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お出まし(中編)

 ──え、あ?……は……?


 その光景を目の当たりにしたラグナは、ただただ困惑する他なかった。混乱せざるを得なかった。


 そんな状況下のラグナに、絶対的上位者の立場からライザーが言う。


「おいおい、流石にこればっかりは俺の気の所為とか、目の錯覚とかじゃあ……済ませねえよな?」


 口元を歪ませ、得意げになっているライザーであるが、今のラグナはそれどころではなかった。彼の発言に対して何か反応できる程の余裕など、とてもではないがありはしなかった。


 ライザーが指差すそれ・・に、ラグナは否応にも目が離せない。見たくなどないのに、ただそれ・・ばかりが徐々に、ラグナの視界を埋め尽くしていく。


 ──な、何で、こう……なって……?


 ラグナはわからない。理解できない。何故そうなっているのか、何故そうなったのか────その全てが、まるでわからなくて。理解不能で。


 認めたくはないが、決して受け入れたくはないが。他の誰のでもない、曲がりなりにも自分の身体であるというのに。


 ラグナには、どうしてそうなっているのかという、その変化・・の原因が、どうにも突き止められそうになくて。そんなラグナに、まるで言い聞かせるように。しかし優しさなど微塵も、一欠片程も込められていない声でライザーが言う。


「おっかしいなあ。俺の記憶だと、アンタのそこ……そんなんじゃ、なかったよなあ?一体全体、こいつぁどうなってやがんだあ?なあ?」


「……!」


 ライザーの言葉により、嫌でもラグナは認識させられる。やはり最初とはの様子が変わっているのだと、自覚させられてしまう。


 ライザーが指差して、指摘していたのは────ラグナの胸。もっと正確に言えば、その中央。その、先端部。


 そうじっくりと、詳しく眺めた覚えはないので定かではないが。ラグナの記憶によれば、己のそこは小さく、ほんのりとした薄い甘桃実ピィチにも似た色合いで────だがしかし、今はまるで虫に刺されたかのようにぷっくりと腫れ上がり、そしてピンと屹立し尖りを帯びていて。その色もまた、甘桃実の色からは遠くかけ離れた、それこそ甘桃実ではなく熟れた紅苺実ストリロベを彷彿とさせるような、赤い赤い真っ赤へと染められていた。


 もはや元の面影など微塵すらも感じられない、そのあまりの変容ぶりにラグナは面食らって、絶句して。到底何も言えそうにない。そんなラグナの様子を見兼ねたように、ライザーは言った。


「どうしてそうなってんのか、わからねえようなら……俺が教えてやるよ。」


 その言葉に親切心など、全く込められていない。込められていたのは、ひたすらな悪意だけ。追い込められるところまで、追い詰められるところまで。徹底的に、とことんそうしてやろうという、加減知らずな嗜虐心だけ。


 そしてライザーは、はっきりと。決して聞き逃さないよう、聞き逃させないよう一字一句、力を込めて丁寧に、ゆっくりと。ラグナにこう言った。


「アンタがからだ。俺みたいな男に胸を好き勝手滅茶苦茶にされて、なのにあろうことかそれでアンタは気持ち良くなっちまったっていう、紛うことなき証なんだぜ、それはよ。……ハハッ!ハハハッ!!」


 言い終えて、どうしようもなく。堪らなく愉快そうに大声で笑うライザー。しかし、そんな彼を不快だと思う程の余地は、もうラグナの心の中にはなかった。


 ──俺が、気持ち良く……なった?


 呆然と、ラグナはそう頭の中で反芻させる。させて、気がつけば無意識の内に閉じていた口を開き、言葉を零していた。


「そ、そんな訳……」


 だがラグナの声は何処までも震えていて、これ以上にない程に動揺していることは明白で。そしてそれを透かさずライザーは突く。


「そんな訳ねえって?それこそそんな訳がねえっつうんだよ!何せその有様が動かぬ証拠なんだからよお!しかもしかもだ、あくまでも俺が弄ってたのは片方だけだってのに……ビンビンじゃねえか!両方!!」


「ち、違う!違う、違う!俺は、あんなので……お前になんか!」


「違わない!何も違わないさ!男に自分の胸玩具みたいに扱われて悦がってましたって、これ以上ないくらいに一生懸命自己主張してんじゃあねえかよ!」


 もはや恥も外聞もかなぐり捨て、嫌々という風にラグナは頭を左右に振り、必死になってライザーの言葉を否定する。が、そんなラグナの反撃を容易く跳ね除け、負けじと彼も即座にそう言い返す。


