池袋駅の3番ホームにて。
俺はいつも通りベンチで新聞を広げ、ターゲットの到着を待っていた・・・・・・のだが。ホームはいつもとは違った様相を示していた。
ざわ・・・・・・ざわ・・・・・・。
「ねぇ・・・・・・アイツってもしかして・・・・・・?」
「うん。あの盗撮魔でしょ・・・・・・?」
「うわ、あっち行こ?」
例の投稿のせいか。俺の顔を見るなり、腫れ物に触れるかのように散ってしまう人の波。おかげで、天下の大規模駅が一つ・池袋であるにも関わらず、俺の周りだけ田舎の過疎路線のホーム状態だ。
「ママ~、なんであのひと、しごともしないで、ぼっちですわってるの~?」
「シッ! ハゲと変態と無職が移るから見ちゃいけません!」
俺のことを指差してそんなやり取りをしている親子連れ。・・・・・・聞こえてんだよ。誰がハゲで変態で無職だ。
「なんだ。どれも事実じゃないか」
すると、人の心の声を読んだかのように「倒殺くん」からエレナの声が聞こえてきた。
「うるせぇんだよ!!!」
俺が「倒殺くん」越しにエレナを怒鳴りつけると・・・・・・
「うわあぁぁぁん!!! ママぁぁぁ!!!」
さっきのガキが泣き出してしまった。泣き喚くガキをあやしながら、母親はこちらをキッと睨みつけてくる。
「なんか文句あんのか、このババァ! テメエのガキの躾くらいちゃんとやりやがれ、クソブスが!」
苛つきに任せて怒鳴りつけてやると、親子連れはホームの奥の方へと姿を消した。俺を遠巻きにした連中から、冷たい視線が一斉に向けられる。
「こら、佛雁君。作戦に支障が出るから必要以上に目立つ行動はやめたまえよ・・・・・・ブフ」
当のエレナからは、めちゃくちゃ他人事な小言が飛んできた。お前に言ったんだよ、お前に。
ていうか、声の節々から笑いが堪え切れていないし、堪える気も感じられない。なんなら最後吹き出してやがるし。120パー分かってて言ってやがるな、コイツ。
「まもなく、3番線に、電車が到着致します。危ないですので・・・・・・」
そんなエレナに腹を立てている間に、いつの間にやら列車の到着を知らせるアナウンスが響いた。
「おい、佛雁。ターゲットが降りるのは10号車だ。準備しておけよ」
ユリアからもターゲットの到着を知らせる通信が届く。
「確かリクルートスーツのOLだったか?」
事前に知らされていたターゲットの情報を再確認する。
「ああ。正直、外見で目立つ要素は茶色い外出用スリッパくらいだから、見失わないように気をつけろよ」
それだけを告げると、電車の到着と同時にユリアからの通信は途切れた。
すぐにターゲットを追えるようにするため、俺がベンチから重い腰を上げると・・・・・・
ざわ・・・・・・ざわざわ・・・・・・ざわ・・・・・・
「うわ、立った」
「あの人またタックルする気だわ」
「え、キモい・・・・・・。こっち来ないで」
ホームがまたいっそうざわめき始めた。遠巻きにされながらも注目だけはやたらと浴びせられているせいで、すっかり針のむしろでやりづらいったらありゃしない。
シュー。
そんな中、到着した電車の扉が開き、降車客たちが不自然に空いたホームへと一斉に降り立ち始める。
その中に紛れていたのは、スカートスタイルの黒いリクルートスーツをぴっしりと着て、ミディアムの黒髪をこれまたぴっしりとポニーテールにしたOL。少しくらい尻を触っても怒らなそうな地味なタイプで、俺としては割と好みな方だ。
そして、その足元にはユリアの言う通りの茶色い外出用スリッパと、左足の指先から糸を引く薄紫色の煙。
どうやらターゲットはコイツで間違いなさそうだ。俺はタックルの助走も兼ね、ターゲットの後方から走って距離を詰めていこうとしたが・・・・・・
「あ、佛雁が来る!」
「逃げろ!」
「キャー! 助けてー!」
関係無い他の連中までもが、俺が走り出すのを見て、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
「ひっ!」
しかも、揃いも揃って大声で騒ぎ立てるせいで、ターゲットにも当然気づかれてしまう。声にならない小さな悲鳴を上げ、ビクッと身体を震わせるターゲット。
そして、次の瞬間。ターゲットは脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「あ、待ちやがれ!」
急いで追いかけようとするが、ターゲットの逃げ足は陸上選手ばりに速く、距離は開いていく一方。その背中はあっという間に見えなくなってしまった。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ぜぇ・・・・・・」
対する俺の方はというと、完全に息が切れてしまい、立ち止まるよりほかになかった。
「いやー、見かけによらずすごいスプリンターだったねー。これがウワサの小動物系女子ってやつかな? いやはや、スリッパであの脚力とは。実に興味深い」
ポケットの「倒殺くん」から聞こえてくるのは、珍しくやや興奮気味のエレナの声。どうやらさっきのOLの俊足がお目に止まったらしい。
「まあ、それはさておき・・・・・・どうやら作戦は失敗に終わったようだね」
しかし、話が切り替わった瞬間、エレナの声はいつになく冷たいものへと変わった。
「ユリア」
「はい、お嬢様」
エレナの命を受け、ユリアがどこからともなく俺の背後へと現われる。
そして、俺は冷や汗をかく間すらも与えられず、素早い手刀の一撃を首に受け、意識を失ったのだった。