あれは…1年前の事だった。
ただ1度。彼女のイラストを見ただけだった。
「天才…か…」
ネットサーフィンをしていると、そう評価されていた。
そのイラストを俺はたった1度だけ見たことがある。
「あのイラストは、確かに天才だな」
イラストと評価していいのかすらわからない。その紙の上に、キャラクターが
そのイラストは誰もが一眼見ただけでその世界に飲み込まれる。芸術の領域だった。
白髪で、白いワンピースを着た少女が、泣いている絵。見ていると言葉には言い表せない感情が湧いてきた。
そんなイラストを描く雪は、今や自作の漫画を描いている。
はたから見たらイラストを捨てたように見えるのだろうか。
だが、事実…彼女はイラストを捨てたわけではないのだろう。
なぜそう言えるか?答えは単純だった。
「雪!なんでお前の部屋の壁がこうなってるんだ!」
俺が雪の洗濯物を取りに部屋に入ると壁いっぱいに使ったイラストが描かれていた。
昨日は言ったときにはこんなものはなかったということはわずか1日で作り終えたということになる。
「漫画で賞取るまで…イラスト書かないって…決めてる」
「おもいっきり壁に書かれてるんですがそれは」
「これはメモ…だからセーフ」
「アウトだよ!何てことしてくれたんだ!紙に描け紙に!」
「その発想はなかった」
「逆に何で壁に描く発想が出てくるんだよ!」
朝っぱらから大声を出してツッコむ俺。
そんな俺の声を聴いてか、いつの間にか母さんが立っていた。
「あらあらこれは素敵ね~」
「ふふん」
胸を張り得意げな表情を浮かべる雪。
いいのか本当にそれで…
壁に書かれた絵。白髪でほんのり雪に似ているその女の子が笑っている絵。
それは、雪が天才と評される魂胆となった絵に近いものを感じた。
「消すのはもったいないわねぇ~いっそこのままにしましょう」
「本当にそれでいいのか母さん」
俺の問いに小さくうなずく母さんはそそくさと部屋を後にしようとする。
「あ…それと…」
部屋を出る際母が足を止め雪に行った。
「あのネーム、結構過激だったわねぇ~言ったことがちゃんとできてて偉いわ雪ちゃん。心情描写もしっかりかけてるし、何か変化があったのかしらね」
そんな言葉を残し母さんは今度こそ部屋を後にしていった。
「雪…?あのネームって?」
恐る恐る俺は雪に聞いた。
「主人公とヒロインが…裸で一緒に朝起きるシーン」
「事後じゃないかそれ」
「前…樹の裸モデルに書いてたネーム」
「あれかよ!R18にならないって言ったよな!?なんで朝チュンが入ってるの!?」
「ヤったから?」
「さも当然みたいなトーンでいわないでくれないか…」
今どきの少女漫画ってそんなシーンあるのか?
最近見てないからわからないな…
「ヒロインの体のモデルは私だから安心して」
「何をどう安心しろと?」
「樹を食べれるのは私だけ。それは、漫画でも一緒」
「俺はお前に食われた覚えないけどな!」
そう叫びつつ本来の目的…洗濯物の回収を始めた。
「ん?」
そんなとき、ふと違和感を覚えた。
(いつもより洗濯物が少ない…?)
雪のことだ。自分で洗った…なんてことは万に一つもない。
つまり洗濯物そのものが出てないということ…
「なぁ…雪…?最近だといつ服を着替えた?」
「?…樹に選んでもらってから…着替えてない」
「着替えろよ!てかいつ俺がお前の服を選んだ!」
「前に私がパンツを脱いだ時、雪が私に服選んでくれた」
「あれは選んだんじゃない!適当なのを投げただけだ!」
俺の言葉に雪は目を見開き、膝から崩れ落ちた。
「せっかく…これが樹の趣味だと思ったのに」
「勝手に俺の趣味を決めないでもらえません?」
「せっかく…これを着てると樹が襲ってくれると思ったのに」
「あそれだけはないです」
「じゃぁ着替える」
そういって雪は服を脱ぎはじめる。
こればっかりは止めるわけにもいかず、かごをおき部屋の外で待機する。
「いれたよ」
「服は着たか?」
「ううん」
「着てから声をかけてくれ」
「わかった」
危うくトラップに引っ掛かりそうだったが、雪のずぼらさは俺がよく知っている。
こんなトラップに引っ掛かるわけがない!
「あ…これ置いとくね」
「だから服着てから出て来いよ!」
洗濯籠を部屋の外に置く雪。
一糸まとわぬ姿で出てきていた。
雪のこの行動は、もはやわざとやってるのではないかと疑ってしまう。
まぁそんなわけないよな。
「………バカ」
扉の向こうでそんな声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
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俺は洗濯物を処理し、自分の部屋に戻った。
「さて…」
俺は雪と違って天才ではない。
だから俺は、努力しないといけないのだ。
「やるか」
インターネット上の小説投稿サイトを開きキーボードをたたく。1時間ほど作業を続けていると1000文字ほどの原稿ができた。
「あとは投稿して…と」
投稿完了という文字が画面に表示される。
「ん?」
サイトのホームに戻ると、気になるものを見つけた。
「恋愛小説コンテスト…」
誰でも気軽に参加できると書いてあったそのコンテストを興味本位でクリックする。
そこに書いてあった内容を要約すると、
【ちょっと刺激的な恋愛小説ウェルカム!】だった。
恋愛小説なんて書いたことのない俺だったが、このコンテストから目が離せなかった。
(もし、俺も雪をモデルにできるなら)
約一か月間雪とはかりで付き合っている関係だ。
それをネタに小説を書いてはどうだろうか。
「いや…あいつが拒否する可能性も…」
「いいよ」
「うお…!?」
唐突に後ろから声が聞こえ、慌てて振り返る。
いつぞやとは違い、ベッドの上に腰掛けたままの雪。
「いいって…?」
「そのコンテスト…出たいんでしょ?」
俺のパソコンを指さしそういってくる雪。
「本当にいいのか?」
「私たちは付き合ってるから…おーけー」
説明のような説明じゃないような…微妙な返事を返され俺は疑問符を浮かべる。
「………バカ」
二人きりの部屋に、小さな馬頭が響くのだった。