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佛雁、仕事やめるってよ

「は……?」


 眼前の少女があまりにも突拍子もないことを言うせいで、俺は口を半開きにして間抜けに聞き返すことしかできなかった。


 俺の……力……? 部下を上手にマネジメントするこき使うカリスマ性とかのことか……? 目の前のこのがいったい何を言っているのか、まるで意味が分からない。それに何故、俺の名前を……?


「さっきの少女へのタックル、実にお見事だったよ。君にはが見えるんだろ?」


 ? 一体全体何のことやらだ。まさか道頓堀の奇祭のことでもあるまいし・・・・・・。


 3番ホームでの出来事を言ってきたことから、もしかして俺のことを咎めにでもきたのかと一瞬身構えもしたが、どうやらそういう訳でもなさそうだ。というよりも、この不遜な物言いの少女からはなんとなくだが、そういった正義感とは無縁の類な香りがする。


「いったい何の用だ? 俺はもう会社に行くんだ! 早くしろ、このクソガキが!」


 あまりにも意味が分からな過ぎて、つい足を止めてしまったが、もう出社時刻だ。何度でも言うが俺は忙しいんだ。クソガキの茶番に付き合っている暇など一分一秒たりとも無い。


「ああ、会社かい? 心配ご無用だよ。……じきに行かなくてもいいようになるからね」


「・・・・・・どういう意味だ?」


 何かを見通したかのような少女の不遜の笑みに対して、その真意を尋ねようとした、次の瞬間。


 プルルルル。


 まるで狙いすませたかのようなタイミングで、俺の携帯電話が鳴った。


「はい、ブラックシダー池袋支店の佛雁です」


「あぁ、佛雁君・・・・・・」


 電話口から聞こえてきたのは、佛雁が勤めるシューズメーカー”ブラックシダー”の親会社である、”黒杉くろすぎコーポレーション”の代表取締役社長・黒杉源三げんぞうの声だった。


「あ、社長! おはようございます! 本日はいかがされましたか? もしかして、しゅ……」


「・・・・・・送られてきた映像を見させてもらったよ」


「え、映像……ですか?」


 いったい何の映像だろう? まるで心当たりが無い。


 それになぜだろう。今日の社長の声には、そこはかとない威圧感がある。池袋支店はつねに大幅黒字で、その支店長である俺の評価はとてつもなく高いはずなのに。


「君には将来の幹部候補として期待していたのだが・・・・・・まさかあんなことをするような奴だったとはな・・・・・・。見損なったよ。君はクビだ」


 すると、社長の口から放たれたのは、まるで予想だにしなかった解雇通告であった。


「え、社長!? クビっていったいどういうことですか!?」


 ツー。ツー。


 しかし、社長からの返事は無く、無機質な電子音が繰り返し鳴るばかりであった。ショックで頭の中が真っ白になり、駅の床へがっくりと膝をついて崩れ落ちる。


「いやー、残念だったね」


 少女は口でこそこう言ってはいるが、絶対にそんなこと思っていないことだけはありありと伝わってくる。あえてその表情を見る気にもならないが、声がもうすでにわらっているからだ。それに、もし同情する心が少しでもあるというのなら、膝をついた人間をこれ見よがしに椅子にして座るはずがない。


「君のを是非とも社長さんに見て欲しいと思って、本社に映像を送ってあげたんだけどね。いやー、まさかこんなことになるとは」


 少女はもう隠すつもりもなくなったのか、両足をばたつかせてケタケタと嗤い出した。容赦なく全体重を乗せて座る彼女であったが、身体が小さいせいかそんなに重くはない。だが、振り子のように大きく揺れるスニーカーのかかとであばらを思い切り蹴られると、耐えきれなくなり俺は駅の床へとそのまま這いつくばってしまった。


「おっと。……まったくしっかりしてくれよ。危ないじゃないか」


 バランスを崩し、俺を踏みつぶしながら思い切り尻もちをつく少女。長い白衣とその下のミニスカートの裾を整えて立ち上がった彼女の第一声は心配などではなく、椅子としての役目を放棄した俺に対する文句であった。コイツに人の心はないのだろうか・・・・・・?


「テメェ……いったい何のつもりだ?」


 せめてもの抵抗として精一杯の凄みを取ってはみたものの、駅の床に這いつくばったままではどうしようもない。


「最初に言っただろう? キミのを貸して欲しいのさ」


 少女は這いつくばったままの俺の目の前にしゃがみ込み、また俺のがなんだという話を繰り返してくる。かろうじて少女の方を見上げてみるとミニスカートの内側を拝めたが、これは俺の人生史上最も嬉しくないパンチラ、いやパンモロになりそうだ。


「だから、いったい何なんだ? その俺のとやらは?」


 彼女は俺の視線の先に気づいているのか否か。まるで気にする気配もなく、不遜な笑みを浮かべて言った。


「キミ、んだろ? あのにかけられたがさ」


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