時はさかのぼること10年前。
私・
「桧山葉子と申します。本日はよろしくお願い致します」
「……」
スーツがはち切れるのではないかとばかりにブクブクと肥えたバーコードハゲの面接官は、こちらの挨拶に対して返事の一つも返してこない。そのくせ、私のことを上から下までジロジロと見定めるような視線だけは送ってくる。
すると、頬杖を吐いた面接官は「はぁー」とわざとこちらに聞こえるような大きいため息をつくと、私の胸をガン見しながら口を開いた。
「・・・・・・履歴書見たけど、お前みたいな低学歴はウチには要らないな」
面接だというのにろくな質問の一つもせず、開口一番に言ったセリフがこれであった。
しかし、悪意しか感じられないその言い方はさておき、実際耳の痛いところではある。私が卒業予定の
「……」
私は拳を膝の上でぐっと強く握りしめ、唇を噛みしめる。
「まあ、一応面接くらいはしてやる。ありがたく思えよ」
すると、頬杖をついたままの面接官は恩着せがましく口を開いた。
「初体験はいつだ?」
予想だにしていなかった質問に、頭がフリーズする。私は間違えて風俗店の面接にでも来てしまったのだろうか……?
「え・・・・・・? なんの体験のことでしょうか……?」
私ももう22歳だ。この手合いの言う「初体験」が何を指すのかくらいは分かる。だからこそ、憧れのブラックシダーがまさかそんな企業であるはずがないという祈りにも近い心境で、わざと聞き返してみることにした。
「カマトトぶってんじゃねぇ! セックスしたことあるかどうかって聞いてんだよ!」
しかし、そんな藁にもすがるかのような思いは、面接官の怒鳴り声によってあっけなく打ち砕かれた。
世には圧迫面接や就活セクハラなるものが横行しており、実際私も受けてきた経験はあるが、この面接官のそれはそのどれもが可愛く思えてくるほど、悪質かつ下劣極まりなかった。こんな男が天下のブラックシダーで人事部をしているのかと思うと、思わずその場で泣き崩れたくなる。
「お前みたいなブスが泣いたって可愛くねえんだよ! いいから答えろ! 答えるまで帰さねえぞ!」
机を叩き割らんばかりの勢いでバンバンと音を立てながら、その音にも負けず劣らずの怒鳴り声でまくし立ててくる面接官。私はただ、もうなんでもいいから解放されたいという一心だけで、か細く答えた。
「……未経験です」
私の返答を聞いた面接官の口角が、いやらしく吊り上がる。
「へえ、お前処女か。そいつはいい」
面接官は席を立ってこちらに近づいてくると、私の肩に腕を回し、スーツの胸ポケットからショッキングピンクのカードを一枚取り出して渡してきた。全身に鳥肌が立ちそうで今すぐにでも振り払いたかったが、受け取らないわけにもいかず手に取って確認する。・・・・・・それは池袋駅前にあるラブホテルのカードだった。
「今夜の22時だ。ここまで来るんだったら、お前の採用を確約してやるよ」
右耳元で囁かれ、全身に悪寒が奔る。今すぐにでも右の耳を引きちぎって、どこか遠くへ放り捨てたいくらいだ。
「面接はこれで終わりだ。……また後でな」
誰が行くか。作り笑いの仮面の裏で中指を立て、足早に面接室を後にする。
こんな腐った会社の空気など、一秒たりとも吸っていたくない。今はそんな気持ちでいっぱいだった。