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第91話:ソフィアとはた迷惑な受付嬢④

「ベッキーさんとマルティナさんは――」


「ベッキーでいい。さん付けはいらない。マルティナもそれでいいよな?」


「もちろんだよぉ」


「そう。それじゃ改めて、ベッキーとマルティナはこの遺跡を攻略しているのよね?」


「ああ。でなけりゃ石板の有無なんて把握出来るわけがないからな。もっとも最初からオレが嘘の報告を上げてたんなら話は別だろうが」


 まぁ、オレが石板を回収したという事実を伏せている時点で、嘘の報告を上げてることにことになるんだがな。と心のなかで独りごちる。


「それじゃぁ、この鉄格子の開け方も分かってるのよね?」


 ジュリアが、何かを期待する顔でそう訊いてくる。


「もちろんだ。この鉄格子は、あそこにある小さな石像を破壊することで開く仕組みになってる」


 鉄格子越しに、台座に置かれた禍々しい形相をした石像を指で示す。


「しかし隣の通路にはファイアボールの罠が仕掛けられているだろ? どうやって破壊したんだ」


 その仕掛けで仲間を一人失っているアルトゥールが、神妙な面持ちで尋ねてくる。


「そこでヒントになるのが『汝の力を見せてみよ』だ」


「それってあそこの壁に書かれた文字のことよね?」


「そうだ。だからオレはふぁいあ――」


 とそで慌てて口を閉ざすベッキー。あっぶねぇ、危うくファイアボールの呪文でと口を滑らせるところだったと内心で焦る。


「ん? ファイアがどうかしたのか」


 突然口を閉ざしたベッキーへ、不思議そうな顔をするアルトゥールたち。


「あ、あ〜今のは忘れてくれ。単に噛んだだけだ」


 ベッキーは非常に苦しい言い訳を口にした。


 しかし幸いなことにアルトゥールはそれ以上言及してくることはなく、「それで、実際どうやってあの石像を破壊したんだ? 力を見せてみよってくらいだから、何か物でも投げつけたのか」と訊いてきた。


「そ、そうだ」


 別の解決法が思いつかなかったベッキーは、咄嗟にその案に乗っかった。


「……マルティナ、実際やってみせてやれ」


 頼むオレの意を汲んでくれ、と心のなかで必死に呼びかける。


「ん、りょうか〜い」


 するとさすが双子、姉の心の声を汲み取ったのかマルティナはすたすたと、文字が書かれている壁際まで歩いていった。ホッと内心で胸を撫で下ろしたベッキーや、アルトゥールたちもそのあとに続く。


