「あれ? 就活で忙しいんじゃなかったのかい? いいんだよ、別に無理強いするつもりはないさ」
俺に肩を掴まれて振り返る少女。その口角はニヤニヤとつり上がっていた。クソッ。どこまでも性格の悪い奴め・・・・・・。
「気が変わった。呪いだ何だってのはよく分からないが・・・・・・困っている人を放ってはおけない」
とりあえず心にも無いことを口走っておく。何が困っている人を放ってはおけないだ。蕁麻疹が出そうになる。
「そうかそうか。キミがその気になってくれたみたいで私は嬉しいよ」
俺の反応がお気に召したのだろうか。少女はようやく立ち去ろうとする足を止めて、こちらを振り返った。
「そうと決まればまずは、何も知らない人間の屑のキミのために、ヨウコの呪いとは何かを説明しないとか・・・・・・」
「おい、誰が人間の屑だ」
悪いのは歩きスマホなんかしている奴らの方なのに、なぜ俺が屑呼ばわりされねばならんのだ。実に気に食わない。カオリにだっていつも「穣二さん、正義感強くて素敵だと思います」と言われているのに。
しかし、俺の訴えは、聞く耳持たんとばかりに無視されてしまった。
「・・・・・・はぁ。やっぱり面倒くさいなぁ。キミ、クビでいい?」
少女は心底面倒くさそうに白衣の袖で頭を掻き、これ見よがしに大きな溜息をついてみせた。言い出しっぺはお前だろうが。
「あの動画を削除してくれるなら、それでもいいぞ?」
むしろその方がよっぽどいい。俺だって一刻も早く、こんな意味の分からないことからは解放されたい。
「それは断る」
即答された。ちくしょうめ。
「はぁ・・・・・・まあいいか。一回しか言わないから、耳の穴をかっぽじってよく聴いてくれたまえ」
少女はもう一度溜息をつき、その後口を開いた。
「その名を知る人ぞ知る、呪いの女王ヨウコ。今この池袋は、その恐ろしい力に蝕まれているのさ」
そういえばさっきも妖狐だ何だと言っていたな。この令和の時代にオカルトも甚だしい話で実にくだらない話だ。
「で、それはいったいどんな呪いなんだ?」
「三日に一回、タンスの角に小指をぶつける呪いだよ」
「・・・・・・は?」
聞き間違いだろうか? なんだかもの凄くくだらない呪いだった気がするのだが・・・・・・。
「おいおいしっかりしてくれよ。一回しか言わないといっただろう? まったく、顔だけじゃなくて耳まで悪いとは救いようがないな」
「おい」
むしろコイツこそが、いちいち暴言を挟まないと話せない呪いにでもかかっているのではなかろうか。そう思わずとはいられない程に、いちいち挑発的な態度を繰り返す少女を睨みつけてやるが、案の定、
「はぁ、仕方ないからもう一度だけ言ってあげるよ」
たったこれしきのことに随分と勿体ぶってくれたものだ。まあいい。
さっきのはきっと聞き間違いだろう。この俺を陥れてクビにさせる必要があるほどの呪いなんだ。きっと世界の危機とか重大なものに決まっている。
「三日に一回、タンスの角に小指をぶつける呪いだよ」
しかし、彼女の口から語られたその呪いの内容は、先程と同じく実にくだらないもののままであった。