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死ぬわアイツ

 絢爛なシャンデリアが輝き、非日常を演出するラウンジフロア。


 ここは池袋のキャバレークラブ「Voyanger」。この店のシックな黒革張りのソファに座ってくつろいでいる今この刻だけは、無能な部下や歩きスマホのクソ野郎たちから受けたストレスを忘れられる。


「穣二さん。お酒、入れますね」


 そんな俺の右隣では、カオリが寄り添うようにして座っている。布面積の小さな赤いドレスからは、その肩から豊満な胸元にかけてが見せつけるかのようにさらされていた。


「ありがとう、カオリ。でも、今は酒よりも・・・・・・お前のことが欲しい」


 俺の前のテーブルに置かれた空のグラスへと手を伸ばすために、ソファからお尻を浮かせようとするカオリ。しかし、俺はそんなカオリの右肩へと腕を回し、その身体を引き寄せた。


「きゃっ。もう、穣二さんたら・・・・・・」


 俺の右腕の中で頬を赤らめるカオリ。至近距離で見せる彼女のなまめかしい表情は、俺の中の何かを静かに燃え上がらせた。


 俺はほとばしる熱い情熱のまま、左手をカオリの顎へと這わせ、そのままクイッと持ち上げてやる。


「あっ・・・・・・。ダメよ、穣二さん。こんなところで・・・・・・」


 言葉とは裏腹にカオリに抵抗の意思は無く、そのあでやかに塗られたルージュの唇からは甘い吐息を漏らしている。


「そんなこと言って、本当は欲しいんだろ?」


 俺がカオリの潤んだそのぷっくりとした唇へと、自分のそれを近づけようとした、その時。


「お客様」


 カオリのものとは違いゴツゴツとした男の手が、俺の左肩をガシッと鷲づかみにしてきた。


「ああ!?」


 お楽しみを邪魔された不満も隠さずに振り返ると、そこに立っていたのは店の黒服。


「当店はおさわり禁止です。そのような行為はお控えください」


 俺は大声を上げて威圧するが、黒服の対応はまるで動じない粛々としたものであった。


「あぁ、こっちは客だぞ!? に手を出して何が悪い!?」


 カオリだって俺とのキスを望んでいる。それをつまらないことで邪魔しやがって。煮えくり返るはらわたのままに、俺は黒服の胸ぐらへと掴みかかる。


「はいはい。このくだり前にもやったばかりですので、マキでいきますよ」


 黒服は胸ぐらを掴んだ俺の手をいとも容易くはがすと、その細身の身体からは想像できないほどの強い力で、投げ飛ばすかのように振り払った。


 俺はたまらずバランスを崩してしまい、近くの壁に背部を打ちつける。巻き添えを食う形で近くの卓から落下して割れたウィスキーボトルが、その衝撃の強さを物語っている。


「いてて・・・・・・。おい、テメェ! 何しやが・・・・・・へ・・・・・・?」


 俺は背部を襲った衝撃からなんとか立ち直り、怒りを込めて黒服の方を見上げる。しかし、その視界に入ったものにより、俺の怒りは一瞬にして恐怖へと変わった。


 それは、俺の眉間へと突きつけられた、冷たく光を放つくろがねの筒。


「出禁客さん、さようなら。次は真人間に生まれ変われるといいですね」


 片手で扱うには大きすぎるそれを右手だけで構えた黒服が、その右人差し指へと徐々に力を加えていく。すると、銃口の先で青白いエネルギーの増幅が始まった。あ、コレそういうタイプなのね・・・・・・じゃなくて!


「やめろー! 許してくれー! 死にたくないー! じにだぐないー!」


「うるさいですねえ・・・・・・。読者から『主人公が不快だ』ってクレームが来てるんですよ(注1)。なんで、早く消えてください」


「いや、何の話!? って、うわぁぁぁ!!!」


 俺の必死の命乞いも虚しく、増幅された青白い球体は閃光となって炸裂した・・・・・・。


 ***


「うわあぁぁぁ!!!」


 閃光と衝撃に襲われたかのような感覚によって、一気に現実へと引き戻される。


「なんだ、夢か・・・・・・。そうだよな。あんなSF兵器みたいなの現代日本にあるわけ・・・・・・へ?」


 さっきまでのことが夢だったことが分かり、安堵したのも束の間。目を開いた俺の視線の先にあったものは・・・・・・。


 大きく無骨なホワイトグレーの砲身の表面に浮かんだ回路沿いに、赤紫色にどす暗く発光するエネルギーのような何かがほとばしっている、フォルムだけは大砲に似ている謎の兵器と・・・・・・。


「あ、起きた。じゃあユリア、始めようか」


「了解です、お嬢様。エネルギー装填、開始しますね」


 操縦席のようなスペースで兵器の砲身を操作し俺へと照準を定めているユリアと、その隣席で靴を脱いでくつろぐエレナの姿であった。

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