どこからか、鳥のさえずりが鼓膜に滑り込んでくる。
鉛のように重い瞼越しに感じる鮮烈な明かりに、意識と無意識の間で朝の到来を感じる。
清潔さが売りだと謳っていたベッドはふかふかで、ベッキーを再び夢の彼方に引きずり込もうと意識を鷲掴みにしてきていた。
その見えざる手を振り払おうと、寝転がったまま背伸びをしようとして――両腕が動かないことに気がつく。
何だ? と寝ぼけ眼でそちらに顔を向けてみれば、いつの間に潜り込んでいたのか、マルティナが抱き枕よろしく抱きついた状態で熟睡していた。しかも真っ裸で。
「…………」
たわわなに実った果実に埋没した左腕を眺めて、ため息を吐く。
はた迷惑な受付嬢ジュリアを、無事冒険者ギルドへと送り届けてから二日が経っていた。
昨晩は鉄のマグロ亭で少々飲みすぎてしまった。今日はこのまま寝て過ごすのも偶には悪くないかもしれないなぁ、そんな考えが頭を過ったが、よくよく考えてみれば今日は冒険者ギルドで色々と情報を貰う約束をしていたんだったと思い出す。
時間は特に決めていなかったが、港の衛兵から聞いた『最近発見された遺跡』とやらの情報は、早く手に入れておくに越したことはないだろう。最奥に石板が安置されていた場合、先に見つけておかないと、またぞろジュリアが「事件だ!」などと暴走しかねない。ソフィアの心労を減らすためにも、それは避けたいところだ。
そういうわけで頭を切り替えたベッキーは、早速冒険者ギルドへ行こうとして、まだ自分が拘束状態にあることに思い至った。
どうせ情報を得るだけなのだから、帰ってくるまで寝かせておいてやりたいところだが、さすがにこのままでは身動きが取れない。仕方がないが、ここは一旦起きてもらとしよう。
「おい、起きろマルティナ」
何とか拘束から抜け出せた右腕で、マルティナの肩をゆさゆさと揺すってみる。
「………………」
しかしまったく反応しない。
「ま、こいつがこの程度で起きるわけがないか」
頭か、無駄にデカい胸にキツイのを一発お見舞いすれば起きるだろうが、できれば今はそれは避けたいところだ。
となると自力で拘束を解いて脱出するしか無い。そのためには左腕も開放しなくてはならない。
ベッキーは左肩を限界まで上げて、何とか左腕を谷間から引き抜こうと試みる。何度か試したところで生まれた隙間から、肘を曲げつつ自分の体を這わせるように、ゆっくりと腕を動かしていく。
最後に自分の胸の上を滑らせるようにすれば――よし、抜けた。よもや自分の双丘が小ぶりで良かったと思う日が来ようとは夢にも思わなかった。これで大きかったら腕が支えて抜け出せなかったことだろう。
…………別に泣いてない。泣いてないったら泣いてない!
それはともかく、ここまでくれば、後はマルティナの腕を引き剥がせば完了だ。
「――――クッ」
引き剥がせば……引き、剥がせ、ばっ――
「……駄目だビクともしやがらねぇ」
分かってはいたが、どんだけ腕の力が強いのだろう。それでいて抱きしめられているこっちはまったく苦しくないのだから、絶妙な力の入れ具合だ。
……本当は起きてるんじゃないだろうな?
そう勘ぐってしまうくらい完璧なホールディングだった。
しかしこれはどうしたものか? このままではいつまで経っても抜け出せないぞ、とベッキーが思案していたその時だった。
部屋の扉を勢いよく開け放ち、一人の女が乱入してきた。ジュリアだった。
「ベッキー! 遅いから迎えに来た……よ?」
その台詞が急に尻すぼみになり、そして疑問形になる。
「ち、違うんだこれは!」
ベッキーは、まるで浮気現場を押さえられた亭主のように狼狽した。
するとジュリアは、その目をいっぱいに見開き、ボンッと音がしそうなほどに顔を赤らめ口元をあわわと
「ごめん! 二人がそんな
入ってきたときと同様に扉を勢いよく閉め、扉越しにそう叫んだ。
「爛れた言うな! つかそんなんじゃ
「大丈夫だよ? 愛の形は人それぞれだって私知ってるから。……その、ゆっくり愉しんでね! ソフィーには私から上手く言っておくからっ」
「ちょ、待てっ、待ってくれジュリア!」
慌てて呼び止めるも、無常にも駆け足で遠ざかっていく足音。
ヤバい。このままではギルド中で、下手をすれば街中で変態姉妹扱いされかねない。
「許せマルティナ!」
ベッキーは咄嗟にそう言うと、キツイ一撃をその胸に叩き込んだ。
「あ痛っ!?」
これにはさしものマルティナも跳ね起き、ついでにその勢いでベッドからも転げ落ちた。
拘束が解けたベッキーはそのままベッドから跳ね起きると、ジュリアを追うとして扉に手を掛けた。
が、自分が半裸状態だったことを思い出し、慌てて服を着る。背後でマルティナが何かぶうぶう言っているが、今はそれに取り合っている場合ではなかった。
急いでジュリアを追わなければ。
ベッキーは扉を乱雑に開け放つと、猛然と駆け出したのだった。