。
「お願いです。昨日お渡しするはずだった額の二倍、いえ三倍、別途お出しします。あの子を、ジュリアを助けてください!」
「オレは金よりも情報が欲しい」
「でしたら当ギルドで把握している情報をすべて開示できるようマスターに掛け合います」
「この話、乗った! よし、そうと決まれば急がないとな。マルティナ、連中の後を追うぞ!」
「りょうか〜いっ」
こうしてベッキーとマルティナは、再びマニュアス遺跡へと赴くことになったのだった。