 しかし、不覚ながらも。不本意ながらも、ラグナは


『アンタが気持ち良くなったからだ』


 ライザーにそう言われて、ああそういうことだったのかと。ラグナは納得してしまっていたのだ。


 ライザーに胸を揉み込まれ、捏ね繰り回され。その度に身体中に伝わっていたあの未知の感覚は、。そう、ただ方向性が少し違っていただけであれは、あれが女にとっての────性感だったのだ。


 男のものとはまるで異なっていた為に、ラグナは気づけなかった。自分が今までに経験したことのない感覚だと、勘違いを起こした。……けれど、ライザーの言葉によって、ラグナは気づかされてしまった。


 そのことが、その事実が。ラグナの心を苛み、そして蝕む。


 ──なってねえ。ライザーに……男に触られて、気持ち良くなんて、俺はなっちゃいねえ……!


 そう、懸命に。まるで己に言い聞かせように、心の中でラグナはそう呟く。だが、それは苦しい無理な言い訳であると、ラグナ自身が理解していた。


 ラグナとて、全くの無知という訳ではないのだ。女は興奮すれば、その反応の一つとして胸の先端がそうなることくらい、ラグナだって知っている。


 そして自分のものが今そうなっているのだから────つまりはそういうことなのだ。ライザーの言う通り、もはやそれがラグナが気持ち良くなってしまったことを証明する、立派な証拠の一つなのだ。


 ……だからこそ、ラグナはより必死になって、否定していた。自己防衛と言ってもいい。けれど、他者の目から見ればそれは────往生際の悪い、悪足掻きである。


 そしてそれはライザーが求めるものからは程遠く、彼が望むものとはまるで違う。


 だからライザーはラグナに言う。求めるものを得る為に、望むものを手に入れる為に。


「まあ認めない気ならそれでもいい。後に苦しい思いするのはアンタだからな。あ、それともう一つ言わせてもらうが」


 ラグナがその言葉に対して疑問を持つ暇もなく、ライザーはそう言い終えた直後、ラグナの耳元にまでその口を近づける。そしてそっと、囁きかけた。




「我慢なんてしないで声出せよ。……




 ──ッ!!


 鼓膜をライザーの声にすぐ近くで震わされ、ゾワゾワとまるで擽られたような感覚と。その言葉に口から心臓が飛び出そうな程の衝撃を受けて。ラグナは真紅の双眸を見開かせて、堪らず叫びかけた────直前。




 ギュゥッ──ライザーの両手が左右に分かれてラグナの胸まで伸ばされ、透かさず未だ屹立を保ちその存在を主張するそれを、親指と人差し指でそれぞれ摘み、そして間髪を容れずに、ほぼ同時に押し潰した。




「ひっんゃああああぁぁぁ……っ?!」


 瞬間、人体の中でも繊細かつ敏感であるそこを、遠慮容赦なく、そんな風にぞんざいに扱われたことによる痛みが先駆け。だがしかし、それも遅れてラグナの下腹部より発せられたあの感覚が、性感が。けれどさっきまでは明らかに違う、重たさと鈍たさを携え。そんな痛みなど、あっという間に軽く呑み込んでしまう。


 しかもそれだけに留まらず、それは瞬く間に全身の隅々にまで伝播した。かと思うと、すぐさまドクドクとした熱へと変わって。ラグナの血を煮え滾らせ、ラグナの身体を焦さんばかりに火照らせる。


 だが中でも一番凄まじいことになっていたのは、ラグナの脳内である。


 今、ラグナの脳内では幾筋もの閃光が激しく迸り、そして弾け散って。ラグナの頭の中を白く白く、真白に染め尽くして、さらに塗り潰していく。


 当然そんな状態で思考など到底、まともにできる訳もなく。ラグナは過剰なまでに刺激が強過ぎるその性感のなすがままに、ただただ振り回され、翻弄される他なかった。


 ──これあたまへんにっ、こんなのっおれしらな……っ!


