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第89話:ソフィアとはた迷惑な受付嬢②

『不幸は単独ではやって来ない』とはどこの国のことわざだっただろうか。


「オレたちに何かようか?」


 げんなりとした表情はそのままに、焚き火に枯れ枝を放り込みながらベッキーが問う。


 すると、こいつがリーダーなのだろう。中でも一番厳つい顔をした男が、一歩前に出ながらこう言った。


「なぁに懐が寂しくてな、ちょいと俺達に恵んじゃくれねぇか?」


「ついでにこっちの世話も頼まぁ」


 リーダーの横にいた顔に傷のある男が、下卑た笑みを浮かべながら下品に腰を前後させた。


 何だろう、すっごい既視感デジャブを感じるんだが。


 とその時、トスッという音が鳴ったかと思った次の瞬間、その男が唐突に背後にぶっ倒れた。下卑た表情はそのままに、眉間にナイフが根本まで刺さっている。


「な、何をしやがったッ!?」


 あまりにも突然のことに頭が追いつかず、男たちが皆ポカーンとする中、いち早く我に返ったリーダーの男が唾を飛ばしながら叫んだ。


「何って、見れば分かるじゃん」


 そう言ってマルティナは、いつの間に取り出したのか一本の投げナイフを此れ見よがしに空中に放り投げてはキャッチするを繰り返した。


「このクソアマッ! 野郎ども殺っちまえ!」


 激昂したリーダーが手下にテンプレートな命令を下す。


 その途端、同じく仲間を殺られて激昂した手下たちが武器を手に手に向かってくる。マルティナは手にしていた投げナイフを、矢をつがえようとしていた弓持ちの一人に投げつけその息の根を止めると、間髪おかずにもう一人の弓持ちにも投げつけその命を刈り取った。


 これで三人。


 リーダーを含め残った男たちは三人がマルティナに、そして一人がベッキーへと襲いかかっていった。


「死ねやこのハーフリング!」


 ベッキーのことを小人族ハーフリングと勘違いした手下が手にした長剣を振りかぶる。


「〝иフル〟〝εイル〟同じことぬかしてんじゃねぇよボケがッ!」


 しかしその刃がベッキーに届くことは無かった。突如として男の目の前にバレーボール台の炎の玉が出現し、男を丸焼きにしながら吹き飛ばしたからである。


「この展開前にもなかったっけぇ?」


 ようやく既視感に気付いたマルティが、小首を傾げながら近づいてくる。その向こうには、マルティナに斬り掛かっていった筈の男たち三人が、首を撥ねられた状態で事切れていたのだった。


 そして次の日も。


「アタシたちに何か用かな」


「なぁにたいした用じゃねぇよ。ちょいと俺等の腰の上踊ってほしいだけさ」


「一晩中なっ」


 槌矛を手にした男がそれに続き、他の男たちがゲラゲラと嗤う。


「男に興味は無いんだけどな」


「心配すんな。すぐに自分から求めるようになるからよっ」


 その言葉にまたもゲラゲラと嗤う男たち。


「姉さん」


「何だ?」


?」今度は男たちにも聞こえるように物騒なことを言い出すマルティナ。


「鎚矛のやつは最後な」


「なっ? ふざけやがってっ。おいお前らっ、あの女の手足をへし折って俺の前に連れてこい!」


「後ろのガキはどうしやすか?」


に用はねぇっ。見せしめに血祭りに上げろ!」


 激昂したリーダー格の男が、唾を盛大に飛ばしながら命じる。だが彼は気付いていない。たった今自分が特大級の地雷を踏み抜いたことに。


「どぅあれが『坊主』だぁっ!?」安全ピンを引き抜き「オレは女だぁぁぁぁぁっ!」その手から二つの〝筒〟が男たちの足下に投げ込まれた。


「何だぁ?」男たちの誰が怪訝そうな声を上げた次の瞬間、


――バンッ、バンッと炸裂音が鳴った。


 視界を焼き尽くす閃光。そして音響パルスにやられた男たちが、ほぼ同時に倒れ伏す。何人かは既に気を失っているようでピクリともしない。流石は〝無力化〟に特化した閃光手榴弾というところか。


「ぐあっ」「ぎゃーっ」「アハハハハハッ」そこから先は一歩的な虐殺だった。気を失っている者はもちろんのこと、辛うじて意識のある者も一刀のもとに首を刎ねていくマルティナ。その甲高い笑い声や、嗜虐に満ちた表情は、普段のそれとはまるで別人の様相で、殺すことを明らかに愉しんでいた。


