「あぁ!? 『タンスの角に小指ぶつけたせいで痛くてパンプスが履けないからお休みさせてください』だぁ!? ふざけんな! 這ってでも出社しろ、このカス! 来なかったら給料全カットだからな!」
朝っぱらからオフィスへと響く、佛雁の怒鳴り声。
あれから、あの玉の効果をどうしても確かめてみたくなった私は、試しに同僚の鈴木に呪いをかけてみた。結果はまあこの通りだ。鈴木には悪いことをしたと思いつつ、玉の効果には感心あるのみであった。
これはなかなか恐ろしいものを手に入れたのかもしれない。……まあ、効果が地味過ぎて使い道がイマイチ分からないのはさておき。
***
それから数カ月後。例の石はすっかりタンスの肥やしとなっていた。たまに佛雁への嫌がらせで使うことくらいはあったが、別に文字通り以上の効果は見込めなかったため、そのうち馬鹿らしくなってそれもやめた。
いつも通り新しいパンプスの開発・研究に勤しむ日々を送っていたある日のこと。
突然携帯電話が鳴った。発信主は・・・・・・「お母さん」。
・・・・・・なんだろう? 仕事の時間にかけてくるなんて珍しい。
「もしもし。今仕事中だから後で……」
「葉子! 大変よ! おじいちゃんが……駅で……!」
電話口からは、慌てふためき取り乱したお母さんの声。
「え……?」
***
「おじいちゃん!!!」
仕事を抜け出し、おじいちゃんが搬送された黒杉総合病院へと慌てて駆け込んだが、おじいちゃんはすでに冷たくなっていた。
「……どうして!?」
激情のあまり、同席していたドクターの肩をゆすって問い詰める。
「頭を強く打ったことによる頭蓋内損傷です。池袋駅のホームで誰かと衝突してしまったみたいですね」
そう事務的に話すドクター。
たしかにおじいちゃんはもう100歳になろうという老人だ。誰かにうっかりぶつかってしまって倒れ、頭を打ってしまうこと自体は、そう不自然なことでもないだろう。
だが、おじいちゃんの遺体は胸骨、肋骨、骨盤骨、大腿骨にまで至る全身に多数の骨折を負っているのだという。はっきり言って目も当てられないほど無惨な状態だ。果たして、ちょっと誰かにぶつかった程度で、こんな車に轢かれたレベルの惨状になるものなのだろうか……?
「警察も事件性は無いって言ってましたし、まあ悲しい事故ですよ」
「……ぶつかった相手のことは?」
どうしても納得がいかず、ついドクターを問いただしてみたが……
「個人情報ですのでお答えできません」
彼は変わらず事務的に答えるのみであった。
***
葬儀・告別式ともつつがなく終了し、再びの出社日。
どうしても腑に落ちなかった私は、あれからSNSで事件の目撃者の投稿を探し回った。その結果として導き出せた犯人の特徴は、「バーコードハゲかつスーツがはち切れんばかりに太った男性」
……この条件に当てはまる人物は、事件当時の池袋駅にも何人かいただろう。しかし、私にはどうしても、私がよく知るとある人物のことだとしか考えられなかった。
「おう、葉子。久しぶりだな。今夜また、どうだ?」
他でもないその人物に後ろから尻を撫でられ、私の中で何かが弾ける音がした。
「佛雁いぃぃぃ!!! 貴様あぁぁぁ!!!」
気づけば私はその人物……佛雁の胸ぐらへと掴みかかっていた。
「な、なんだよ葉子? たかが尻ぐらいで。……あ、もしかして生理か?」
なおもふざけたことをぬかし続ける佛雁の顔面を、私は思い切り殴り飛ばしてやった。突然の私の凶行を受けて、浮足立つ社内。
対する佛雁はというと、よもや殴られるとは思っていなかったのか、不意をつかれたかのようにその場に尻もちをついていた。
「ひ、ひどいや……葉子……! 殴るだなんて……! パパにだって殴られたことないのに!」
気色の悪い猿芝居で悲劇のヒロインぶり始める佛雁。どこまでも人の神経を逆なでするのが上手い野郎だ。お望み通りぶん殴ってやろうか!?
「やめろ、桧山! 気持ちは分かるが落ち着け!」
ヤツの顔面目掛けて追撃の拳を繰り出そうとしたが、駆けつけてきた鈴木に後ろから羽交い絞めにされ、不発に終わる。
「放せ! 私はコイツを……!」
全力で抵抗したが、私の力では大の男である鈴木の拘束を解くには至らなかった。そのまま私はヤツから引きはがされてしまい……。
・・・・・・後日。私は「上司への暴言・暴力および不敬」を理由にブラックシダーを解雇されたのであった。