目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

5話 淀みを祓う(5)

◇◆◇


 翌日の日中はタマに昨夜の報告をして、彼がそれをパソコンに入力すると共に解析をしてくれた。それにより、ちょっとだけ見えてきたものがあった。


「まずビルのフロアマップの中から三の倍数階だけをピックアップし、そこに怪異事件が多いと思われる場所に印をつけてみました」


 九尾も一緒になって事務用のパソコンを見ている。その中でこれらの情報が書き込まれていくと、流石の晴信でも「あっ」と声が出た。


「やはり、重なりますね」


 そうなのだ。三階物品庫、六階休憩スペース、九階空きオフィス、十五階の倉庫、十八階の話も後で聞いたらやっぱりこの一角だった。十二階は不明。それらの場所はほぼ同じだ。


「鬼門の位置にありますね」

「それって、悪いものが入ってくるんでしたっけ?」


 小学生まで一緒に暮らしていた祖母がそんな事を言っていた。そういう場所には神棚を置いて魔除けの札を納めて、綺麗にしておくといいらしい。

 晴信の言葉に九尾は頷く。そしてひっそりと溜息をついた。


「よりにもよってそうした場所が空洞であったり、物置状態なのもよくありませんね。魔の入る場所は気が乱れやすいうえに荒れれば溜まり澱となってしまいます。だからこそ清めておかなければいけないのですが」


 やっぱり祖母と同じ事を言った。でも……そうか。そういうものなのだろう。


「そういや対角線の場所も空き部屋多いな。過去の履歴は……げ! お前のオフィスもろじゃん!」


 手早く検索したタマが呻いてドン引きしている。晴信も今知ったのだが、過去のオフィスがあったのは確かに南西側の一角で、問題になっている場所の対角線上にあったのだ。


「あぁ、だから問題が多かったのですね。しかも女性問題も」

「関係あるんですか?」

「こちらは裏鬼門と呼ばれ、本来は魔が抜ける場所なのです。同じく気が不安定なので清潔にしておくべき場所ですし、ここを疎かにすると特に女性に障りがあると言われています」


 これには苦笑するしかない。何せ前職場の社長は相当女癖が悪く、奥さんがいるのに不倫しまくっていた。仕事先でも手を出し、うち二名は無理矢理脅すように手を出したあげく妊娠させ、悩んだ二人は自殺してしまった。

 その一人が教育係だった有野だったのだ。


「そこだけじゃないな。女性社長の場合は倒産も多いし、女性がらみのトラブルが目立つ。それに……げっ! ここの地下、今は違うみたいだけど元々はゴミ集積場だって!」

「おやおや、困ったものです。よりにもよってそんなもので場を穢してしまったとは」


 過去の状況も色々出してきたタマが呻いている。九尾も困ったように肩をすくめてみせた。


「確かめてみなければ分かりませんが、おおよその予想としてはこうです。元々ここは魔が入り込みやすく抜けにくい、霊にとっての袋小路のような場所だったのでしょう」


 状況を整理する事になり、九尾が予想と題してそう話し出す。

 ただ、予想というにはかなりしっかりしているようにも思う。


「こうした場所には大抵、小さな社にご神体を置いて穢れを防ぎ道をつけるものなのですが、現代ではそうした謂われなどは軽視されがちです。ここの物も取り壊されてしまったのでしょう」

「恐れ知らずだよな。長い目で見りゃ絶対に障りがあんのに」


 頭の後ろで手を組んでだらんと凭れたタマも言う。これには見えてしまう晴信も同意しかない。彼が唯一寛げる場所が神社なので、自然とそういうものへの畏敬の念というのは持っているのだ。


「それでも細々と道は繋がっていたのだと思いますよ。そうでなければもっと溜まっていておかしくありません。ですがゴミを溜めた事で道が完全に塞がってしまった」

「そうして、溜まったんですか?」


 晴信の問いかけに、九尾は静かに頷いた。


「とはいえ予測の範疇を出ません。裏付けを今夜にでも行いましょう」

「予測で動いては駄目なんですか?」


 ほぼ確信があるように思うのに。

 そんな晴信に、九尾は真っ直ぐ見つめて頷いた。


「祟り、呪い、障り。こうしたものの対処を間違えば痛手を負うのはこちらになります。それに、本来の原因を見誤れば一時的には収まっても直ぐに元に戻るか、更に悪化した状態になってしまいますから」


 そう言われてしまうとそんな気もする。

 結局今夜も夜にあのビルへ行き、現場を確認する事になった。

 「晴信さんの力に期待しますね」と素敵な笑顔で言われてしまった晴信にも自然力が入る。上手く出来るかという不安と、期待に応えたい自分。そんな気持ちを抱えて騒がしい内心を深呼吸で落ち着けて、晴信は午後の仕事もやりきったのだった。


◇◆◇


 夜九時。昨日よりは少し早いおかげか陰鬱な空気はまだ薄い。町にもまだ活気があり、人の往来も明かりも輝いて見える。

 日中に連絡をしてあったお陰で守衛室へ向かうと石川がいて、晴信達を待っていてくれた。


「連日ご苦労だね」

「石川さんもありがとうございます」

「いや、こっちとしてもこれが解決するなら助かる。なんせ扱いを間違えたらこっちが怖いビルだからな。正直、キツい年齢だ」


 挨拶をするとそんな風に返されて、その表情からはどこか心労も感じて心配にもなってしまう。きっと、長年ここを支えてくれた人だから。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?