「恋を教えて」
「え?」
いつも通りリビングで朝食を食べさせてやっていると唐突に雪がそんなことを言ってきた。
「いや…俺恋なんて知らないが?」
「………」
何やら言いたげな雪だったがそもそも俺…恋なんてしたことがない。
むしろ俺が教えてほしいぐらいだ。
「樹は未経験だったね」
「ああ!悪いかよぉ!?」
着実にダメージを与えてくる雪にツッコミを入れつつはぁっとため息をつく。
「樹…私と付き合って?」
「いやだが?」
「樹…私と突き合って?」
「いやだが!?誤解を生む言動をやめろぉ!この前母さんを説得するの大変だったんだからなぁ!」
赤飯を炊くと言ってきかない母を全力でとめた記憶を思い出す。
というか止められなかった記憶を思い出す。
まぁそのおかげで祝い事でもないのに赤飯を食べることになってしまったのだが…
「樹は…私じゃいや?」
「いや…ってわけじゃない…が…」
「なら…問題ない」
雪はそんなことを言った。
「おやおや~二人は付き合うの~?」
「母さんは黙ってて」
どこからともなく顔を出した母を押し戻し、雪に顔を向ける。
「はぁ…それがお前のネームにとって…必要なことなのか?雪」
「必要なこと」
俺たちは、この家に住むにあたっていくつか約束をしたんだ。
一つ。雪はこの家から出るときは必ず俺と一緒でないといけないこと。
一つ。俺がこの家から出るときも必ず雪と一緒でないといけないこと。
一つ。雪の身の回りの世話は俺が手伝うこと。
そして一つ。お互いの夢を尊重し助け合うこと。
雪がこの家に来て、なんやかんやあって決めたその約束。
今になって思えば俺が不利な約束な気もするが、今はそれでいい。
「1か月だけだぞ」
「わかった。それまでに赤ちゃん作る」
「何もわかってないな!?」
「そうすれば…別れなくてすむ?」
「手は出さねぇよ!」
「……バカ」
雪はそんな一言を言い残してくてくと階段を上り自分の部屋に戻っていってしまった。
「にしても…本当に俺でいいのかよ…」
そんなつぶやきは、誰もいない廊下に吸い込まれるのだった。
~1日後~
「で…やっぱり変わらないんだな…雪」
相変わらず朝が弱いのかすやすやと寝息を立て、布団を小さく動かしている少女。
そんな少女を揺らし声をかける。
「お~いおきろ~っておい!バカ!」
俺が雪の体を毛布越しに触った瞬間…細い腕が伸びてきて、俺の腕をつかむ。
その腕は俺の体をぐいぐいと引っ張り布団の中に居れようとしてくる。
「おい!起きてるんならさっさと降りてこいよ!なんで俺が来るまで寝たふり決め込んだんだ!」
「樹が…夜這いしに…来ると…思って」
「今朝だが!?」
「せっかく…脱いで…待ってたのに」
「まてまて!せめて服を着ろ!」
ここに住み始めてた頃ならいざ知らず、最近は服を着るようになった雪だったがどうやら逆戻りしたらしい。
「頼むから羞恥心というのをもて!お前絶対苦労するぞ!」
「樹だけなら…問題ない」
俺の腕をつかんだまま器用にも親指を立てる雪。
そのままずるずると布団の中に引きずられそうになる。
かといって雪を引っこ抜くわけにもいかない…本当に服着てないだろうし。
つまり俺の打てる手は!
