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撮影はローアングルで

「間もなく5番線に電車が到着致します。危ないですので、黄色い線の内側までお下がりください」


 ターゲットを乗せた列車が到着する予定の5番ホームに到着すると、ちょうど構内アナウンスが流れたところであった。


「おい、佛雁。間もなくターゲットの乗った列車が到着する。準備はできているか?」


 すると、エレナから預けられた「倒殺くん」を通じて、ユリアからの通信が送られてきた。


「ああ、今5番ホームに到着したところだ」


「ターゲットが乗っているのは8号車だ。ぬかるなよ」


 その淡泊に告げられた一言だけを最後にして、列車がホームにその姿を現すと同時に、ユリアからの通信は途絶えた。


 シュー。


 ホームに停車した列車の扉が開くと、数十名の乗客が一気にその姿を現し、皆一様に階段方面へと足早に向かっていく。そして、その列の後方には、先のミーティングで確認したとおりの地雷系女子の姿があった。


「おい、エレナ。あの女で間違いないんだよな?」


 渡されたメモの情報と照らし合わせながらも、確認のため「倒殺くん」でエレナへの通信を試みる。


「まあ・・・・・・もぐもぐ・・・・・・かなり特徴的な外見だから間違いようも無いとは思うけど・・・・・・もぐもぐ・・・・・・もし不安なら、彼女の左足の小指付近でも見てみるといい・・・・・・もぐもぐ」


 すると、エレナからの返答はすぐに返ってきた。呑気に何かを食っているのか、咀嚼音混じりではあるが・・・・・・。


 エレナに言われたとおり、女の左足元を注視してみる。しかし、別に変わったところなんて・・・・・・。


 いや、よーく見てみると、女が履いている「シプレス」製外出用スリッパの左足小指部分から、薄紫色の煙のような何かが線香を焚いたようにわずかに立ちこめているのが確認できた。


「え、何だアレは?」


「ああ、見えたかい? それがヨウコの呪いにかかった者の目印だよ。いやー、キミが気絶している間に視神経系に仕込んでおいた『呪いを視認できる機能』が正常に機能しているみたいでよかったよ」


 思いがけない現象に俺が戸惑っていると、すぐにエレナからネタばらしが返ってきた。まあ、どういうことなのかはまるで分からないが、現にこうして見えている以上受け入れるより他にない。


「ということは、ターゲットは彼女で間違いないね。まあ、サクッと仕留めてきてくれたまえよ」


「よし、任せろ」


 待機場所にしていたベンチから立ち上がり、女の方へと向かってダッシュで接近する。女は急接近してくる俺に気がつくと、驚いたようにビクッと身を震わせ、その場に立ち止まった。


 ふん。バカめ。足を止めたな。


 俺は走る勢いそのままに重心を低くし、左腕をたたんでショルダータックルの構えを作る。そして女を間合いに捉えると、その両胸の狭間をめがけて、左肩から思い切り突撃してやった。


「きゃあぁぁぁ!!!」


 左肩にわずかに柔らかい感触があったのち、女は悲鳴とともにその場へ尻餅をついて倒れ込む。その衝撃のせいなのか、先程は線香ほどだった薄紫色の煙が、もわもわと左足全体にもやをかけるように広がり始めた。


「今だ、佛雁君。彼女の左足を『倒殺くん』で撮影するんだ」


 するとエレナからの通信ののち、「倒殺くん」のカメラモードがひとりでに起動する。俺は女を見下ろすように「倒殺くん」を構え、左足へピントを合わせる。


「佛雁君。『倒殺くん』のフラッシュは至近距離でないと効果が無いんだ。もっと接近して撮ってくれたまえ」


 すると、エレナから通信による指示が届いた。何か微妙に不便だな・・・・・・。


「そうすると・・・・・・こうか?」


 覗き込むようなローアングルで女の左足へと最接近し、シャッターを切る。ストロボばりの大げさな閃光が放たれると、「カシャ!」とやたら大きなシャッター音が響き渡った。


 女の左足を改めて見てみると、薄紫色の煙は空気に溶け込むように消えていった。


「お疲れ様。呪いの消失が確認できたよ。騒ぎになる前に早いことずらかりたまえ。ユリアが北口に車を用意しているから、そこで落ち合おうか」


 エレナからの通信でふと我に返り、周りを見回してみると、騒ぎを不審がった野次馬たちが集まりかけているところであった。


「なんだ、テメェら! 見世物じゃねぇぞゴラァ! さっさとどきやがれ!」


 振り向いて大声で一喝してやると、驚いた野次馬たちがわずかに道を開ける。その隙をついて、俺は北口の方向へと急ぎ足で向かった。


 ***


「待たせたね、ユリア。作戦は上手くいったよ」


 池袋北口付近の路上にて。ユリアの運転する黒塗りの車の助手席へと乗り込むエレナ。


「流石はお嬢様です。・・・・・・にしても、あのバーコードハゲも少しは役に立ったみたいですね」


「まあ彼の天職みたいなもんだしね。あ、映像あるけど見るかい?」


「そうですね。一応奴の仕事ぶりを確認しておきましょうか」


「ああ、そんな真面目に見なくていいよ。ただの面白映像だからさ」


「?」


 首をかしげるユリアをよそに、タブレット端末を車内のホルダーへとセッティングして、オペレーションの録画映像の再生を始めるエレナ。


 すると流れたのは・・・・・・尻餅をついたターゲットの下半身を覗き込んで撮影する佛雁の姿であった。


「これは・・・・・・酷い絵面ですね」


 映像を見終わり、呆れた顔のユリア。


「面白そうだと思ってつい、なんて嘘を教えたんだけどね。いやー、思っていた以上に変態的な絵面が撮れたよ」


 そんなユリアの反応を見て、エレナは腹を抱えてケタケタと笑っていた。 

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