目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第六十九話  迷宮街の無残な光景

 ケン・ジーク・ブラフマンこと俺は、迷宮街に戻るべく全力疾走していた。


 もちろん、ただ両足を動かしているわけではない。


【聖気練武】の基本技の1つ――〈箭疾歩せんしつほ〉を使って機動力を上げた状態でひた走っている。


 前方の光景が次々と凄まじいスピードで流れていく。


 もしも常人が今の俺の動きを見たら、何か黒い塊が高速で移動しているように見えただろう。


 一方、【聖気練武】の〈聖眼〉が使える上位探索者の場合は、その黒い塊が黄金色の光に包まれて疾走しているように見えたに違いない。


 どちらにせよ、俺は1分1秒でも早く迷宮街に戻るために両足を動かしていた。


 理由は1つ。


 現在進行形で、迷宮街が崩壊の危機に陥っているからだ。


 俺は疾駆しながら30分以上前のことを思い出す。


 最初は無双配信中のコメント欄がざわついたことだった。


 5回目の無双配信の目的を終えた俺を賞賛してくれるコメントの中で、迷宮街が多くの魔物と〈魔羅廃滅教団〉というカルト教団に襲撃されているというコメントが流れてきたのである。


 最初こそ信じられなかったが、無数のコメントを読んでいるうちにまずは確証を得ようと考えた。


 しかし、そこで自分が致命的にミスをしたことに気づいた。


 成瀬さんから渡されていたスマホを忘れてきてしまっていたのだ。


 なので実際に成瀬さんへ事情を聞くことはできなかったのである。


 だが、大量のコメントの内容を見れば迷宮街のことが真実だとわかった。


 そこで俺はすぐに行動に移った。


 まず俺は短時間で迷宮街に戻るため、視聴者に了承を得た上で配信とドローンの電源を切った。


 そして次の瞬間には迷宮街に向けて地面を蹴ったのである。


 俺はちらりと後方を見た。


 俺から数メートル後方にはエリーが飛んでいて、その手には電源をオフにしたドローンを持っている。


 エリーの本気の飛行速度ならば今の俺の速さについてこられるが、単なる機械でしかないドローンには不可能だ。


 ゆえにエリーにドローンを持ってもらい、俺たちは湿地エリアや他のエリアを抜けて走っている。


 途中、数知れない魔物とすれ違ったが無視した。


 今は一刻も早く迷宮街に到着しなければならない。


 その思いと行動の末、俺の身体は迷宮街を遠くに見下ろせる丘の上に到着した。


「――――ッ!」


 俺は一旦立ち止まると、その丘の上から数キロ先の迷宮街を食い入るように見つめる。


 遠巻きに見える迷宮街からは、何十本もの黒煙が空に向かって伸びていた。


 間違いない。


 あのような光景はアースガルドで何度となく見てきた。


 大小関係なく魔王軍に滅ぼされた国々。


 数千、数万の魔物の大群を付き従え、それこそ草の根が1本も残らないほど蹂躙した光景を。


 俺は奥歯を強く噛み締めた。


 直後、俺は丘の上から飛んで地面に着地。


 再び〈箭疾歩せんしつほ〉を使って迷宮街へと向かっていく。


 やがて俺は迷宮街へと到着した。


 俺は爪が食い込むほど右拳を握り締める。


 迷宮街は戦場と化していた。


 の建物は崩壊し、そこら中から黒煙と火の手が上がっている。


 それだけではない。


 道路のあちこちには魔物に襲われたのだろう死体が転がっているのだ。


 見るも無残な光景だった。


 耐性のない人間ならば卒倒しそうな地獄の景色。


 むせ返りそうな煙と火の匂いに混じり、酸鼻な血の匂いも俺の怒りを刺激した。


 絶対に許せん。


 それは掛け値なしの本音だった。


 この光景を作り出したモノたちは、速やかに全員が地獄へ落ちねばならない。


 そう思ったときだった。


 ――ドクンッ!


 と、俺の心臓が勢いよく跳ねた。


 同時に俺の本能が凄まじく告げてくる。


「ケン……おるで」


 俺の頭上にいたエリーが声を震わせながらつぶやく。


「間違いないわ。ビリビリ感じる。この街に魔王が……魔王ニーズヘッドがおる」


「ああ、それは俺も確信した。奴はこの迷宮街のどこかにいる。そして、この惨状を作り出したのも奴だ」


〈聴勁〉を使わずとも本能で察した。


 この悪の感情を極限までに煮詰めたような気配は奴のものだ。


 魔王ニーズヘッド。


 見た目は銀髪で元の俺と同じ20代の姿をしているが、それはあくまでも容器の姿かたちに過ぎない。


 魔王ニーズヘッドの本性は、他人に憑依して半永久的に悪の限りを尽くす負の感情そのものだった。


 元々は千年以上前に栄えた巨大魔法国家の王宮魔法使いだったとも、まったく別の世界からやってきた未知の感情生物だっとも言われていたが、もはや詳しいことは誰にもわからない。


 唯一わかっているのは、奴は人間などの知的生物に己の魂を憑依させ、何世代にもわたって魔王となって現世に降臨するということだ。


 そのたびにアースガルドは魔王ニーズヘッドが従えた魔王の大群によって蹂躙され、各大陸にあった国々は尋常でないほどの戦火に巻き込まれた。


 俺もその戦火に巻き込まれた人間の1人であり、孤児となって死ぬ寸前に放浪武闘僧であった師匠に助けてもらってクレスト聖教会の武闘僧になった。


 あのときの光景は今でも忘れない。


 魔物の大群によって故郷が阿鼻叫喚の渦に叩き込まれ、老若男女関係なく無残に殺されていく光景を。


 これが野生の世界ならば、まだ互いに殺し殺される理由がある。


 野生の世界は弱肉強食。


 ただ本能に従って食うか食われるかの渦中に身を置く中では、必要以上な殺しは絶対にしない。


 自分を守るため、家族を守るため、ただ必死に生を全うする本能に従っているだけだからだ。


 しかし、俺が幼い頃に見た光景は違う。


 魔物たちは身を守るためでもなく、空腹を満たすためでもなく、ただ人間を蹂躙して殺すためだけに行動していた。


 その光景と目の前の光景が重なる。


 ならば俺のすることは決まっている。


 魔王ニーズヘッドを見つけ、今度こそ必ず奴を倒す。


 2度と他人に憑依して生まれ変わらないように。


 異世界に転移して逃げないように。


 魂魄の欠片も残さないほど徹底的に奴を倒すのだ。


 などと意を決したときだった。


 俺の耳にどこからか人間たちの悲鳴が聞こえてきた。


「ケンッ!」


「わかってる! お前もついてこい!」


 俺はそう言うなり、大勢の悲鳴が聞こえてきた場所へ疾駆する。


 大破した何台もの車が行く手を阻んでいたが関係ない。


 俺は大破した車を飛び越え、目的の場所へ一目散に向かう。


 はたして俺は目的の場所に到着した。


「いやああああああ」


「た、頼む! 助けてくれ!」


「嫌だ! 死にたくない!」


「神様……」


 そこには逃げ遅れた一般市民たちが、寄り添うように一塊になっていた。


 凶悪な魔物たちに囲まれている状態で――。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?