「ちょっと借りるねぇ」


 と言って炭化した死体の傍らに落ちていた長剣を拾い上げる。


 そして皆が息を呑んで見守る中、マルティナは、ふぅと一呼吸置くと前方の闇を見据え、それをまるでプロ野球の投手ばりのフォームで思いっきり投げつけた。


 ブオンッという風を切る音とともに、真っ直ぐ飛んでいく長剣。


 頼む上手く行ってくれ! とベッキーは心のなかで祈った。


 するとその祈りが通じたのか、暗闇の向こうでカシャンッと何かが壊れる甲高い音が鳴り響き、一拍置いてガラガラと鉄と石材が擦れる音が鳴り響いた。


 でかした! ベッキーはマルティナとハイタッチを決めた。


「みんなっ、こっちに来て。鉄格子が開いてる!」


 慌てた様子で鉄格子を見に行ったジュリアが歓喜の声でアルトゥールたちを呼ぶ。


「おおっ、すげぇー」と男たちが驚く中、アルトゥールだけは悔しそうな顔で、


「もっと早く気がついていれば、ペドロの野郎を失わずに済んだのによ……」


 と、そう漏らした。


「ま、そう自分を責めるな」


 適材適所って言葉があるだろう? とベッキーにしては珍しく励ましの言葉を掛けたのだった。


 そして――


「ここが最奥の間……」


 ようやく辿り着いた目的地に、感動のあまりポツリとそう漏らすジュリア。他の冒険者の男たちも、ここまで生き残った感動を思い思いの言葉で分かち合っていた。


「そうだ、石板はっ――」


 しばらく部屋の中を眺めていたジュリアは、ハッと我に返ると中央にある祭壇へと駆け寄った。


「本当に無くなってる……」


 しかし当然のごとく石板は影も形もない。ジュリアは祭壇の周り、果ては部屋の隅々まで詳細に調べて回ったが、あったのは長い年月で堆積した埃くらいだった。


「だから言っただろ。無くなってたって」


 呆然とするジュリアに、ベッキーが肩を竦めながら声を掛ける。


「ええ。ごめんなさい、別に疑っていたわけではないのだけれど、どうしても自分の目で確かめたくて……」


「気持ちは解るよ。だからそんなに気を落としなさんなって」


 ここの石板が忽然と姿を消したのは、他でもないベッキーが回収したからである。なので思い詰めたような暗い顔をされると、なんともいたたまれない気持ちになるのだった。


「そういえばこの遺跡にお宝はなかったのか?」


 折角ここまで来たんだ、せめてお宝くらい持って帰りたいとアルトゥールが問う。


「あるぜ。更に地下に潜ったところに宝物殿があるんだ。案内するよ」


「そいつはありがてぇ! 死んでいった奴らも浮かばれるってもんだぜ」


「その代わり」とビシッと人差し指を立てて「ここから先もオレの指示に従ってもらうぜ? 何せこの先には今までの罠が子どもの悪戯くらいに思える凶悪な罠が仕掛けてあるからな」


「お、おう。了解だ。ここまで来て死にたくはないからな」


「よし。ジュリア、気が済んだのならそろそろ行こうか」


「ええ、そうね。……行きましょう」


 まだどこか名残惜しそうにしながらも、ジュリアはそう答えた。


 部屋の左側に設えてあった大扉を押し開ける。


「これは……鍾乳洞か?」


 アルトゥールが驚きの声を上げる。


「やっぱ驚くよな。オレも初めてきたときはびっくりした――止まれっ」


「な、何だ。どうした!?」


「いやな、この少し先に仕掛けてある感圧板は、これくらいの小石が乗っただけで反応しちまう繊細なやつだから……」


 と言ってベッキーはその小石を手に取った。そういえば前回来たときもこの辺りに小石が落ちてたんだよな、とその時のことを思い返す。ひょっとしたらこの小石も罠のギミックのひとつなのかも知れない。


「まったく質が悪いったらありゃしねぇな」


 ベッキーの独白に、アルトゥールたちは不思議そうな顔を浮かべたが、誰一人として言及することはなかった。


 そして、くだんの感圧板を慎重に躱して先に進む。


「ちなみにさっきのはどんな罠だったんだ?」


 アルトゥールが好奇心から訊いてくる。


「背後から巨大な岩石が転がってくる罠でな――」


 とベッキーはその時のことを話してやった。


「よくそれで生きて帰れたな……」


 衝撃の内容にアルトゥールはドン引きしている。


「まったくだぜ。さすがにあの時はもう駄目だって思ったね」


 などと話していると、前方に自然のものと感じさせる明かりが差し込んでいるのが目に入った。確か前回はあの辺りが壁になっていて、そのすぐ手前に大穴が開いていたんだったよな……ってことはあれも罠のギミックの一つだったわけか。本当に質が悪いったらありゃしない。


 ベッキーは内心でそう毒づきながらも、


「さ、後は宝物庫に向かうだけだな。さっさとお宝を拝みに行こうぜ」


 と駆け出したのだった。





 そして久しぶりの冒険者ギルドにて――


「ソフィア、今帰ったぜ」


「ベッキーさん! ジュリアは、ジュリアは無事ですか!?」


「落ち着け落ち着け。さ、ジュリア、そんなところに突っ立てないで顔を見せてやれ」


「……ただいま、ソフィー」


「ジュリア!」


――スパーンッ


 ジュリアの頬から軽快な音が響き渡る。


「まったくあんたって子は、散々心配かけて!」


 ぶたれた頬を押さえて呆然とするジュリアを、ソフィアは慈しむように抱きしめた。


「ごめんソフィー……」


「おかえりなさい、ジュリア」


 こうして、はた迷惑な受付嬢ジュリアの冒険は、一応の決着を見たのであった。


 ……ちなみに勝手を働いたジュリアは、向こう三ヶ月の減給を食らっという。


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