「ドラゴンを用意して欲しい」
それが有名冒険者の要望だった。
新米の僕にも分かる。有名冒険者なのだから、S級ドラゴンを希望しているに違いない。大物は違うな。
「どのランクを用意いたしましょうか?」
カルロスさんは物腰柔らかだ。聞かなくても分かっている。S級に決まって――。
「F級を頼む」
え、F級!?
「それなりのお金が必要ですが……」
カルロスさんは動じない。いやいや、冒険者がモンスターを買う!? それも低級を?
ドンという音とともに麻袋がカウンターに置かれる。大量の金貨が入っているのは間違いない。カルロスさんは、サッと確認すると「分かりました。手配します」と言う。
「で、どこの階層にしますか?」
「そうだな……三層目で頼む。あそこにいるのは新米だけ。奴らにはドラゴンを倒せない。そこを俺がガツンと倒して拍手喝采って寸法だ」
こいつ、ゲスい。いくら名声を得るためとはいえ、やらせをするのは冒険者失格だ。
「カルロスさん、これは――」
「いや、いいんだ。では、三日後に三層へ行ってください。狂暴そうに見えるドラゴンを用意しておきます」
冒険者は当然だというような顔をすると、モンスター管理課を去っていく。
「あのー、今のやりとり違法じゃありませんか?」
「シモン、これは日常茶飯事だぞ。うちだってダンジョンを運営するには金が要る。特に、モンスター育成にはな。モンスターなくしてダンジョンなし。それに、お前は無給で働きたいのか?」
カルロスさんは「何か問題でも?」という態度だ。いや、問題大ありでしょ!
「おい、エミリー。F級ドラゴンの手配を頼む」
モンスター教育係のエミリーさんなら、この状況を上に報告してくれるに違いない。
「F級ね。オーケー。S級は育成の手間がかかるから、あまりダンジョンに出したくないのよね」
金髪のロングヘアーをかきあげて、「助かった」という表情だ。あ、この部署は腐っているな。
「でも、彼女――つまりドラゴンだけど、生まれた時に最初に私を見たから、親だと勘違いしているの。我が子をダンジョンに送り込むのは辛いわね。仕事だから割り切りが必要なんでしょうけど」
何か、この二人を止める手段はないか?
その時、モンスター管理課のドアがゆっくりと開く。そこにいたのは、冒険者ギルド管理人のジャスミンさんだった。正義感の強い彼女のことだ、不正を聞きつけたに違いない。
「えっと、これお持ちしました」
おどおどとしながら、ドサッと麻袋を置く。この光景、見覚えがあるぞ。
「依頼人の報酬の一部です。今日は1割ほど少ないですが……」
「まあ、そういう日もあるさ。明日も頼むぞ」
いや、報酬の一部を管理課に渡す!? もしかして、ギルドもグルなのか? 僕の中で、おっとりとしつつも芯が強いジャスミンさんのイメージが崩れ去る。ガタガタという音は、もしかしたらカルロスさんにも聞こえたかもしれない。
コツコツと音を立てて誰かがらせん階段を下りてくる。ここのトップのライルさんだ。
「シモン、これがここの日常だ。新米の君には異常に見えるかもしれんがな。ようこそ、ダンジョン運営部モンスター管理課へ」