「お、俺は最後、に、殺すんじゃ……なかったのか……」


「あれは嘘だ」


 ベッキーの持つ短剣が、鎚矛を持っていた男の喉元に吸い込まれる。


 気がつけば、11人居た男たちはリーダー格の男を残して皆絶命していた。


「く、クソがっ――何を、何をしや、がったっ……」


 さすがはリーダーを張るだけのことはあるということだろうか。視覚も、三半規管もやられ、まともに立つこともままならないだろうに、武器を拾おうと右手を地面に彷徨わせる。


「ぐあぁぁぁぁっ、う、腕が〜っ!」


 しかし今のマルティナがそれを許す筈もなく、ヘッと嗤いながら男の右腕を斬り飛ばした。


「確か『手足をへし折って俺の前に連れてこい』だったか?」


 次いで左腕を、そして両足を片方ずつ同様に切り飛ばしていく。その度に男の苦悶に満ちた絶叫が響き渡った。


「姉ちゃん」


 四肢を切り飛ばさたショックで絶命した男の顔をジッと見る。


「何だ?」


「この展開も前になかったっけ?」


「あったなぁ……あれっていつだったかな?」


 そして更に次の日も――


「命が惜しかったらありがね――」


「〝иフル〟〝εイル〟ッ!」


 怒りのファイアボールが台詞を言い終わる前の野盗リーダーを丸焼きにする。


「ああもうっ! 何だってこの急ぎたい時に限って次から次に湧いてくるんだよ!?」


 こいつらはあれか? ボウフラかコバエなのか?


 ベッキーは毒づくと、足下に転がっていた野盗の生首をサッカーボールよろしく思いっきり蹴飛ばした。






「クソッ、結局遺跡に入る前に抑えられなかったじゃねぇか!」


 マニュアス遺跡の手前に停められた一台の馬車と、11頭の馬たちを前に、ベッキーは盛大に毒づいた。


「いっそのことジュリアは死んでましたってことにしない?」


 何やら物騒なことを言い出すマルティナ。


「そうしたいのは山々だけどな、ギルドから情報を引き出すのにジュリアには生きててもらわにゃならん。それに仮に死んでいたとしても、遺留品を回収しないとソフィアも納得しないだろうからな。結局遺跡に踏み込むしか無いのさ」


「うあぁ〜面倒臭い……」


「まったくだ。面倒くせぇ」


 二人してげんなりとした顔つきになる。


 とはいえいつまでもこうしている訳にもいかない。事は時間を争うのだから。


「せめて最初の罠で足止めされてれば良いんだけどな」


 ベッキーとマルティナは、ハァと一度ため息を吐き意を決すると、マニュアス遺跡に踏み込んでいったのだった。



* * *



 そしてここはその地下一階。


「〝ヤー〟〝ブロー〟〝ロス〟」


 フットマークの呪文を唱え、再び変化する通路に挑むベッキーとマルティナ。


「あ〜あ、やっぱりブロックが移動してやがる」


 しかしさっそくブロックが変化しており、いくばくも進まない内に、いきなり行き止まりに突き当たってしまった。これではブロックに変化が訪れるまで先に進むことが出来ない。


 ズズズズと、相変わらず腹の底に響くような振動が通路を走っている。きっと今頃どこかのどこかのブロックが移動しているのだろう。


 さすがにこの罠で死ぬ輩がいるとは思えないが、それでも気が急くのはどうしようもない。二人はヤキモキしながらも目の前のブロックが変化するときをジッと待った。


 ズズズズと、腹の底に響くような振動がようやく足下で起こり始める。ブロックが移動する兆候だ。ベッキーたちがその場で待っていると、目の前のブロックが右側に移動していき、行き止まりが直線の通路へと変わる。


 これでやっと先に進むことが出来る。


 二人は進めるだけ先を急いだ。次のブロック変動に乗らないと、また遠回りを強いられる事になってしまう。


 ベッキーとマルティナがそうやって稼働ブロックの間を再攻略していると、不意にそれは現れた。


「姉ちゃん、この人って」


「ああ。多分冒険者の一人だろう」


 何かに押し潰されたかのように、はらわたをぶちまけ、厚切りのベーコンのようになってしまっている冒険者の死体が壁に、文字通りへばり付いていた。おそらくだがブロックの移動に巻き込まれて圧死したのだろう。


 まさかこの罠で死人が出るとは思っていなかっただけに、ベッキーの顔に少なからず動揺の色が垣間見える。


 ベッキーはその遺体から冒険者証だけを取ると、先を急いだ。


 ジュリアは無事だろうか? それだけを考えながら……


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