こんにちは。私はエミリア・ベーカー。見習い調術師です。
これだけ春の感謝祭に向け真っ当に働いたのだから、そろそろ春の感謝祭推進委員会会長を名乗っても許されることでしょう。
「昨夜はその、大変、お見苦しいところを…………」
結局寝落ちて泊まることになったアマリさんでした。ぽやぽやと目覚めたのちに真っ赤になって俯く姿を堪能します。
「納品も済ませたし、もう祭りの前日だ。少しは落ち着けるだろう。街を見てきて良いぞ」
「じゃあアマリさんを送ってきます!」
いよいよ華やかに彩られた街を歩き、わずかな穏やかな時間を過ごします。途中、気の早い露天で売られていたケバブを買っていただきました。パリッとしたエン麦の皮にジューシーなソースとお肉の味がよく合い、シャキッとした野菜との絡み合いがたまりません。
そうして王宮冒険者ギルドへと辿り着くと、何やら視線を感じました。
「それじゃ、本当にありがとう」
手を振るアマリさんを見送ると、その奥から現れたフリフリの黒いドレスを着た謎の女性にじいっと見つめられました。
「あなた、ちょおっと良いかしらぁ?」
ぐんぐんと近づかれて声をかけられ、何か不審だったかしらと思うと──
数分後、私は何故か着せ替え人形になっていました。
「可愛いぃ! 可愛いわぁ!」
大はしゃぎで私に取っ替え引っ替え可愛いドレスを着せて楽しんでいるのは、──誰?
非常にスタイルの良いお姉様です。まだ自己紹介もろくに受けていないというのに、衣装部屋へ連れられ、気がつけばこのざま。
「あのう、私、どうしてこんなことに?」
「アマリ、アマリ見てぇ! この子、何着ても似合うわぁ! すっっごおく逸材よぉ!」
聞いちゃいません。
すでに試着二桁目になるパニエ付きふわふわピンクのローズドレスを着てくるくると回ります。
「もうちょっとだけだからぁ! お礼にどれでも好きなドレスあげるからぁ、モデルになってよぉ!」
続いて肩出しで大人っぽいスカーレットのマーメイドドレス。その次はリボンたっぷりで膨らんだ袖の可愛い空色ガーリーなドレス。
お姫様のような煌びやかなドレスには少し心惹かれましたが、今の私には花より団子、ドレスよりパンです。
「ごめんねエマ、この人はイザベラ・テイラー。魔力の篭った布から防具となる衣服を作る裁縫師……、って、わ、可愛いね! 似合ってる!」
暴走にお慣れの様子で申し訳なさそうにしていたアマリさんでしたが、突然の率直なお褒めをいただき全てを許します。
「今度のイチオシ売り出しはこのデザインにするわぁ、ありがとうねぇ」
ようやく紹介をしていただいたイザベラさんはご満悦です。これで帰れるかと思いきや。
「それじゃあ、次はアマリの衣装選びねぇ」
ここで一大イベントの発生フラグです。推しの着せ替えタイム、課金が必要でしょうか。ワクワクドキドキが止まりま──
「あ、私はいいや」
一瞬でフラグが折れました。ばっさりとしたお断り。
「えぇ!? ちょっとぉ! それじゃあ舞踏会はどうするのよぉ!」
「出ない」
「ちょっとぉ!?」
脱穀のようなさっぱり具合。お嫌いなんですね、そういうの。それにしても。
「舞踏会って、近々あるんですか?」
「今年は感謝祭の日の夜に舞踏会があるのよぉ」
初耳です。それで今年はやたらと忙しいのかもしれません。
「ライアン王子にリオット王子も参加するけどぉ、紹介があれば一般の人も参加できるのよぉ」
「へええ……」
ロマンチックな響きです。なんて感心していたら、イザベラさんにそっと耳打ちされます。
「……本当はぁ、貴族のお見合いパーティが狙いって噂よぉ」
アマリさんを横目にヒソヒソとお話。なんと、要するに、やんごとなきお方たちの合コンであると。
「……ねぇ、アマリも年頃の乙女なんだから、そろそろ良い話があって良いと思わない?」
「え?」
バチリとウィンクをされます。ちなみにアマリさんが何故王宮勤めかという話と繋がるのですが、アマリさんは実は貴族のご家系らしいのです。
「……そこでね、お友達のあなたも参加して、アマリをサポートしてあげてくれないかしらぁ?」
なんということでしょう。そんな話を聞いては、放ってはおけません。
「全力で阻止します!」
イザベラさんがずっこけました。そんな古典的な。この人、ジャスくんとか見たらどうなっちゃうんだろう。
「ああでも舞踏会で踊るアマリさん、優雅で美しくさぞ素敵なんでしょうね。アマリさんに似合いそうな服……燕尾服、白手袋、ワンポイントに控えめなタイ付きのブローチでどうでしょう?」
「なんなのよぉ! ダメよぉ! 絶対に可愛い服を着せてやるんだからぁ!」
提案されていたご協力は丁重にお断りさせていただきましょう。どこの馬の骨とも知れぬ男とアマリさんが結婚するなんてもってのほか。
いえ、それもありますが、単純に──
「あの、あの、アマリさん」
「エマ?」
声をかけると首をかしげる姿も、大好き。
「あの、その……」
憧れの人ですもの。いざ誘おうと思うと、案外緊張するものですね。
「舞踏会、私とダンスを踊っていただけませんか?」
稲の葉脈のように真っ直ぐに手を差し出し、実った稲穂のようにぺこりと頭を下げます。これで合っているかは分かりません。ご令嬢の礼儀作法なんて分からないもの。でも、この繁忙期の終わりにちょっとご褒美くらいあったって良いじゃないですか。
さあ──
「ごめん。人が多いから行きたくない」
「一貫してる」
フラれました。
今晩はやけくそで気の早い露店の料理を買い込みましょう。焼きそば、焼きうどん、たこ焼き、クレープ、タコス、祭りに向けて色々なものが売っていました。なんて考えていたら、誰かが肩をポンと叩いてきました。
「じゃ、俺と踊る?」
「え……」
ジャスくんでした。
「あらぁ、そうだったわぁ、男性用のモデル頼んでたの忘れてたわぁ!」
「ひゅーっ、放置って堪んない!」
驚いて固まってしまいました。そういえばこの人も王宮職員だった。
「エマっち超足踏んでくれそうでアガる」
一貫してますね貴方も。