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第30話 彼女の故郷を救うため ~アレクサンダーSide~


 私はイデオンに案内されながら、帝国城の廊下を共に歩いていた。


 先ほどの応接間で話しを終えた後、ラムゼンは滞在する部屋へ戻し、ミストレイス公爵は下がったので、私とイデオンの2人きりで執務室へと向かう。

 それにしても帝国城も随分と寂びついたものだ……レイノルドとしてアストリーシャ様に仕えていた時とは比べ物にならないくらいに廃れてしまっている。

 私は帝国城を見ながらも、常にリオーネの行方を千里眼で探っていた。

 地下通路をなんとか脱出した彼女が向かった先は皇帝執務室……おそらく隠し部屋に入っているに違いない。

 先日隠し部屋にイデオンが財を隠し持っているという事が発覚したので、それを確認しに行ったのだろうな。

 それにしても一緒にいるのは……アイゼン公爵とハルファウス侯爵だ。ジョーンズ殿も一緒……どういう事だ?

 彼らはまだ隠し部屋にいるようだし、ここは時間を稼ぎながら入っていかなくては。


 「まさか皇帝執務室に連れて来ていただけるとは、思ってもいませんでした」

 「アレクサンダー殿下はとても信頼出来るお方だ。私としても早く”誠意”を見せたいと思ったので」


 とにかく早く亡命してしまいたい、という気持ちがヒシヒシと伝わってくる。


 「それにしてもミストレイス公爵はご一緒でなくともよろしかったのですか?」

 「ええ、彼には亡命先にも一緒に来てもらいたいと思っているのだが、さすがに全てを話しているわけではないので……」

 「そ、そうですか」


 そう話しているイデオンの表情は、まるで恋する女性のような表情をしていた。

 まさか2人は……ミストレイス公爵には全くその気がなさそうに見えたのに。確か公爵にはアストリーシャ様がご存命の時から妻子がいるはず。

 その辺は深く追求しないでおこう。


 執務室へと入ると、中は静まり返っていて、人の気配はない。

 どうやら隠し部屋の中にずっといるようだな。


 「アレクサンダー殿下、あなたの父上が仰っていた”誠意”というのがこの部屋にある。この本棚の裏にね」

 「本棚の裏に?」

 「ええ、ここにレバーがあるので動かせば……」


 このままの流れだと隠し部屋に入らなくてはならなくなる。

 リオーネたちが見つかってしまっては大変だ……千里眼で隠し部屋の中の様子を透視すると、皆で山積みの財宝の裏に隠れたようだった。

 ホッと胸を撫でおろしてイデオンに導かれるまま隠し部屋の中へ入ると、目も眩むような金貨、銀貨に加えて宝石類なども山積みになっており、今年収穫された穀物類まで積まれていて、これほどまでに自分用に蓄えていたのかと呆れ果てた溜息が漏れ出てしまう。


 「はぁ――……凄い量ですね!これは驚きました……これの半分を我が国に献上していただけるというのですか?」

 「ええ、悪い話ではないかと。貴国は帝国とこの財の半分を受け取る代わりに私は安住の地を得るというわけだ。どうだ?」

 「確かに悪い話ではありませんね。しかし私一人で決定する事は出来兼ねますので、すぐにでも父に親書を出しましょう。恐らく喜んでくれるのではと」


 これほどの財を隠し持っていたのが国中に露見すれば、この男を帝位から引きずり下ろすのは容易い。

 しっかりとこの目で確認させてもらったので、明日にでも消えてもらわなくては。

 私がそう思っていると、物陰から何かが落ちてきて、その音が室内に響き渡る。


 ――――カツーンッ……――――


 「誰だ?!誰かおるのか?!!」


 まずい、ひとまずイデオンをこの部屋から出さなくては……!


