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第二十八話  草薙数馬の破滅への言動 ⑥

 一体、どうしてこうなった?


 草薙数馬こと俺は、目の前で繰り広げられている光景に絶句していた。


「いやああああああああ――――ッ!」


「ぐあああああああああ――――ッ!」


 薄暗い室内には、先ほどから聞き知った男女の悲鳴が響き渡っている。


 俺はふと数時間前のことを思い出す。


 湿地エリアの一角で目的の連中のアジトらしき場所を見つけた俺たちは、そいつらのアジトの証拠写真を撮ろうとした矢先、どこからか現れた黒マントたちに見つかって拉致された。


 やがて連れて来られたのは、地下に掘られた巨大な空間の奥――牢屋みたいな薄暗くジメジメとしたこの場所だった。


 俺は数時間前の俺を殴りつけたい。


 数時間前、俺は黒マントの連中に見つかったときある決断をした。


 多勢に無勢ということもあり、ここは一旦大人しく捕まって逃げる機会を待とうと俺は美咲と正嗣にアイコンタクトしたのだ。


 すると美咲と正嗣はアイコンタクトで「OK」と了承してきた。


 俺はそれを見て心中で「よし」とうなずいた。


 探索者たるもの、闇雲に闘うのは得策ではない。


 じっと機が熟するのを待ち、ここぞという場面を見極めて行動することこそ最良の策。


 要するに「適当なところで逃げようぜ」と思ったのだ。


 マジで数時間前に偉ぶった考えをした自分自身を殴りつけたい。


 もしもあのとき。


 連中のアジトの1つだったこの地下空間に連れて来られる前に必死で抵抗しておけば、もしかすると逃げ延びていた可能性は万に1つはあったはずだ。


 そう、せめてあのときに命を賭けて闘っていれば――。


 俺は血がにじむほど下唇を噛み締める。


 だが、すべては遅かった。


 どれだけ悔やんでも時間はもう戻らない。


「助けて! 誰か助けて!」


 俺はハッと我に返り、自分から見て右のほうに顔を向けた。


 そこにいるのは美咲だ。


 探索中でも身だしなみは必要だと、いつでもキューティクルや化粧を欠かさなかった美咲。


 そんな美咲は見る影もないほど無残なありさまと化している。


 無理もない。


 現在、美咲は何人もの黒マントの男たちにレイプされているからだ。


 その際に金色の髪を引っ張られたり、顔や腹を殴られたりと無法の限りを尽くされていた。


「頼む! もうやめてくれ!」


 思考が半ば停止していた俺は、続いて美咲のいる場所から数メートル左のほうを見た。


 そこには男が1人いて、腹の底から苦悶の声を上げている。


 男は正嗣だった。


 普段は寡黙で相手の言葉をオウム返しするのが特徴的ないけ好かない男だったが、今の状況を眺めているとさすがに同情心が込み上げてくる。


 正嗣は半殺しにされていた。


 美咲をレイプしている黒マントの男たちと同様、同じく黒マントを身に着けている男たちに殴る蹴るの暴行を加えられている。


 もちろん、2人も探索者の端くれだ。


 相手が迷宮街のスラム街にいるチンピラ程度だったら黙ってやられる(犯される)わけがない。


 しかし、2人とも手錠と足枷をつけられて行動を制限されていた。


 そのため、2人は黒マントの男たちに好き勝手にされていたのだ。


 そして黒マントの男たちはチンピラではなかった。


〈魔羅廃滅教団〉。


 ダンジョン内でもっとも危険な思想と行動力を持つカルト教団であり、教祖や幹部連中にはダンジョン協会から高額な懸賞金が掛けられている。


 くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!


 俺は馬鹿か!


 どうしてこんな危険な連中に関わろうとした!


 こういう結果になることも大いにわかっていたはずだ!


 俺は室内の奥で身体を激しく動かそうとする。


 けれども俺の身体も制限があって自由に動かない。


 俺も2人と同じく手足を拘束されているからだ。


 どうする?


 どうすればこの窮地から脱することができる?


 俺は脳みそが沸騰するほど思考した。


 幸いなことに俺はまだ暴行も凌辱もされていない。


 最初はなぜかと思ったが、途中で俺は気づいた。


 美咲をレイプしている男たちや、正嗣を痛めつけている男の何人かが行為の最中に俺を見てニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていたのだ。


 連中は仲間がいたぶられている様を先に見せつけ、最後にリーダーの俺をメインディッシュとして悪逆の限りを尽くそうというのだろう。


 くそったれが!


 などと心中で怒りを露わにしたところで状況は変わらない。


 どうする?


 このままだと次は俺の番だ。


「お願いします! もう、やめてください!」と美咲。


「俺たちが悪かった! だから、もうやめてくれ!」と正嗣。


 2人は本音で黒マントたちに懇願したが、黒マントの男たちはまったく聞く耳を持たない。


 先ほどからずっと見ていたのでわかった。


 まるで黒マントの連中はロボットのようだ。


 誰かに「こうしろ」や「ああしろ」と命令されて動いているように見える。


 とはいえ、そんなことはどうでもよかった。


 俺はひたすら考える。


 もう美咲と正嗣はダメだ。


 このままだと2人の心身はどこかで必ず壊れる。


 そうなればもう終わりだ。


 21使


 そう思いながら俺が歯噛みしたときだ。


 バンッと出入り口の扉が勢いよく開いた。


 俺を含めた黒マントの連中の視線が扉へと向けられる。


 すると黒マントの連中に異変が起こった。


 突如、美咲へのレイプや正嗣への暴力を止めたのだ。


 それだけではない。


 黒マントの連中(一部は黒マントだけで全裸)は顔の横ではなく、胸の前で敬礼するような見慣れないポーズを取る。


「ぬはははははははは」


 そして奇妙な笑い声を上げて室内に入ってきたのは、黒マントを羽織った全身黒ずくめの筋骨隆々とした男だった。


 年齢は50代後半ぐらいか。


 身長は2メートル近くもあり、自分で剃ったのだろう髪の毛は1本もないスキンヘッドだ。


 だが、俺はスキンヘッドよりも男の顔に注目した。


 彫りの深い顔の中に、頭部がチ〇コの形をした異様な蛇のタトゥーが彫られていたのだ。


 俺の全身が凄まじく粟立った。


 そのチ〇コ蛇のタトゥー男の顔には見覚えがあった。


 ダンジョン協会の玄関ロビーの掲示板には、懸賞金付きの犯罪者の顔写真が貼られている。


 その犯罪者の顔写真の中に、チ〇コ蛇のタトゥー男の顔があったからだ。


「うむうむ、懸命に励んでいるのであ~るな」


 マーラ・カーン。


〈魔羅廃滅教団〉の教祖であり、ダンジョン協会から5000万円の懸賞金が掛けられている凶悪集団の親玉だった。

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