「ねえ、春佳? 今週の『ぼん春』読んだ?」
「読んだ、読んだ。度会マジヤバくね!? お漏らしとかキモすぎなんですけど」
「ね。お漏らしが許されるのとか中学生までじゃない?」
「マジ、それな!」
池袋駅の最凶線ホームを、人目もはばからずに大声で話しながら歩く二人の女子高生。片方は100%校則違反であろうバチバチの金髪をポニーテールにし、もう片方は艶やかな黒髪を腰の近くまで真っ直ぐ伸ばしている。
俺はホームのベンチで新聞を読むふりをしながら、二人の後ろ姿を観察していた。その結果、金髪の方の左足からは、
それにしても短いスカートだな。そこまで短くするならもう見せてくれよという感じだ。
「佛雁。今度のターゲットはあの金髪の方の女子高生だ」
そんなことを考えていると、シャツの胸ポケットに入れたスマートフォン、もとい「倒殺くん」から聞こえてきたのは、ユリアの中性的なアルトボイス。
「なんだ、そっちかよ。俺、黒髪の女の方が好みなんだけど。胸デカそうだし」
「お前の好みなんか聞いてない。いいか、ヘマだけはするなよ」
そう冷たく言い放し、ユリアからの通信は一方的に切られた。
「あ、切りやがったなアイツ・・・・・・。ま、やるとしますか」
俺は新聞を投げ捨てて立ち上がり、まずは早歩きで少しずつ女子高生との距離を詰めていく。
黒髪の方がちらちらと後ろを振り返ってくる。始めのうちは気のせいかと前を向き直していたが、俺との距離が接近するにつれ、その顔はどんどん怪訝がるものへと変わっていった。
「ねぇ、春佳・・・・・・。後ろからキモいおっさんがめっちゃ迫ってくるんだけど・・・・・・」
「え、マジ?」
黒髪の方に袖を引かれ、金髪の方もこちらを振り返る。
ふ、バカめ。俺の狙いはお前の方なんだよ。
金髪が身体ごとこちらに向いたことを確認し、俺はホームの床を蹴り、助走をつける。そのまま、左肩を突き出しタックルの構えを整えた。
「え? え? うわぁ!」
「春佳!?」
そのまま金髪の胸元へとショルダータックルを決め、尻餅をつかせる。すかさず「倒殺くん」を取り出してカメラを起動し、足元から下半身を覗き込むようにシャッターを切った。
「は? は? なに撮ってやがんだ、このバーコードハゲ!?」
「おっと」
怒りと羞恥で半狂乱になりながら、足をバタつかせながらの蹴りで反撃を試みる金髪。しかし、甘いな。そんな雑な攻撃、当たるわけがないだろう。むしろパンツを丸見えにさせてくれてありがとうよ。
「何をしている、佛雁! さっさと撤退しろ!」
倒殺くんからはやけに焦ったユリアの声。こんなガキの蹴りなんかくらうわけないだろ、心配性だなあ。
まあいい。確かにユリアの言う通り、長居は無用だ。俺は金髪が尻餅をついたまま立ち上がれないのをいいことに、そのまま距離を取って、駅の雑踏に紛れて姿をくらますことにした。
***
「いった~。マジなんなんだよ、あのクソジジイ!?」
「春佳、大丈夫・・・・・・?」
黒髪の方の女子高生・夏帆が、尻餅をついたままの女子高生・春佳へと手を差し出す。
「ありがと、夏帆。しっかし、あの盗撮ジジイめ。通報してやろうにも、完全に逃げられちゃったしなぁ・・・・・・マジで最悪」
スカートの汚れをはたき落としながら、悔しそうにぼやく春佳。
「春佳、私撮ってるよ? アイツの顔」
すると、そんな春佳の様子を見た夏帆は、手持ちのスマートフォンのフォトギャラリを開きながら、おずおずと声をかけてきた。
「え、マジ!? ナイス夏帆!」
「うん。さすがにいきなりすぎて現行犯のシーンは撮れなかったけど・・・・・・。でも逃げ際の顔なら」
夏帆の開いた写真には、春佳の蹴りを躱しながら、どさくさに紛れてスカートの中をガン見する佛雁の姿が映し出されていた。
「うわ、鼻の下伸ばしやがって・・・・・・! マジキッモ!」
「どうする、春佳? これ、警察に見せる?」
「うーん、でも逃げられてるしなぁ・・・・・・。私の知らないところで捕まったとしてもそんな気晴れないだろうし。それよりも・・・・・・」
自分のスマートフォンを取り出し、SNSアプリを開く春佳。夏帆から送ってもらった画像を開きながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「社会的に死ねや。クソジジイが」
少女の指先は、紙飛行機マークのボタンを乱暴に叩いた。