「頼むから爆死してましたなんてつまらないオチは止めてくれよ」
前回の経験どおりなら、そろそろこの変化する通路の罠を抜けるはず。
その先は鍵がかかった扉が設えてあり、ご丁寧に爆発物の罠まで仕掛けてあった。
一人死んでいたとはいっても、ジュリアを除けば11人の冒険者がまだ健在なはずで、そうとなれば一人ぐらい罠解除に長けた者がいても良いはずだ。
なのにこの妙な胸騒ぎは何なのであろうか?
ベッキーは逸る気持ちもそのままに、最後のブロック移動が完了するのももどかしく、扉がある場所まで駆け出した。
そして最後の曲がり角を曲がったところで、目の間に広がる光景に絶句した。
原型を留めないくらいバラバラになった扉。ところどころ崩落した天井からは、未だにパラパラと小石状の石片が落ちてきている。
しかもそれら残骸に混じって、いくつもの千切れ飛んだ手足や、頭が転がっており、壁際では一人の男が全身血とホコリまみれで蹲るようにして座っていのだ。
何が起きたのか考えるまでもない。扉に仕掛けられた爆発物の罠が作動したのだ。天井が完全に崩落して、通路が塞がれていなかったのは僥倖といえるだろう。
「マルティナはジュリアの死体がないか瓦礫の下を調べてくれ。オレはこいつの容態を確認してみる」
「分かったぁ」
早速とばかりに壁際で座っている男の元へ駆け寄るベッキー。男の容態は、ひと目見ただけでかなり深刻な状況だと察せられた。
爆発による全身の激しい裂傷に加え、右腕は半ば千切れかけており、夥しい量の血が流れ出している。その腹には吹き飛んできた扉の残骸だろう大きな木片が、まるで杭のように突き立っていた。これでは仮にまだ生きていたとしても、もはや手の施しようが無い。手持ちの薬で治せる状態をとっくに越えていた。
「スマンな」
ベッキーは一言そう呟くと、男の脳天に短剣を突き立てた。このまま放置すれば、いずれゾンビとなって復活してしまうため、その処置である。
次いで男の冒険者証を回収すると、マルティナに声をかけた。
「そっちはどうだマルティナ。ジュリアの死体はあったか?」
「それっぽいのは無いねぇ〜……お、冒険者証みっけ」
「そうか……」
事態は深刻だが、ひとまずホッと胸を撫で下ろす。ここでの死者の数はざっと見たところ壁際の男も含めて四人というとろか。何にせよ全滅していなくてよかった。
おそらく瓦礫に埋もれてしまっているのだろう、二人分の冒険者証を回収できなかったが、ここはひとまず諦め先を急ぐ。
この先は前回クワトゥルが襲ってきた場所になる。今回はどうだろうか。
すると案の定、背中から翼が生えた巨大なヘビの死骸が転がっているのが目に入ってきた。他に冒険者の死体は見当たらない。頭数が減ったとはいえ、この程度の魔物に遅れをとるような連中ではないようだ。
だが罠はこの後にも続いている。一刻も早くジュリアたちに追いつかなくてはならないのは変わらなかった。
そしてそこから更に奥へ進んだところで、奇妙な部屋に出た。
それは壁から天井、そして反対側の壁へと続く、その幅20cmほどの溝が部屋の奥まで50cm間隔に掘られているという、いかにも何かありますよといった風情の部屋だった。
振子刃の罠がある部屋だ。
「あ〜あ、何でこんな見え透いた罠に引っ掛かってるかね……」
部屋には一人の冒険者の死体が、体を上下泣き別れの状態で転がっていた。
振子刃を発動させないよう気をつけながら死体に触れてみる。
「まだ温かいな。死んでからそうは経ってないぞ」
「じゃぁ、ジュリアたちは近くにいるかも知れない、ねぇっ」
マルティナがはしゃいだ声を上げながら、死体の首を刎ねる。ゾンビ化対策は重要だ。
二人は前回同様に振子刃を一つ一つ躱しながら先を急いだ。
階段を降り、カンテラの灯を頼りに真っ暗通路を進む。この先は例の鉄格子が降りている通路だ。
すると前方から、何かが爆発する音に混じって男の悲鳴が聞こえてきた。更に続けて女の鋭い悲鳴が上がる。
「今の叫び声はっ」
ジュリアのものに違いない。ベッキーとマルティナは顔を見合わせると、どちらからともなく駆け出したのだった。
「ジュリア!」
前方に松明の灯りが見え、その光の中に数人の男たちに守られる形で立っている見知った女性の姿を認めたベッキーは、駆け寄りながら声を掛けた。
「ひゃいっ!?」
すると突然名前を呼ばれたせいだろう、ジュリアは両肩をビクンッと跳ね上げさせた。
「止まれ! 何者だ!?」
突然の呼びかけに驚いたのは彼女だけではない。その周りにいた冒険者の男たちは、反射的に武器を構えると素早く臨戦体勢に入ると誰何の声を上げた。
「待て待て! オレたちは敵じゃない。ソフィアに頼まれてジュリアを連れ戻しに来たんだ」
両手を上げて敵意がないことを示しながら更に近づく。
「ソフィーが?」
ソフィーとはソフィアのことだろう、ジュリアがこちらを凝視する。
そして彼我の顔がハッキリと見える位置まで歩み寄ったところで、
「あ、ベッキーさんにマルティナさんじゃないですか!」
ジュリアは緊張していた顔を瞬時に綻ばせた。
彼女のその反応で敵ではないと判断したのだろう、男たちはそれぞれの獲物を鞘にしまうとホッとした表情を浮かべた。
その中のひとり、一番大柄で少々厳つい顔つきの男がずいと一歩前に出る。
「俺は今回の混合パーティーのリーダーを任されてるアルトゥールってもんだ。よろしくな嬢ちゃん」
そう言ってゴツい右手を差し出してきた。
「嬢ちゃんは止めてくれ。オレはベアトリス、ベッキーでいい」
その手を握り、苦笑交じりに自己紹介する。
「それからこっちが双子の妹のマルティナだ」
「よぉっす」
「……双子の、妹?」
男たちの視線が、マルティナとベッキーの
「おい。今オレのどこを見て、何を思ったのかハッキリ言ってもらおうじゃないか」
その視線にキレたベッキーが男たちに凄む。
「そうですよ? お二人に失礼じゃないですか。ちゃんと謝ってください」
ジュリアもそう言って頬を膨らませる。それを見た男たちは、一瞬だらしない表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締めると皆一斉に頭を下げた。
「うむ。よろしい!」
それを見たジュリアが満足そうに胸を張る。
何だろう、この三文芝居のような状況は……
「あ、そうだ。謝るで思い出したが、お前たち仲間の
そう言ってベッキーはズタ袋から回収した冒険者証をアルトゥールに手渡した。
「これはあいつらの! 重ね重ねすまねぇ! 俺としたことが仲間の死に動揺して、肝心なことを忘れていたぜ……」
「そうですね。ごめんなさい」
ジュリアも頭を下げた。
「まぁ、今後気をつけてくれりゃぁ、それでいいさ。それよりもこれからのことを話し合おう」
ベッキーの言葉に、皆が頷いた。