「振りほどく一択!」
俺は雪の手をつかみ振りほどこうとする。
「だめ…付き合ってるんでしょ?お誘いを…断っちゃだめ」
「いいか!普通は段取りってもんを踏むもんだ!」
俺の言葉に雪は目をぱちくりとさせる。
しばらく硬直していると不意に雪の手が離れた。
「わかった。樹が…私を求めるまで待ってる」
「OK何もわかってなさそうだな…でもまぁ…今はそれでいい」
「私…樹に求められるよう頑張る」
ガバっと雪は立ち上がり俺にそう宣言する。
その瞬間、雪の姿が俺の目に飛び込んできた。
「いいからまず服を着ろ!!」
俺は叫びそこらへんに落ちてる下着と服を適当に雪に投げ背を向けるのだった。
~~~~~~~~~~~~
「なに~朝っぱらから夫婦喧嘩?」
「からかわないでくれ」
着替えた雪と俺が1階に降りると母さんが朝食を食べ終わったところだった。
俺が作ったご飯は雪のせいですっかり冷めきっているだろう。
といっても今日は幸い日曜日だ。学校へ行く必要もないので温めなおす時間もある。
「朝食温めなおすか?雪」
「うん」
その返事を受けおれはいそいそと俺と雪の朝食を温めなおす。
「あ…樹~?今日母さん仕事で遅くなるから~」
「はーい」
漫画の編集者をしている母さんはたまに帰りが遅くなると伝えてくる。
その日は雪が奇行に走ることが多い。
今日は果たして何をしてくるか…
(確か以前は家の洗濯もの全てをピンク色にしてたな…)
「食べさせて」
「はいよ」
慣れきった手つきで俺は雪にご飯を食べさす。
雪はいつものように「おいしい」と言葉をこぼし無表情ながらもほんの少しうれしそうな表情を浮かべていた。
「樹も」
「?」
俺の皿からトマトを取り雪は言った。
「あーん」
「俺に食べさせる前にまず自分で食えるようになろうな」
やんわりとした笑みを浮かべながら言うと雪がいきなり俺の口にトマトを突っ込んだ。
幸いせき込むことはなかったものの俺の口に雪の指先が触れる。
「ああ…手拭きを…」
俺が言いかける前に雪は行動をした。
手を拭いたのではない。雪は自らの手を…
「だあああ!なんでそういうことするんだ!」
「?…樹の味を確かめたくて」
「さも当然みたいな反応しないでくれませんかねぇ!?」
「大丈夫。ちょっとすっぱいけどおいしい」
「それトマトの味じゃない?」
「そうかも…樹…食べていい?」
「かじられるの怖いからダメ」
「性的に」
「もっとダメ」
何やら不服そうな顔を浮かべる雪をよそに俺は自分の皿に乗っていた料理を口に流し込み、空になった皿を下げる。
そんな俺を見てか雪はてくてくと二階に上がっていった。
「いつもの奇行と方向がだいぶ違うぞ…」
いつもは何か盛大にやらかしている…といったイメージだったが今回は違った。
どちらかというと…自らやらかしに行っている。
「これ…今日止められるのか…?」
いや…止めるしかない。それが雪の世話係を母から任せられた俺の仕事なのだ。
俺の夢…【小説家】になるための条件なのだ。
止まっていた手を動かし皿を洗う。
【お互いの夢を尊重し助け合うこと】
俺の小説家への道に、これ以上理想的な環境もないのだ。
と言っても俺が書いてるのはSFなので雪がやってるように絵のモデルにするといったことはできない…が、話のネタ的には活用できる。
なにせ雪の行動が地球人とは思えない。
「絵のモデルを俺にしてる雪と、雪の行動をキャラのモデルにしてる俺…」
そしてそれを母が担当者として審査する。
やはりこれ以上理想的な環境はないのだ。
「…この冷蔵庫の野菜室に取り付けられるカギとかないかな…」
どうでもいいことを口に出しながら俺は片づけを終え二階の部屋に戻る。
執筆という名の作業をするためである。
「さて…始めるか!」
机の上のパソコンに向かい俺はそうつぶやく。
「何を始めるの?」
「わあああ!?!?」
後ろ…俺のベッドから声が聞こえ、俺は反射的に声を上げ振り向いた。
毛布にくるまった雪がいた。
「なんで雪がここにいるんだ!」
「樹が食べさせてくれないって言ったから…せめてにおいだけでもと思って」
「今すぐやめろ!」
布団を奪い返すと雪は俺の枕をだいて目を閉じた。
「おやすみなさい」
「だあああ!寝るな!せめて自分の部屋で寝ろ!」
「いいにおい」
「臭いの感想なんてどうでもいいんだよ!ここで寝るなぁ!」
「すぅ…すぅ…」
俺の叫びむなしく寝息を立て始めた雪。
こうなってはテコを使っても動かないのを俺は知っている。
「はぁ…まぁ、作業してる間に起きるだろ…」
そんな軽い気持ちで改めて俺は作業を再開する。
それが過ちとは気づかずに…
~~~~~~~~~
「ん…ん?」
瞼を開ける。
目の前に白髪の少女がいた。
じーっとこっちを見ている少女が…
「?????」
疑問符を浮かべながらいつの間にか横になっていた体を起こす。
「俺の布団…」
まず俺は状況を整理した。
まず、ここは俺の部屋だ。そして雪がいる。確か俺は作業していたはずだ。だが今ベッドに寝かされていたということは…寝落ちした…ということか?
