おはようございます。私はエミリア・ベーカー。働き盛りの十四歳。見習い調術師です。
様々なことのあった春の感謝祭および舞踏会から一夜が明けました。
気持ちの良い朝日を窓越しに浴びながら、レッドリザードの鱗、ルベラ鉱石、はじける種を調術鍋に投入します。
ぐるぐると鍋をかき混ぜ、エレメントが混ざりきったら呪文を唱えます。
「エホオノ モロヨ スンウッソ ダイカ!」
完成です。
出来上がったのは、陽の光を反射しキラキラと紅に光る美しい魔宝石。
「燃え盛る炎! 紅玉魔石!」
この紅玉魔石という魔道具は、魔物に投げつけると魔力を使わずに炎攻撃ができるというお得な代物です。
ちょうど良いところにやって来た、調術の師匠であるジーン先生にその品質を評価してもらいましょう。
「おはようございます、ジーン先生! 見てください!」
「朝から熱心だな、エミリア」
自信作を手に持ち、駆け足でジーン先生を捕まえます。
ああ、早く感想が聞きたい。
「紅玉魔石が出来ました!」
「パンじゃない……だと!?」
手元の魔宝石を見せると、ジーン先生は目を見開きました。
そのまま額に手を当てられました。
「風邪か!? 熱があるのか!?」
「なんですか! パン以外の魔道具作っただけでしょう!」
「そうだな!?!?」
本気で心配および大混乱されてしまいました。なんなんですか。
「あ、そうだ。それから、魔物の討伐ってどうやるんですか? 賢者の石を作るにも、魔物から取れる素材も必要でしょうし」
追加質問をするとジーン先生は幽霊でも見たかのようなお顔をされます。
「弟子が突然真っ当に成長している……」
「素晴らしいことじゃないですか?」
「不安になる」
「なんてストレートな」
いつも通りのやりとりのようでいて、何か空気感が違います。
「冗談抜きに何か悩み事があるのか? 抱え込むなよ?」
あら、バレていました。
ジーン先生は人付き合いが苦手と自称していますが、人の心の細やかな揺らぎには結構敏感です。ひょっとすると、だからこそ苦手なのかも。
なんだかんだ周りのことをよく見ていてくれている、人間が不器用な師匠です。
「ええと、かくかくしかじかでして……」
昨晩のジャスくんとのやり取りをかいつまんで説明します。
「なんにせよ、私もちょっとは戦えた方が良いのかなあと思いまして。それなら、パン以外の魔道具も……」
ふむと考え込んだジーン先生でしたが、棚へと向かい、すぐに戻ってきました。
「作るか、爆裂パン」
なんということでしょう。その手には魅惑の粉、エン麦粉が。
「え!? 嘘!?」
「別に素直にパンを作れば良い」
あら、心の奥にしまった欠けているものへの不満が顔に出ていたみたい。
ジーン先生にそう言われては仕方ないですね。
レッツ調術タイムです。さあ、さあ、さあ。
まずはエン麦粉、ミルクケンタウロミルク、黄金卵を調術鍋に入れます。ここまではお馴染み。
ここからが師匠たるジーン先生の腕の見せ所。
「ここに紅玉魔石を中間素材として入れる」
食材に続き宝石が鍋に投げ込まれます。
「見えている地雷のような絵面ですね」
「お前オリハルコンパンとか作ってただろ」
そうですね。
そしてさらに追加に──あ、もう嫌だ、多種多様な基礎調合剤が準備されています。
「レッドリザードの鱗、ルベラ鉱石、はじける種。これらから出来る紅玉魔石を可食の硬度にするため、固きエレメント、水のエレメント、塞ぐエレメントなどを追加し各エレメントの比率を調整する」
「というと……」
「全ての素材をエレメントに分解し、完成品のパンから逆算して不足するエレメント全てを計算し追加する」
「わあ……」
ジーン先生の解説は相変わらず理屈派が行きすぎていっそ力技です。加える基礎調合剤の種類と量を決定し、なんとかレシピが出来上がります。死ぬかと思った。
「クシツャク ネウコノ イナウ スンウッソ ダイカ!」
あとはいつも通り、魔力調整剤を加えて、余分な調術液を吹き飛ばします。
蓋を開けるとそこには──
「パンはパンでも食べられな……嘘食べられるの!? 紅玉魔石デニッシュ!」
攻撃アイテムのパン、新作魔道具の完成です。
「で、出来ました……! けど、どう使う魔道具なんですかこれ?」
外見は至って普通のデニッシュパン。柔らかさを帯びる丸い形状に渦巻き模様が魅惑的です。
「魔物の口に放り込む。唾液と反応して炎が発生する」
「へえ。さっそく試食しましょう」
「聞いてたか今の説明?」
「聞いてますが?」
半分に割ってみると、ジャムのようなものが入っており、巣状の生地が魅惑的です。
「やめろよ? 本当にやめろよ!?」
「食べられないパンとか、世界の理に反していませんかね?」
「お前オリハルコンパンとか作ってただろ」
「折を見て完食に挑戦してますけど?」
「無茶しやがる」
しかしジーン先生、淡々としてクールに見えるのは最初だけで、少し踏み込めば相当な世話好きのド変人です。変な人だけど、良い人。
「悩み事があるなら素材採……冒険に限る。そのパンを試しに行くぞ」
「はい。冒険者やったら?」
デニッシュを食べようと大きく口を開いたところで、ぐいと首根っこを掴まれて外に連れ出されました。