異世界人だという証明か。
俺は3人を見回しながら「当然だな」と思った。
目の前にいる人物が自分のことを異世界人だと名乗り、それを「そうなんですね」と簡単に受け入れるほうがどうかしている。
とはいえ、事実は事実だ。
俺の本当の名前は拳児ではない。
ケン・ジーク・ブラフマンだ。
そして俺がどうして記憶を失ったのかはわからないが、ダンジョンで俺を見つけてくれた亮二さんは途切れ途切れに「ケン・ジーク・ブラフマン」とつぶやいていたことから「拳児」と名付けてくれたのだろう。
まあ、そんなことはさておき。
俺がアースガルドの住人――3人からすると異世界人であることを証明するためには、それこそ言葉ではなく決定的な証拠を見せなければならない。
一目で俺の言っていることが真実だという証拠が。
俺はアゴに手を添えて眉間にしわを寄せる。
数秒後、やはりこれしかないなという結論に至った。
「わかった。俺が異世界人である証拠を見せよう……いや、厳密にはあなたがたにその証拠が見えるようにしようと思う」
俺は自分だけが見えているエリーをチラ見する。
「証拠が見えるようになるって一体どういうこと?」
そうつぶやいたのは成瀬さんだ。
成瀬さんは小首をかしげて俺を見つめている。
「そのままの意味さ」
俺は成瀬さんに微笑むと、次に成瀬会長と三木原さんを交互に見る。
成瀬会長も三木原も「どうやって証明する?」といった顔をしていた。
こうして証明すればいい。
俺は丹田に意識を集中させると、聖気を練り上げて全身にまとわせた。
ゴゴゴゴゴゴゴ…………
室内の調度品を軽く揺れ動かすほどの聖気を練り上げつつ、今度はその聖気を自分の肉体から切り離すイメージをする。
それだけではない。
切り離した聖気をこの部屋にいる3人に分け与えるイメージを強く浮かべた。
すると俺の全身に覆われていた聖気に変化があった。
3分の1ほどの量の聖気が俺の肉体から切り離され、そのまま3人の肉体へと飛んでいく。
「う、嘘でしょう……」と成瀬さん。
「まさか……」と成瀬会長。
「これは……」と三木原さん。
3人は自分たちに起こった変化に心の底から驚愕したようだ。
無理もない。
俺の練り上げた聖気を、一時的とはいえ自分たちの肉体に付与されたのである。
【聖気練武】の超高等応用技――〈大周天〉。
異世界アースガルドにおいて、クレスト聖教会の武闘僧の中でも真の才気を持った人間しか会得できないとされた奥義の1つだ。
その効果は〈大周天〉をかけた相手の身体能力の強化である。
一方、アースガルドにはこの〈大周天〉と似た技があった。
それは付与魔法というものだ。
特定の相手に自分の魔力を分け与えて一時的に身体能力を強化させるというものだったが、【聖気練武】の〈大周天〉はその付与魔法を上回る効果があった。
付与魔法の場合はどんなに優れた魔法使いでも相手の身体能力を強化させる時間は長くて十数分程度だったものの、〈大周天〉で聖気を付与された相手の身体能力の強化時間は術者がかけ続けていれば
しかも身体能力を強化できる人間は付与魔法の場合は1人だけなのに対して、〈大周天〉は同時に複数人の身体能力を著しく強化できた。
もちろん、その代償は凄まじく大きい。
生半可な【聖気練武】の使い手が使用すると、術者の生命力の限界を超えて聖気を分け与えてしまうため、心神耗弱を通り越して命を落としてしまう。
このとき、俺は記憶を失っていたときのことを思い出した。
亮二さんに拾われてから、あの草薙数馬たちと一緒にパーティーを組んで探索活動をしていたときのことをだ。
今ならばよくわかる。
記憶を失っていたときの俺は、異世界人であることもそうだが【聖気練武】のこともすっかり忘れていた。
しかし俺の細胞にはアースガルドで【聖気練武】を習得するためにしていた修行や、習得してからは勇者パーティーと協力して魔王ニーズヘッドの討伐に向かっていた記憶が刻まれていたのだろう。
そんな俺は記憶を失っていた特殊な状況により、異世界で勇者パーティーにかけていた〈大周天〉を無意識に数馬たちにかけていたのだ。
そのために俺は毎日が瀕死の状態に陥っていた。
記憶を失う前と今だと聖気の配分に気を遣うペースがまるで違う。
なので数馬たちとパーティーを組んでいたときの俺は、自分が生きるか死ぬかの瀬戸際の状態まで聖気を数馬たちに分け与えていた。
ならば俺自身が日々瀕死の状態だったのは当然である。
そして数馬たちからパーティーをクビになって追放されたことで、ようやく俺の本能は〈大周天〉を解除するに至った。
だとするとすべての説明がつく。
〈大周天〉が無意識に解除されたことで本来の聖気が戻り、俺は通常でも【聖気練武】の技が使えるようになった。
ただ、その【聖気練武】の技もあくまでも最低限に使える状態でしかない。
魔王ニーズヘッドを倒したときの28歳までの記憶はあるが、肉体はまだまだ成長期の16歳まで若返ってしまっているのだ。
こうして聖気を練り上げるとよく理解できる。
この16歳の肉体では28歳時の肉体のときよりも聖気の総量が少なすぎる。
おそらく全盛期の10分の1ほどだろう。
それでも3人の人間に〈大周天〉をかける余裕はあった。
記憶があるのとないとでは聖気の量をコントロールする術に雲泥の差が生じる。
そして俺は3人に〈大周天〉が完全にかけられたことを視認すると、自分の頭上を指さして「その状態で〈聖眼〉を使ってくれ」と言った。
「そうすれば俺が異世界人であることが証明されるはずだ。ちなみに俺はとっくに見えている」
直後、3人は〈聖眼〉を使って俺の頭上を見る。
すると――。
3人は今度こそ目を見開いて絶句する。
俺は「うむ」とうなずいた。
ようやく3人は俺がアースガルドの出身である証拠――アースガルドにしか存在していない妖精族のエリーの姿が見えたのだろう。
いや、それだけではない。
〈大拳聖〉である俺の聖気をまとっていることで、目だけではなく耳でも聞こえているはずだ。
「エリー、お前の口からも俺がアースガルドの住人だったと説明してくれ。この人たちにはお前の姿は見えてなかったが、お前はこの世界の住人の姿も見えて声も聞こえていたんだ。今までの会話の中で流れはつかんでいるだろう」
俺がそう言うと、エリーは「任せときや」となぜか胸を張った。
「おい、よう聞けボンクラども。うちの名前はエリー。泣く子も黙る、妖精郷出身の由緒正しい妖精族さまや。せやからうちの姿も見えて声も聞こえるようになったんなら、床に額をこすりつけて神にひれ伏すように――」
そこまで言ったところで、俺はエリーの身体を片手でむんずと掴んだ。
「調子に乗るな。いいから俺の言うことを聞け」
俺はエリーを掴んでいる右手に軽く力を込める。
「あ痛たたたたたたたたた――ッ! すまん、すまんって! ちょっと異世界人をからかいたくなっただけで、これっぽっちも悪気はなかったんや! だから少しずつ力を入れるのは勘弁してや!」
そうしてエリーの口から、俺が異世界アースガルドの出身だと証言されたのだった。