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5話 淀みを祓う(3)

 改めてソファーに移動し、タマがタブレットを持って九尾の隣に座る。ちょっと面接っぽい感じもあって緊張するなか、聞き取り調査が始まった。


「まずはあのビルで多いと感じる場所などはありましたか?」

「全体的に多いですね。最近な感じの人もいますし、少し古い時代の人かな? と思う人もいました。服装がやっぱり」


 戦中くらいの服装の人も時々いて、そういうのは分かりやすいので目を逸らしている。あと、明らかに姿形がヤバいものも避けるようにしていた。


「九尾さんは俺と会った日、ビルの調査をしていたんですよね?」


 以前そんな話をしていたから問うと、彼は静かに頷いた。


「正確には十階の調査です。あの階の違うオフィスからの依頼で調べていたら、貴方の元職場が該当した。という経緯ですね」

「あそこは会社についている状態でしたからね……」


 主に四人が固定でいたのだ。

 とはいえ一人はオフィス内ではなくエレベーターからオフィスドアまでを何度も往復していた。丸い眼鏡にお下げ髪の人で、外傷は分からない。けれど常に手に包丁を持っている異様な様子だったから幽霊だと思ったのだ。


「ってかさ、お前ってなんで自殺しようとしてたんだ?」

「え?」


 不意にタマの視線が上がり、こちらをジッと見てくる。そして改めて問われて晴信も首を傾げた。


「あれ? なんだったっけ」

「おいおい、しっかりしろよ」

「なんか、突然全部が虚しく思えて、絶望したのは覚えているんだけど……具体的に何かあったかって言われたら分からなくて」


 なのに飛び降りようとしていたのか。冷静になるととても恐ろしい状況に身震いする。

 そんな晴信をジッと観察するように見ていた九尾がフッと息を吐いた。


「何か、いつもと違う事をした。もしくは行かない場所に行ったなどありませんか?」

「え? えっと」


 落ち着いて考えてみる。あの日は午前中は普通の仕事をして、午後になってからも仕事で……。


「あっ、あります! 夕方に三上先輩に言われて三階の物品庫に行きました」


 オフィスの備品などを収納している物品庫はオフィス毎に指定された棚に備品を買いだめして収納している場所で、高価な物や食品以外は置いておける。「マウスが調子悪いから持ってこい」という怒声で行ったのだ。

 思えばこの後の記憶が朧気だ。何とは言わないけれど急に虚しい思いが込み上げ、この先何を頑張っても報われる事はないんだと絶望し、特殊な目も合わさって孤独感を強く感じてしまったのだ。


「その後の記憶が曖昧というか、ぼやけています。凄く孤独で虚しくて、もうこんな人生何の意味もないんだって思えてきて」

「おそらくその場にいた何かに影響を受けたのでしょうね。だからこそ私が登場した衝撃で目が覚めたのでしょう」

「あぁ、そんな感じです。九尾さんが突然目の前に現れて驚いて、その直後に死にたいっていう気分がパッと無くなった感じがありました」


 何となく自分の行動の理由が分かってほっとする。分からないものを放置しておくのはやはり引っかかったままで気持ちが悪いのだ。


「ってか、それが本当ならヤバいなそのビル」

「実際、多いようですよ。私が見に行った時も複数人が繰り返していましたし」

「え?」


 繰り返す、というのはどういう事だろう? 首を傾げる晴信に九尾は苦笑した。


「自殺者は大抵、自分の死を繰り返しているのですよ。あのビル、とても多いですね」

「うわぁぁ!」


 流石にそれは見ていなかった。オフィスに行くとほぼパソコン画面しか見ていないし、外に出れば死んだように家を目指して外野など見ていなかった。

 もしあの時九尾が止めてくれなかったら自分も……。想像するだけで自分を抱きしめて震える晴信であった。


「累様、今回は前回とは違う依頼なのですか?」

「えぇ。前回は十階のみでしたし、あのオフィスの問題が解決したと同時に目撃者も減りました。ですが今回はビル全体。流石に骨が折れます」

「何が原因なのでしょうか?」


 確かに多いけれど、十階ではあまり会わなかった。それに場所の問題もあるかもしれない。晴信のオフィスのある方向はビル全体としてもそうしたものは少なかったのだ。


 晴信の問いかけに九尾は笑う。とても優雅に、上品に。とびきりの悪戯を囁くように。


「それを今夜、暴きに行くのですよ」


と。


◇◆◇


 夜のオフィスビルの方が馴染み深いサラリーマン生活というのは健全ではなかったなと改めて思う。

 すっかり見慣れた守衛室だが、中に入るのは初めてだ。

 並んだオフィス机に鍵のかかるキャビネット。時間外退勤時にICカードを読ませるリーダーがある所には外の様子が見えるように大きめの窓がついている。


 そして今目の前には随分と見慣れた恰幅のいい守衛がいて、晴信を見て「あぁ!」と大きく声を上げた。


「いやぁ、あのオフィスの中でも君の事はよく覚えているよ。ほぼ毎日午前様近いし、だいたい最後の一人だったからね」

「その節は大変ご迷惑をおかけしました」


 晴信が残っている事で守衛は特に気にして見回りをしなければならなかっただろう。知らず迷惑をかけていた事に今更気づいて謝罪すると、守衛は大らかに笑って「仕事だから平気だ」と言ってくれた。


「改めて、守衛の石川だ」

「堂上晴信です」

「九尾累です。石川さん、早速ですがお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「……あぁ」


 九尾の言葉に僅かだが石川は表情を曇らせる。だがこれは事前に知らせてある事であると同時にビルの管理側からも協力するよう言われている事らしく、渋りながらも応じてくれた。


「石川さんは、こちらは長いので?」

「あぁ、かれこれ二十年くらいはこのビルにいるな」

「素晴らしいですね。では、その長い勤務中に妙な事、おかしな現象などは起こっておりますか?」


 優雅な響きの声は場違いに思える。晴信は落ち着かず辺りを見回してしまう。こういう話をすると大抵は寄ってくるのだが、今日はまだいないようだった。


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