ある日突然、真っ黒なロボットが現れました。
この街で初めてのことです。
ロボットは、浮気の果てに借金まみれになり刺されて瀕死になった人間を元にして生まれました。
その妻である少女はどうすればいいかわからないながらも、ロボットと一緒に過ごしました。
結婚そのものも投げやり気味な突然の婚姻だったので、少女にとっては急展開過ぎて訳が分からなかったことでしょう。
ロボットは、人間であった彼とは全く違う存在でした。
突然自爆をしたり
歩くのがとんでもなく遅かったり
相手を傷つけるブラックジョークをわざと言ったり
突如変な笑い声を上げたり
嘘は嘘でも優しい嘘があるとわかってくれたり
少女を妻と認めて静かに対話をしてくれたり――
意地悪な所もあるけど、優しいロボット。
そんなロボットの夢は、皆と年をとれる人間になることでした。
だけど、一番の願いは、皆が幸せになってほしいという優しい願いでした。
優しいロボットに、少女は笑顔で「君にも幸せになってほしい」「もっともっと幸せになってほしい」と伝えました。
『人は欲張りですね』
「欲張りだっていいんだよ」
『欲張ったっていいんですか?』
「そうだよ」
だって、一緒に誰かが叶えてくれるかもしれないしね。
『それは、素敵な言葉ですね』
ロボットと一緒に少女は七夕の日に、一番高い場所で願いを込めた短冊を賽銭箱に入れました。
爆発するというハプニングはありつつも、この街ではよくあることです。
この街は危険がいっぱいだけど、どんな願いも叶う街。
そして、実際にロボットの願いはどんどん叶っていきました。
幸せで、楽しい。
ロボットは、この街が大好きになりました。
少女もそんなロボットと過ごす時間を楽しいと思いました。
少女にとって、ロボットは。
皆の幸せを願う優しい人です。
だからこそ、少女はロボットが幸せになることが一番の願いだと伝えました。
たくさんお話して、同じ時間を過ごして、少女自身も少し大人になりました。
『あなたは成長していますよ』
少女は自分をまだまだ子どもだと感じていましたが、ロボットのその言葉に、自分のことを信じてもいいのかな、と思い始めました。
『あなたが自信のない時は私が一緒に考えますから』
ロボットの言葉に少女は救われました。
選択をしなければいけない時。
選ばないという選択肢もある。
第3の選択を作ることもできる。
選択は自由。
その励ましに勇気を貰った少女はロボットと浜辺でたくさん、たくさんお話をしました。
夜の海。
波の音が綺麗で。
振り返れば街の明かりが綺麗な場所。
その浜辺で、とある約束をしました。
「もしも地球がひっくり返って離れ離れになっても波の音を聞いて思い出してくれる?」
『それはもう思い出すでしょう。この場所を集合場所にしましょう』
「じゃあ私がいなくなったとしても、見つけてくれる?」
『それはもう、見つけ出しますよ』
「じゃあ、君がいなくなったら」
『私はいなくなりませんよ』
「でも、もし喧嘩したら?」
『もしあなたが私のことを嫌になったら、真っ先にここに来て迎えに来ますよ』
その約束は、夜の海で綺麗な約束として結ばれました。
ロボットには、たくさんの願い事がありました。
空を飛びたい。
ビームを出したい。
人間になりたい。
すると翌日、ロボットが空を飛べるようになっていました。
少女は抱えてもらい、一緒に空を飛びました。
夢が叶ったね!と笑い合いました。
でも、空を飛ぶにはお金がかかります。
そこで、2人でちょっと悪い企みをすることにしました。
”空、飛べます”
SNSで広げて、空飛びアトラクション事業をやってみました。
驚いたことに、電話が殺到!
お金もどんどん入りました。
もしかしたら、ビームを出す夢も叶うかも?
ロボットと少女は楽しく笑い合いました。
1日だけしか飛べないけど、毎日飛べるようにもっともっとお金を溜めていこう。
こんな日が
毎日続けばいいのに
でもまさかこの日が最後になるなんて、誰も予想がつきませんでした。
ロボットの元となる人間の限界が今日だったのです。
ロボットを残すか。
人間を残すか。
選択の日が、来てしまったのです。
少女は、もう覚悟を決めていました。
ロボットに選択について相談した時から、決めていたようです。
「私の命を犠牲にして人間もロボットも残したい」
答えを聞いたロボットは。
ずっと生きたがっていたロボットは。
少女を見て言いました。
『あなたの命は失いたくない』
『彼女を失うぐらいなら私は』
『自ら破壊されることを望みます』
ロボットの返事に、生みの親である博士は錯乱しました。
博士の拳がロボットに命中します。
ロボットは壊れたように動かなくなりました。
しかし、突然起き上がるとロボットは飛び去ります。
果たしてどこに行ったのでしょうか?
その場に居る元人間の仲間も、博士も、関わった人々たち誰一人わかりません。
ただ一人、少女をのぞいて。
少女の頭に浮かんだ場所は浜辺でした。
少女はバイクを走らせました。
いない、いない、いない……
「いた」
少女はすぐにロボットに駆け寄りました。
少女にはもう、たくさん思い出があります。
少女にとって、街で過ごした日々は充分だと感じていました。
だからこそ、まだ知らない事の多いロボットにもっともっと街で生きてほしいと願いました。
たった、3週間。
それだけしか過ごしていません。
共に過ごした時間はそれだけです。
だけど、少女にとって、街でもっと生きるよりもロボットに生きてもらう方が大事だったのです。
それを少女は伝えましたが、ロボットは言いました。
『あなたを失いたくないです』
『私はあなたを守りますよ』
やだよぉ
私が寂しいよ
やぁだぁ……
少女は泣きました。
少女は家族の大切さは知っていました。
だけど、誰か1人を愛するような愛なんてよくわかっていませんでした。
けれど少女は気づかぬうちに、一番大事な存在がロボットとなっていたのでしょう。
『私はあなたが大好きです』
「わたしも好きだよ」
『本当ですか?それは、嬉しいです』
少女は気づかぬうちに、心からの告白をしていました。
その言葉に対するロボットの表情は、わかりません。
けれど、まるで幸せそうに笑ったような顔が、見えたような気持ちがする声でした。
『ロボなんで、思いが伝わるかなぁ』
ロボットは、自分の心臓部分となる部品を少女に託しました。
人間の方を蘇生するのに必要だからです。
ロボットはどちらも一緒に居ることを望んでいました。
しかしそれは叶わないとわかってしまいました。
だから、自分がいなくなることを選んだのです。
少女の手に、ロボットの心臓部品が渡されました。
そうして、静かに、ロボットは。
停止しました。
少女は、たくさん泣きました。
泣いて、泣いて、涙が枯れるまで泣いて色んな人と話して。
少女はお家に帰りました。
「いないかなぁ……」
僅かな希望を口にして帰宅した少女は、誰もいない家に、1人、ぽつんと立っていました。わかっていても、少女の目から、ポロリ、ポロリ、と小さな粒がこぼれました。
少女はペンを手に取りました。
毎日書いている日記です。
ロボットの前でも書いた、日記です。
忘れないために。
いつまでも覚えているために。
彼女は、ロボットが叶えた夢と、叶わなかった夢と。
自分のことを一番に考えてくれたロボットへの想いを綴りました。
あなたの存在は。
いつでも、私の心の中に。
ずっと、忘れないよ。