時計を見る。
針は午後6時を指していた。
「午後…6時?」
朝起きて朝食を食べて…部屋に入って作業を続けて寝落ちして、気づいたころには午後6時…と。
「やらかしたな…」
「樹…ぐっすり寝てた」
「ああ…てかお前が運んだのか?」
俺が聞くとコクリと頷く雪。
「悪かったな…」
感謝の気持ちを込めて雪の頭をほんの少し撫でた。
「!!」
「?」
俺の行動に何やら雪は驚いたような顔をして…
「戻る」
「ん?ああ」
一言だけ言い残し部屋を後にしていった。
「なんだったんだ?」
出ていく前の雪の表情。
ほんのり顔が赤かったのはきっと気のせいだろう。
雪が何を思い何を考え行動しているのか、俺には理解できない。
ただ俺は、雪に振り回されるこの日常が、楽しいと感じている。
いつもは奇想天外な行動ばかりして、それでも実力は確かで。
ほんと…
「天才って…何考えてるかわからねぇな…」
小さすぎるその
「俺も…頑張らなきゃな」
パソコンの前に座ると俺は必死にキーボードをたた…こうとしたのだが、先に夕飯を作ることにした。
作業しているであろう雪のためにも、栄養のある野菜をたっぷり使ってやらないとな…なんてことを思いながら冷蔵庫の野菜室を開けた。
「またかよ!作業してるんじゃなねぇのかよ!なんで冷蔵庫に戻ってるんだ!」
「体が熱かったから…冷やそうと思って…」
「冷蔵庫は出られなくなるからやめなさい」
「うん…出られなかった」
「出ようとはしたんだな」
はぁっとため息をつく俺。
そんな俺を見た雪は、俺のほうに近寄ってくる。
「?」
疑問符を浮かべていたその刹那。
俺は、雪に
「!?」
「あったかい…熱い…?」
「ああ!熱いよ!だから離れてくれ!」
俺の言葉に素直に離れる雪。
そして雪は…冷蔵庫に戻ろうとした。
「まてまて!何また入ろうとしてるんだ!」
「熱かったから」
「出られなくなるって言っただろ!?最悪死ぬぞ!?」
「じゃぁ服脱ぐ」
「そういう問題じゃない!エアコン付けてやるから服は着とけ!」
急いで雪を止めるとエアコンの冷房を付ける。
少々寒いが服を脱がれるよりかはマシだ。
「それにしてもなんでいきなり抱き着いてきたんだ…熱いのわかってただろ」
「……バカ」
俺の問いに帰ってきたのは、罵倒だった。
その罵倒を言い残し雪は2階に上がろうとする。
「ご飯できたら…持ってきて…ネーム書く」
「あ…あぁ…頑張れよ?」
「……バカ」
2度目の罵倒が聞こえた。
「ほんっと…わからねぇ」
俺はそんな言葉をこぼしたのち夕食を作り始めるのだった。