 「陛下、危のうございます。ここは私が調べますゆえ、扉の外で待機していてください」

 「しかし…………」

 「私は剣術、武術の心得がございますのでご心配はいりません」

 「そうか」


 なんとか納得させ、イデオンが退出したのを確認して財宝たちへと向かい直った。

 この裏には――――


 「やっぱり……」

 「アレク、ありがとう」


 私が顔を覗かせると、心底ホッとしたような表情のリオーネが目に入ってきたのだった。

 彼女の顔を見た瞬間、地下へ落ちて行った時の事が思い出されて抱きしめてしまいそうになる……でもその衝動をグッと拳を握り締めて堪えた。


 「もう…………びっくりさせないで!無事で良かったよ、リオーネ。それにジョーンズ殿も」

 「へへッ」


 何、その笑い方。

 可愛い。本当に可愛い。

 誰もいなかったら間違いなく抱き締めてキスの嵐を降らせていたのに。

 でもまだ外にはイデオンがいるから、手短に話して戻らなくては。


 「ひとまず誰もいなかった事にして執務室から出ますので、皆さんは少し待機してから出てください。アイゼン公爵とハルファウス侯爵は明日、国中の諸侯を謁見の間に集めていただきたい」


 アイゼン公爵とハルファウス侯爵は酷く動揺している様子だったけれど、それに答えている時間は残されていなかった。

 私が答えられなかった分は、きっとリオーネが何とかしてくれるはず。

 とにかくイデオンのもとに戻り、大事な話を終え、支持した通りに地下通路で待機していたリオーネたちと合流したので、彼女たちを私の滞在する部屋へと連れて行ったのだった。


 室内ではリオーネがメイド服に着替え、私に披露してくれている。


 メイドと王子…………リオーネならメイドだろうと何だろうと可愛いには違いないんだけど、こうして普段着る事のない服を着ている姿を見ると、どうにも独り占めしたくなってしまう。

 状況も状況だけに堪えるしかないな。

 その後、散り散りなっていた親方衆も集め、皆に明日の事を話し始めた。


 「さっそくだけど、明日、謁見の間で皇帝陛下には帝位から退いてもらおうと考えています。皆も一緒に来て見届けてほしい」

 「それは構わないが……もしそうなったら、帝国はあなた方の国に支配されてしまうのか?」


 彼らにとっては支配してくる者は敵、という認識なのだろうな。

 トップがイデオンか、アルサーシス王国になるかの違いなだけで……でもそれでは根本的な解決にはならない。

 誰かに支配される国というのを終わらせなければならない。


 「でも、どうしてそこまでしてくれるんです?こんな廃れゆく国を支援したところで、何のメリットもないのに」


 親方の一人が当然の疑問を投げかけてきた。

 彼らはきっと我が国に委ねるだけの理由が必要なのだ……安心出来る理由が。

 私は彼らを安心させる為に、というわけではなかったけれど、私の中で一番大きな理由を彼らに伝える。


 「メリットならあります。私の愛する人がいる国ですし、彼女の関心が得られる」


 前世からの繋がりはもちろんだけれど、リオーネが生まれて育った国だから。

 この国をめちゃくちゃにされて涙するリオーネは、絶対に見たくない。

 初めはアストリーシャ様の生まれ変わりにこの国を還したいと思っていた。それが一番の理由で、彼女が愛した国の姿に戻す手伝いが出来ればと思っていた。

 いつの間にか私の中で動く理由が全てリオーネになっていて、それ以外はどうでも良くなってしまっている事に気付き、彼女の故郷を救う為に帝国を手に入れたいと思うようになったのだ。


 早く明日になってほしい。


 イデオンを排除し、帝国を取り戻した暁には、今度こそ彼女に求婚するんだ。

 その為には明日、なんとしても成功させなければ。

 この時の私は、愛する人が隣りにいて、彼女にプロポーズする事に頭がいっぱいで、先を急ぐあまり計画の遂行しか考えていなかった。


 まさかまた過去の二の舞を踏む事になるとは、思ってもみなかったのだった。

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