「佛雁。ターゲットが3号車から降りた。急いで降り場付近に向かえ」
どういう理屈なのかは全く分からないが、脳内に直接響くユリアの声にも慣れてきた。
エレナによると、今回のターゲットは「80代の男性」だそうだ。
ふん。よぼよぼのジジイ相手なら楽勝だな。この佛雁穣二様のフィジカルでもって粉砕してくれるわ。
「いや、粉砕しちゃダメだろ……」
心の声が読まれていたのか、ユリアからツッコミが入った。
まったくユリアたんは頭が固いなあ。ちょっとした佛雁ジョークじゃないか。男のユーモアも理解できないようじゃ、この先の人生苦労するぞ。
「……お嬢様、コイツ血祭りに上げてもいいですか?」
「この任務が終わったらね。ただ、心臓と脳だけは残しといてくれよ。代替品の用意が面倒だからね」
まったく、ユリアたんの照れ隠しはいつも過激だなぁ。本人そっちのけで脳内にて勝手に繰り広げられる俺への殺意マシマシな会話をよそに、俺は3号車の降り場付近へと向かう。
さて、ターゲットらしき人物は……と。
……おかしいな。ホームを見渡してみるが、それっぽいよぼよぼのジジイの姿が見当たらない。
怪訝に思い、もう一度よーく見渡してみる。
すると、頭が真っ白の高齢男性がホームのエレベーターへと向かっているのを見つけた。彼は背筋もまるで曲がっておらず、杖の一つも使わずにしゃんと歩いており、年齢の割にはガタイもいい。・・・・・・そしてなによりも、周辺にガラの悪い屈強な男たちを何人も付き従えているのが特徴だった。
えっと……もしかして……この爺さんって……?
「うん。指定暴力団名古屋
すっとぼけたような、笑いをかみ殺したようなエレナの声。
「
「そうだったっけ? 悪いがまったく記憶に無いね」
くっそ、コイツ。絶対にわざとだ。
「冗談じゃない! 俺は女とかガキとかジジババみたいな弱い奴しか狙わない主義なんだ!」
「だから80過ぎの爺さんが相手じゃないか。さっさと行ってきたまえよ」
「確かにそうだけれども! 絶対取り巻き来るじゃねーか!?」
確かに1対1なら、さすがに負けはしない・・・・・・かもしれない。その後の報復が恐ろしいのはさておき。
ただ、10人近くのヤクザが睨みを利かせている中にわざわざ突っ込んでいくのは、単なる自殺行為でしかなかった。
「とにかく! 勝てない相手に喧嘩を売るのは俺のポリシーに反する! 俺はこの任務降りさせてもらうからな!」
俺はヤクザの集まりから逃げるように背中を向けるが・・・・・・。
「清々しいまでに小物のクズ野郎だね、キミは。……拒否権があるとでも思っているのかい?」
エレナの声が脳内に響くとほぼ同時に、脳が焼けるような頭痛が襲い掛かった。すると、途端に身体の自由が利かなくなり、俺の意志に反して勝手に動き始める。
「うわ!? 何だこれ!? どうなってんだ!?」
驚く間もなく、再びヤクザの方向を向かされる俺の身体。うち何人かのヤクザがこちらに気づき、警戒するようにガンを飛ばしてくる。
何とか逃げようという俺の意志に反し、身体は勝手にヤクザの方めがけて一直線へと駆けていく。当然臨戦態勢に入るヤクザたち。
「やめろー! 死にたくないー! 死にたくないー!」
意に反する渾身のタックルも屈強なヤクザたちによる数の暴力で難なく受け止められる。俺はそのまま取り押さえられ、10人近いヤクザたちから世にも恐ろしいリンチをくらう羽目になったのであった……。