「はぁ……」
池袋駅前のハンバーガーショップにて。フィッシュバーガーのセットを前に溜息をつく。
・・・・・・原因はもちろん先ほどの面接だ。
「これからどうしようかな……?」
正直に言って、就職活動の進捗は芳しいとは言えない。野望のためにシューズメーカーばかりを受けてきたが、選考を通過できそうな手ごたえがあるところに限って、少し吹けば倒れそうな零細企業や、男性用パンプスを扱っていない企業ばかりだった。
すると、テーブルに置いていた携帯電話が突如小さく震える。通知欄からメールを開くと、それはお母さんからのメールだった。
「葉子、ブラックシダーの面接はどうだった? おじいちゃんったら、『これで葉子の開発した男性用パンプスが履ける』って今から大はしゃぎなのよ……。『天下の黒杉なんて、そう簡単に受からないわよ』って釘を刺してはいるんだけれど……よっぽど楽しみなのね」
「おじいちゃん……」
メールを閉じて、バーガー店の無機質な白い天井を見上げる。
私のおじいちゃんは昔から、パンプスを履いている女性を見ては「ワシもパンプスを履いてみたい」というのが口癖であった。そんなおじいちゃんのためにも、男性用パンプスに市民権を持たせ、おじいちゃんが堂々とパンプスを履いて街を歩ける社会を作りたい。・・・・・・それは私の野望でもあった。
「・・・・・・ふがいない孫でごめんね」
大きな溜息を一つ吐く。こんな有様じゃ、野望の実現なんて夢のまた夢だ。
おじいちゃんももう今年で95歳。いつお迎えが来たっておかしくはない年齢だ。こんなことでは・・・・・・間に合わない可能性だって高いだろう。
頬を伝って落ちる雫をぬぐうため、リクルートスーツのポケットからハンカチを取り出そうとすると、その手が固いカードへと触れた。
取り出してみると、それは・・・・・・ショッキングピンクのカード。面接官の目の前で捨てるわけにもいかず、とりあえずでポケットに突っ込んだのをそのままにしてしまっていたらしい。
「……お前の採用を確約してやるよ」
二度と思い出したくもなかった声が、頭の中でフラッシュバックする。
ふざけるな! 誰がお前なんかに・・・・・・!
・・・・・・だが、今のままの私で、本当におじいちゃんの夢を叶えてあげることなんてできるのだろうか・・・・・・?
心の中だけで振り上げた拳は、その振り下ろす先を見失い、ただただ迷いの淵へと沈んでいった。
***
少しずつ人の波がはけ、ディープな夜の旅人たちだけが残る22時の池袋駅前にて。
妖しいネオンの光を纏って異様な存在感を放つ、無駄にド派手なラブホテルの前で、私はとある男の到着を待っていた。
緊張・不安・不快・嫌悪・無力・憎悪・劣等・卑下。考え得る限りのありとあらゆるネガティブ感情がグチャグチャに入り混じり、約束の時間までに何度えずいたかなんて、もう数えることすらやめてしまった。
5分ほどが経ち、ついにその男は現れてしまった。スーツがはち切れんばかりの肥満体型に、ネオンの光をわずかに反射する脂ぎったバーコードハゲ。
私も覚悟は決めていたつもりだったが、心のどこかではそのまま現われないことを望んでいたらしい。いざその忌まわしき姿を目の当たりにすると、もうとっくに出るものも残っていないのに、嘔気がこみ上げてくる。
そんな私のことなんてお構いなしに、男は私の肩を抱いてきた。・・・・・・もう後戻りはできない。
そのまま並んでホテルの入口をくぐり……私は奴と関係を持った。