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第7話 転生しても諦めきれないもの ~アレクサンダーSide~


 衝撃的な未来視を視た後、気持ちを落ち着かせる為に庭園を歩いていると、夜着をまとった王女が護衛と共に近づいてくる。

 敵国でこのような夜半に薄着で出歩くなど、王女のする事とは思えないな。

 侮蔑の視線を向ける私に、王女はお構いなしに近付き、手を握ってきた。


 「何を……」

 「私の婿として我が国に来てくれれば、カナハーン帝国と和平の話を進めてもらうよう、お父様に進言出来るわ」

 「戯言を。ダグマニノフの国王陛下が受け入れない可能性もある」


 王女の言葉を否定しようとしつつも、もし和平が成立すれば陛下が死ぬ未来は回避出来るかもしれない。

 帝国に居続けるよりも回避出来る可能性は高いのだろうか。


 「私は次期女王よ。私の婿になるのだから、あなたにも相応の権力が手に入る。カナハーン帝国の事もどうとでも出来るようになるわ」


 孤児に生まれ、陛下との身分差によって様々な事を諦めざるを得ない立場だった私に”権力”という言葉は甘い蜜のようだった。


 「レイノルド・リバーメルト。陛下一筋のあなたですもの、この取引の重要性が分かるわね?あの方のためを想うのなら、悪い話ではないと思うのだけど」

 「………………」


 分かっている。だが陛下のもとを離れなくてはならないのは、身を切られるより苦しい。

 沈黙を貫く私に王女は、さらに追い打ちをかけるような事を言ってきたのだった。


 「あの方には縁談が来ているのではなくて?もし伴侶が出来ればあなたは用済み……どの道、ご自分の身の振り方を考えるべきよ」


 私は陛下にきていた縁談話を思い出し、一気に絶望に突き落とされてしまった。

 最後に私を選んでくださらないのは分かっていた事なのに……他の男のものになる陛下のそばにいるのを想像するだけで、途方もない苦痛が襲ってきた。


 そうして悪魔のような取引に応じた私は、敵国に婿入りし、表向きはアストリーシャ皇帝陛下を裏切る事になる。

 私を養子にして育ててくれた伯爵家は、私が国を裏切った後に取り潰しになったというのは風の噂で聞いた。


 申し訳ございません、父上、母上、兄上たち……誰を裏切っても何をしても守りたい者がいる。


 私にとってそれは、アストリーシャ様ただ一人だった。

 彼女の命を守る事が出来るならなんだってやる。


 その覚悟で敵国へ寝返ったのに――――まさか目の前で彼女の死を見る事になるとは。



 「陛下――――――!!!」




 生まれ変わった今も、あの時の光景を夢に見る事がある。


 彼女の首から飛び散る血飛沫。


 虚ろな目。


 必死に血を止めようとしたけれど、私の聖力を以ってしても手遅れで、深く切り裂かれた首から流れ出る血を止める術はなかった。



 レイノルドとして迎えた最期は、まるで彼女のそばを離れた罰がくだったかのように悲惨なもので――――アストリーシャ様が亡くなった後、発狂し、陛下の遺体を抱きしめたまま、抜け殻のようにうずくまっていた。


 夜が明け、カナハーン帝国の者が私を見つけ、陛下の死を確認すると玉座の間には多くの者がやってきて大騒ぎになる。

 私は陛下から引き離され、連行されそうになるが、兵を力ずくで振り払い、陛下のもとへと縋りつきに行ったが……結局カナハーン帝国の多くの兵の槍に体を貫かれ、その場で絶命したのだった。

 遺体であろうとも離れたくはなかった。

 私が一人で陛下に会いに行ったのは――――


 カナハーン帝国を滅ぼし、陛下をダグマニノフに連れて行こうと考えていたからだ。


 皇帝補佐になり、皇帝に次ぐ権力を手に入れ、次期皇帝の座も見えていた当時の私には、それだけの力があった。

 もし陛下が拒否するのなら国を捨ててもいいし、とにかく彼女の死という未来視を覆した後、そばに居られる未来を手に入れる為に戦争を起こして近づいたのだ。


 「どうして……なぜ…………自ら命を絶つなど…………私の剣で……」


 彼女の温もりが残る遺体を抱きしめながら呟き、ふと我に返る。

 未来視で視たのは、自分の剣だったのではないか?

