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「いい、
お母さんの柔らかい掌が、瀬羅の髪を優しく撫でる。お母さんが身じろぎする度、ふわりと甘い花の様な香りが広がる。お母さんの匂いだ。瀬羅はこの匂いが大好きだった。
「お母さん、あくいってなぁに?」
「……悪意はね、人間が皆持っているもの。他人や自分を傷つけるのに、どうしようもできないものなのよ。瀬羅にもそのうちわかるようになるわ」
お母さんの声が少し低くなる。声に悲しみが溶け込んでいる。瀬羅はそう思った。
「これから大人になるにつれて、人の悪意に傷つくことが増えると思う。でもね……」
お母さんが瀬羅の肩に手を添える。あぁ、きっとお母さんは何か大事なことを言おうとしているんだ。そう感じ取って、瀬羅はそっと姿勢を正した。
「どれだけ悪意に傷ついたとしても、優しさを忘れちゃ駄目よ。……悪意に勝てるのは、人を想う心だけ」
その言葉が、瀬羅の心にすっと入り込んだ。