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第三十六話  草薙数馬の破滅への言動 ⑧

「ほほ~、これはこれは面白いことを言うのであ~るな。本当に吾輩の教団に入団したいのであ~るか?」


 マーラ・カーンはそう言うと、ニヤニヤとしながらアゴをさすり始める。


 よし、興味を引けた。


 俺は内心でほくそ笑んだ。


「ああ、そうだ。俺も〈魔羅廃滅教団〉に入団したい!」


 俺は室内に響き渡るほどの大声を上げた。


 その直後である。


「あんた、何を言ってるのよ!」


「お前、気でも狂ったのか!」


 美咲と正嗣が俺に怒声を浴びせてきた。


 無理もない。


 俺がこんなことを口にするなど事前に言ってなかったからだ。


 というか、そんなものは当たり前だった。


〈魔羅廃滅教団〉に入団したいというのは今考えた苦肉の策。


 要するに俺が助かりたいだけの嘘だったが、こんな危機的状況になったのだから仕方がない。


 俺は【疾風迅雷】のリーダーだ。


 つまり、俺だけは何としても助からなくてはならない。


 正直なところ、俺さえいればパーティーなどいくらでも再編できる。


 それに美咲も正嗣もウザかったところだ。


 こうなれば俺が助かるための生贄になってもらうしかない。


 などという結論に至ったため、俺は藁をもつかむ思いで心にもない嘘を言い放ったのだ。


 すべては俺1人だけが助かるためである。


「しかし、もう貴様たちは吾輩たちの悲願を達成するための実験体に決まったのであ~る。それに仮宿の1つとはいえ、この場所を知られたからには生かして返せないのであ~る」


 やはり、そうきたか。


 マーラ・カーンがこういうことを言ってくるのも予想がついていた。


 俺も探索者になる前は相応の悪さは働いてきた。


 こういう連中の考えそうなことぐらいは読み取れる。


 だからこそ、こういう連中には変に取引するような真似は通用しない。


 差し出すなら一方通行。


 こちらの強力な手札は洗いざらい差し出さなければ信用を得られない。


 しかし、勘違いさせてはダメだ。


 ここで差し出すのは俺の肉体や命であっては絶対にならない。


 俺はマーラ・カーンに真剣な眼差しを向ける。


「もちろん、あんたたちの言い分は理解できる。俺も探索者の端くれだ。あんたたちがどういった活動をメインにこのダンジョン内にいるかはよく知っている」


「ふむふむ、貴様たちはやはり探索者であったか。だが、探索者ならばなぜライセンスを持っていないのであ~る? これはどういうわけであ~る?」


 ライセンスを持っていないのはダンジョン協会に一時没収されたからだ。


 どうする?


 ここは嘘を言うべきか?


 ここに来る途中、魔物に襲われてライセンスを落としたとか何とか……


 そう思った直後、俺の背中に悪寒が走った。


 マーラ・カーンは薄笑いを消し、俺の目をじっと見つめている。


 まるで心の中まで見透かされているようなゾッとする目だった。


 いや、ダメだ。


 ここで嘘をついても絶対にバレる。


 なぜそう思ったのかは俺もわからない。


 しかし、俺の本能が激しく警鐘を鳴らしている。


 マーラ・カーンに嘘は通用しない。


 絶対に見破られるぞ、と。


 なので俺は正直に話した。


 俺たちがこれまで歩んできた探索者人生や、どうしてライセンスを持っていないのか、そしてなぜ〈魔羅廃滅教団〉に手を出そうとしたのかという経緯のすべてを。


「むははははははははははッ!」


 するとマーラ・カーンは、喉仏が見えそうなぐらい大口を開けて笑った。


「面白い奴であ~るな! ゴブリンごときにやられてライセンスを没収されるB級探索配信者がいるとは夢にも思わなかったであ~る!」


 そしてマーラ・カーンは腰に両手を当て、まるでセックスするときのように何度も腰を前後に振り始めた。


 おいおいおい……マジで狂かれてんだろ


 俺を始めとした美咲や正嗣も唖然とする。


 それでもマーラ・カーンは腰を振るのを止めない。


「だが、貴様たちの正体がわかれば納得なのであ~る。そもそも、こんな状況に置かれても【聖気練武】を使わないのは低級探索者の証なのであ~る」


 なぜか恍惚な表情でそう言ったマーラ・カーン。


 そんなマーラ・カーンに俺は疑問符を浮かべた。


 せ、【聖気練武】?


 何なんだそれは?


 まったく聞いたことがない言葉だった。


 いや、今はそんなことどうでもいい。


「頼む……どうか俺を〈魔羅廃滅教団〉に入団させてくれ。もちろん、ただではとは言わない」


「ほう……何か手土産があるのであ~るか?」


「手土産というか……そいつらと引き換えに俺だけは助けてほしい」


 俺は手足が拘束されているので、美咲と正嗣に向かってアゴをしゃくる。


「はあ!? 数馬、あんた私たちを裏切って自分だけは助かるつもりなの!」


「こ、この外道め! 以前から性根が腐っている奴とは思ったが、まさかここまでのクズとは!」


 うるせえ、と俺は美咲と正嗣に吼えた。


「クズはてめえらもそうだろうが! 拳児の奴をボコッたときもストレス発散させて喜んでたのは誰だよ! それにてめえらも近いうちに俺を裏切るつもりだったんじゃねえのか!」