 あのダグマニノフ兵は私だったのだ……私はなんて愚かだったのだろう。


 「陛下…………陛下………………リーシャ……」



 最期に彼女の愛称を呼んだところで、私のレイノルドとしての記憶は終わる。


 そしてその後すぐに、カナハーン帝国の隣国アルサーシス王国の第三王子アレクサンダー・フォン・アルサーシスとして生まれ変わったのだった。

 シトリンのような薄い黄色がかった髪色に明るく活発な幼少期、両親や兄達の愛情を一心に受け、感情表現も豊かで、誰からも可愛がられるような子供だった。


 レイノルドとしての記憶はなかったけれど聖人としての力は受け継ぎ、誰もそれについて気味悪がったり、遠巻きにする人もいない。

 そんな中、10歳の時に高熱に見舞われた際に、突如として過酷な過去の記憶を思い出す。


 何が何だか分からず、混乱しきった私はレイノルドの記憶に支配され、目覚めてから突然発狂してしまったのだった。


 あの時はまだ幼い身で、抱えきれないほどの情報量と絶望に、気持ちがまるで追い付かなかった。

 そんな私を母上が優しく抱き締めてくれて落ち着きを取り戻したが……10歳の私には辛過ぎる記憶にしばらくは鬱々と過ごしていたと思う。


 ある日ふと、何を思ったか剣を握り体を動かしてみると、前世のレイノルドとしての剣術をある程度使えるようになっていたのだった。


 もちろん体は10歳でほとんど鍛錬していなかったので動きは遅かったものの、剣を手合わせしてくれた兵からはとても驚かれたのを覚えている。

 その事がキッカケとなり、過去は辛いものばかりではない、役に立つものもあると思えた私は、体を鍛える事で前向きな思考を取り戻していく。


 冷静になってみて分かった……結局未来視の内容を覆す事は出来なかったという事に。


 幼かったゆえに興味本位で未来視を視ていた私は、前世の記憶を思い出した後から、自分から視ることは一切しなくなったのだった。



 ~・~・~・~・~



 「父上、母上。私は王子として、もっともっと見識を深めたいと思っております。14歳になり、成人を迎えた今、他国へ旅に出る事を許可してはいただけないでしょうか」

 「なに?」


 「なんですって?アレクサンダー、あなたは10歳の時に死にかけ、精神を病んでしまいそうになったのですよ……そのあなたが単身で他国へだなんて」


 母上は私が前世の記憶を思い出した時の様子や、人が変わってしまったように思っていて、過保護に拍車がかかってしまている。

 母親の愛情というのはありがたいものだな……私が前世で捨ててしまったもの、得られなかったものの全てがここにある。


 地位、容姿、愛情深い家族。


 それなのに私は、また全てを捨ててでも探したい人がいた。


 「申し訳ございません、母上。私にはやらなくてはならない事なのです。私は第三王子、身分的にも自由に動く事が出来る。この事が後に必ず父上や母上、兄上たち、そしてアルサーシス王国の為になると信じているのです」


 私はありったけの決意を瞳に込め、両親に訴えた。


 「ふむ…………儂とて背中を押してやりたいところだが……」


 母上はともかく、父上が首を縦に振ってくれなくては国を出る事は出来ない。

 何か手はないかと考えていたところに、二人の兄たちが部屋へ入ってくる。


 「父上、母上。アレクサンダーは大人になろうとしているのです。いつまでも子供扱いをしていてはアレクサンダーに失礼ではないですか」


 そう言って両親を窘めたのは一番上の兄であり、王太子でもあるバルデリオス兄上だった。


 「兄上はアレクに弱いな~~でも今回は俺も賛成かな。もう14歳になったんだ、剣の腕もそこいらの兵じゃ歯が立たないくらいだし、子供扱いは可愛そうですよ?」


 もう一人の兄で第二王子のライエル兄上が助け舟を出してくれる。


 「兄上たち……ありがとう」


 皆が私の事を気遣ってくれているのが伝わってきて、胸が温かくなってくる。

 前世で親不孝をしてしまった私が、こんな素晴らしい家族に恵まれていいのかと思う時もあったけれど、今は素直にありがたい。


 そしてそこへ、私がもう一人の兄のように慕う人物が入ってくる。


 「ご心配でしたら私がアレクサンダー殿下についていきましょうか?」

 「ラムゼン!」


 リュッヒメル伯爵家の二男であるラムゼンは私の家庭教師でもあり、とても信頼できる人物だったので、ついてきてくれると言ってくれて喜びの声が出てしまう。


 「ラムゼンまで……仕方ないな。了承しないわけにはいかんだろう」

 「あなた……!」

 「その代わり、月に何度かは手紙を送る事が条件だ。いいな」


 「はい!」


 その時の私は嬉しさのあまり、ラムゼンに飛びつき、兄上たちには「やっぱりまだ子供だったか」と言われてしまう。

 両親はガックリしつつも優しい眼差しを向けてくれた。


 ごめん、皆。


 今世こそどうしても手に入れたい人がいるんだ。


 私が生まれ変わったこの時代のどこかに、アストリーシャ様の魂も転生しているのではという気持ちを諦める事が出来ない。

 絶対にこの目で確認するまで、この国に帰る気はなかった。

 幸いアルサーシス王国には2人の兄がいるし、私が戻らなくても問題ないと思う。


 ラムゼンには申し訳ないけれど……そうして私のアストリーシャ様の魂を探す旅が始まったのだった。

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