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第10話 レッツメイクヤタイノケバブ ②

 こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。


 春の感謝祭に向けて調術師は大忙し。本日は回復薬を作りまくりです。

 泉の水、三日月草、サプフィリ鉱石を調術鍋に入れ、呪文を唱えます。

「シイショ イミウノ ヤズ」

 青ポーションが出来上がりました。ちょっとした傷を治し、体力を回復する効果がある魔法薬です。

「弟子がまるで調術師のようだ」

「ずっと調術師ですが?」

 素材が入手しやすくシンプルで、調合難度も低いため、調術初心者向けの魔道具です。だというのに、師匠であるジーン先生は衝撃を受けています。私が知らないだけで実はこういう単純な魔道具こそ奥が深かったりするのでしょうかね。

 などと、のんびりしててはいけません。今回の依頼は必要とされている個数が問題です。百二十五個。……百二十五個。

「あと何個ですか?」

「三十五個」

 勢いに任せ引き受けたは良いものの、現実は世知辛く、もう納品日当日の朝だというのに絶妙に絶対間に合わなさそうな残数です。倍速になれる魔道具があればなんとかなりますね、作りましょうか。お馬鹿、そんな時間がどこにありますか。

 そして、そんな時に限って、狙ったかのように突然の注文が入ったりするのです。そういうものです。

「おっす! オラにポーション分けてくれ!」

 ドンドンと調術所の扉を叩いてやって来たのは、お得意様の新人冒険者様ご一行。不慣れな冒険を終え擦り傷だらけの姿を見て、どうしてお断りすることが出来ましょうか。

「三十五ひく十は? お味噌パン?」

「あと四十五個」

 塩パン、あんパン、メロンパン。ああ、私この繁忙期が終わったらパンフェスタを開くの。失礼しました。思考回路に致命的なエラーが発生しました。復旧中です。

「ひい……ひい……」

「休め、寝ろ。と言いたいところだが、一度引き受けた仕事を達成できないと評価が下がるからな」

 見かねたジーン先生も製作に協力してくださっています。同じ穴の麦というやつです。すみません疲れています。本当にありがとうございます。

「シイショ イミウノ ヤズ」

 夜ご飯は乾パンです。朝は乾パン昼も乾パン夜も乾パン、パンパパンですよもうカッチリ。


 しかし、残り十個となったところで、無慈悲にも調術所の扉を叩く音が響きました。

「こんばんは」

 ああ、麗しきお声が。おお、なんと恐ろしきかな好感度マイナスイベント。神は死んだ、と、この時ほど思った瞬間はありません。

「ごめんなさい! ごめんなさい! かくかくしかじかかたかたバケットです!」

 絶望の縁で平謝りをしたところ──

「いや、それは、こちらこそごめんね。ありがとう」

 なんと、天使は、聖母は、あろうことかぽんと頭を撫でながら微笑んでくれるではありませんか。

「あと少しだね」

 そしてなんと、依頼人であるアマリさん自らが隣でもう一つ調術鍋を準備して、足りない青ポーションを一緒に調合してくださると言うのです。

「ど、どうしてこんな夢のような時間が!?」

「もともと私が無理を言ってしまったから……」

「いえ! いえ!」

「それに気分転換したかったから、ちょうど良かったよ」

 ああ、このお方の朗らかなはにかみ笑いは世界を光で満たすポテンシャルがあります。神は寛容で慈悲に富むと知りました。

「気分転換でまで仕事をするなよ」

 突然話に入って来た師匠が何か言ってますが知ったことではありません。しかし、私はあることに気がつきました。

「…………」

「…………」

 ジーン先生とアマリさんは、元仕事の相棒。しかし今こうなっているのを見れば分かる通り、どうにも過去に何かいざこざがあったご様子。この状況、大丈夫なのでしょうか。

 何かを言いたげにジーン先生がアマリさんを見つめます。修羅場、かと思いきや──

「徹夜とかしてないだろうな? ちゃんと寝てるのか?」

「そっくりそのままお返しするよその言葉」

「お疲れ様」

「お疲れ様です」

 謎の労いのハイタッチ。ランナーズハイにもほどがあります。

「三人なら一時間で終わりそうだな」

「すみません、すみません」

「ううん。こうやって一緒に調合が出来るのも嬉しいからね」

 アマリさんはにこやかに微笑みます。もともとこの回復薬の製作は自警団から冒険者ギルドに依頼があったもので、アマリさんが余暇の時間を使い引き受けようとしたそれを手伝ってほしいというのが今回のお願いだったようです。

「相変わらず無茶な依頼まで引き受けてるようだな」

「頼まれるとつい……」

 目を逸らすアマリさんにジーン先生が大きくため息をつきます。

 にしても全然仲良しじゃないですか。流石は昔馴染みで、訳知り顔のジーン先生のことがちょっぴり羨まし恨めしい。

「ギルドの掲示板、無法地帯と化してるぞ。惚れ薬の依頼とかも混ざってたただろ。そういうのを弾く方を徹底しろ」

「え? そんなエマの教育に悪いものが?」

「あそこの統括誰だよ」

「フォルテさん」

「駄目だそりゃ」

 なんだか蚊帳の外です。羨まし恨めしい。面白くない。

 さあ、雑談もそこそこに、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、鍋をかき混ぜます。無限に続くかのような時間にも、終わりの時は来ます。

「で、出来たー! 百二十五個、製作完了です!」

「やった! やったね!」

 アマリさんの足元がぴょんと跳ねます。なにそれ可愛い。平時のアマリさんでは見られない、少し幼くて可愛らしい珍しい仕草です。

「無事終了だな」

「ふふ、エマ、ジーンくん、ばんざーい!」

 大人達にハイタッチを求められます。こうしてみると、なんだか歳の近い友達のようで不思議な気分です。

 しかし近づいてみると二人とも本当にひどい目のクマです。寝て。

「あ、二個余りあるね。貰っても良いかな?」

「え? はい」

 何故と思っていたところで、アマリさんが青ポーションの蓋を開けました。

「やった。これ飲めばまだ働けるから」

「教育に悪いからやめろ」

 ぐいと瓶をあおり王宮へ戻ろうとしていたアマリさんでしたが、ジーン先生に怒られ引き留められていました。寝て。

「眠くないもん! 眠くないもん!」

「限界で幼児退行してるだろうがよ」

 眼鏡をぶん取られソファに転がされ駄々を捏ねる推しの貴重な残念なお姿。しかと目に焼き付けるべきか、見なかったふりをしてあげるべきか判断に迷いますが、とりあえず安眠毛布をかけておきます。

「エミリア、美味いパン屋を教えてくれ。このワーカーホリック、腹一杯にさせて寝かす」

 謎の期待を寄せられていますが、ここは──

「いえ、調術師なら、作ってこそでしょう」

 杖を構え、胸を張ってみせます。さあ、ここからお楽しみのパン作りタイ……

「エマっち、お師匠、繁忙期やってる? あれアマリ様も居るじゃん? 奇遇?」

 ばっちり決めようとしたところで玄関がノックされ、差し入れを持ったジャスパー・ラッセルが現れました。

「何しに来たんですか?」

「うわ良い目してる。我こそは怒られ発生させたし者。修羅場の気配を感じて推参したけど、暇してる俺に理不尽な怒られある?」

「台無しです!」

「よくやった! ありがとう! 助かる! エミリアも寝ろ!」

「ダブルバインドって浪漫よな」

 差し入れのコーン焼きを食べ、一時休戦です。

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