 俺の言葉――特に裏切るということに美咲と正嗣は「うっ」と閉口した。


 やはりそうだ。


 こいつらはリーダーとしての俺に不信感を募らせていた。


 大方、この〈魔羅廃滅教団〉の懸賞金を上手いこと手に入れた暁には、その懸賞金を俺から奪って逃走するつもりだったに違いない。


 やり方などいくらでもある。


 もしかすると祝杯と称した飲み会の席で、俺の飲み物だけに睡眠薬か何かを入れるつもりだったのかもしれない。


 そうして俺が薬で爆睡している間に、懸賞金を盗んで2人だけで俺の前から姿を消す。


 俺はありありと2人の計画が想像できた。


 懸賞金をすべて手に入れるつもりだったのなら、その懸賞金で借金を返す前に祝杯を挙げようと言い出しただろう。


 そうすれば懸賞金だけを2人は手に入れ、残りの借金をすべて俺だけに肩代わりできる。


 俺たちを治療したA級探索者の借金は【疾風迅雷】の名義だったが、俺こと【草薙数馬】が連帯保証人になっている。


 この場合、美咲と正嗣が勝手に消息不明になれば借金は俺だけに降りかかってくるのだ。


 俺は美咲と正嗣の性格はよく知っている。


 あいつらは今回の一件が失敗したとしても、きっとどこかで俺を裏切っていたに違いない。


 いや、間違いない!


 あいつらのほうが先に俺を裏切っていたんだ!


 だから俺は悪くない!


 悪いのは美咲と正嗣だ!


 俺は悪くない!


 だから俺には助かる権利がある!


「むはははははははははははははは――――ッ!」


 突如、室内にマーラ・カーンの高笑いが響き渡った。


「よいぞよいぞ! 何たる醜い争い! 何たる醜い考え! これまで苦楽をともにしてきた間柄だというのに、切羽詰まれば仲間ですら敵に差し出して自分だけは助かろうとする! これこそ人間の本質! これこそ魔への誘い! この醜悪で邪悪な考えが人間の心にある限り、必ず吾輩たちの悲願は達成する! 必ずやこのダンジョン内に強大な悪魔が降臨する! 否、それは魔王さまなり! 時空を超えてこの地球に現れる悪魔たちの王――魔王さまなり!」


 俺はマーラ・カーンを呆然と見つめていた。


 腹の底から圧倒的な恐怖が込み上げてくる。


 もやは全身を震えさせることもできない。


 ただ、自分は完全な捕食者だと強く激しく認識させられていた。


 同時に俺は奇妙な違和感を覚えた。


 マーラ・カーンの全身が微妙に光っているように見えたのだ。


 俺は何度か瞬きをするが、あくまでも微妙な光なのでその正体がまったくわからない。


 その中で俺の視線はマーラ・カーンの股間へと吸い寄せられた。


 マーラ・カーンは、ズボンの生地が破れんばかりに勃起していたのだ。


 しかも異常なほどのサイズだった。


 成人男性の肘から手首までのサイズはあったかもしれない。


 そしてここで俺はハッと気づいた。


 マーラ・カーンの勃起した一物の部分が、一瞬だけ黄金色に光って見えたのだ。


 そんなマーラ・カーンは異常な行動を取った。


 信者たちを壁際まで移動させると、まずは美咲のほうへと歩み寄っていった。


 あいつも美咲をレイプするのか?


 という俺の考えは一瞬で粉々になった。


 マーラ・カーンは黒マントの男たちの精液まみれだった美咲の顔をつかむと、片手で両足がブラつくほどの高さまで持ち上げる。


「な、何をするの……や、やめて………何でもしますから……たすけ」


 その後の言葉は永遠に吐かずに終わった。


 マーラ・カーンは後方に大きく腰を引くと、美咲の無防備だった腹に向かって自分の勃起した一物を突き刺したのだ。


「ぎゃああああああああああああああ」


 美咲は喉がはち切れんばかりに叫んだ。


 当たり前だ。


 まるで日本刀を突き刺されたように、マーラ・カーンの一物は美咲の腹部に刺さって背中へと突き抜けたのだから。


「むはははははは!」


 マーラ・カーンは再び腰を引いて美咲の腹を突き破った一物を抜く。


 直後、美咲の腹から大量の血が溢れ出てきた。


 肝臓などの重要な器官も損傷したのだろう。


 どす黒い血が床に血だまりを作っていく。


 あれは致命傷だった。


 美咲の命はもはや幾ばくもない。


 マーラ・カーンは美咲をゴミのように捨てると、次に正嗣のほうへ近づいていく。


「来るな! 頼む、来ないでくれ!」


 正嗣は涙目で懇願するが、マーラ・カーンは微塵も表情を変えない。


 そればかりかマーラ・カーンは「男に突き刺しても面白くないのであ~る」と言って正嗣の頭部を勢いよく踏みつけた。


 グシャッ!


 正嗣の頭部はスイカが割れたような音を立てて四散した。


 即死である。


「あ……ああ……あああ……」


 顔面が蒼白になった俺に、マーラ・カーンはゆっくりと歩を進めてきた。


 やがて俺の目の前まで来ると、俺を見下ろしながら口の端を吊り上げた。


「ミスター・数馬。貴様の入団は却下であ~る。貴様が心にもない入団を希望し、吾輩たちから逃げる機会を窺うことを目論んでいることもすべて〈聴勁〉でお見通しなのであ~る」


 だから、とマーラ・カーンは言葉を続けた。


「やはり貴様には魔王さまを召喚する生贄になってもらうのであ~る」

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