 無理矢理に与えられた性感を受け止めてから、数秒後。せめてもの情けとでも言わんばかりに考えることを許されたのは、そんな最低限の形を成した言葉だけで。それでも必死になりながら、ラグナは未だ真っ白な頭の中に精一杯言葉を並べてみせる。そんなラグナを眼下に見下ろしながら、感心するようにライザーが言う。


「おーおー。これはまた最初の時よりも断然良い感じに啼けたもんだな。ああ、言い忘れていたがこの部屋魔法で外に音が漏れないようにしてあるから、安心して心置きなく、思う存分啼けよ。そうすりゃ俺ももっと……になれる」


 けれど、ライザーの言葉を聞ける程の余裕などラグナにはなく。ラグナは少しでも楽になろうと、性感から逃れようと無意識の内にその身を捩らせようとする。しかし、ライザーに覆い被さられている今、そんな些細で僅かな抵抗すらも許されることはなかった。


「とと……チッ、あんま暴れんなよ。うざってえ」


 忌々しそうに舌打ちした後、その苛立ちを噯にも隠すことなく曝け出しながら、ライザーはそう吐き捨て力任せにラグナを押さえつける。


「んぁゔ、んぅぅぅ……っ!」


 ほんの少しの身動きですら取ることを封じられ、だがその間にもジクジクと身体に熱が溜まっていく一方で。それを早くどうにかしなければ、今にでもラグナはどうにかなってしまいそうだった。


 ライザーに身体を押さえつけられている今、ラグナに許された唯一の行動は────声を出すこと。しかし、だからといって大口開いて衝動のままにみっともなく叫び散らすなんてことはラグナ自身が許せず。それでもこの性感と熱を声に乗せて口から吐き出さなければ、今すぐにでも気がおかしくなりそうなのも確かで。


 そこでラグナは、最低限吐息を出せるくらいまでに口を開き、辛く苦しく────それでいて何処か快感の色が見え隠れする、甘ったるい熱を帯びた呻きとも唸りとも取れる声を漏らすことで、なんとか妥協した。


 ……けれど、ラグナは気づいていない。ラグナは知らない。快楽に満ちて染まった、ある種陳腐であからさまな喘ぎ声よりも。男に触れられ刺激され、それではしたなくも気持ち良くなってしまい、だがそれを必死に誤魔化し隠そうと。いじらしくも懸命に唇を噛み締め、固く口を閉ざすが、それでも僅かばかりに、ほんの微かに漏れ出してしまう、くぐもったそういう声の方が。


 魅力的で、蠱惑的で。より男の欲情を掻き立て、劣情を催させるのだと。より強烈に、男を己の元に誘い込むのだと。


 そうとは気づかず知らず、瞳を閉じたまま声を漏らし身悶えるラグナ。その姿を眼下にして、己の加虐性サディズムを刺激されたライザーは獣の如く舌舐めずりする。


「んんっ……ふーっ、ふう、ぅぅぅ……っ」


 余すことなくライザーに見られていることも忘れて、数分は身悶えていたラグナだったが。ようやっと下腹部から発せられていた、あの堪えようもない性感が収まり。それと同時に全身という全身を蝕み侵していた熱も引いて、堪らず安堵の表情を浮かべながら、乱れに乱れてしまい荒くせざるを得なかった呼吸をなんとか落ち着かせる。


 そうして一分と数秒が過ぎた時、まず閉じていた瞳を開き。キッと潤んだ真紅の双眸で睨みつけながら、喉奥から倦怠感入り混じる声を、震わせながらも絞り出してラグナは言った。


「よくも、やりやがった……な。こんの、クソ野郎……!」


 回復したばかりの僅かな、なけなしの体力全てを使っての、ラグナにできる精一杯の悪態。強がり。だがそれは、当然ではあるが脆く弱々しい虚勢で、そしてそれを見抜けないライザーではない。


 得意げに口端を吊り上げ、内に秘めるその悪意を露出させんばかりに口元を歪めて、平然とライザーは言う。


「やってやったさ。手中の弱者をどうこう好き勝手にするのが、強者の特権だしな」


 ライザーの言い分は正当である。世界オヴィーリスの常は弱肉強食。それが覆しようのない絶対であり、揺るがない真理だ。


 しかし、確かにライザーの言い分は正当ではあったものの、それは酷く歪に、そして醜く捻じ曲がった正当性でもあった。


 すぐさまそのことを指摘してやりたいラグナであったが、生憎そんな余裕など持ち合わせている訳でもなく。そしてラグナには、それよりも先に、どうしてもライザーに対して問い詰めたい──というより、確かめたいことがあった。


 未だ僅かばかりに荒い呼吸を数度繰り返し、ラグナの体力が再びほんの少しだけ戻る。そうして、ラグナは口を開いた。


「……一つ、訊かせろ」


「何なりと」


 こちらを馬鹿にしていることを少しも隠そうとせずに、気取った口調で返したライザーに。


『我慢なんてしないで声出せよ。……最初の時みたいによお』


 その言葉を冷静に思い出しながら。その確かめたいことを、ラグナはライザーに訊いた。


「お前、聞こえてたのか?」


 何が、とは。ラグナは言わなかった。だが、それだけで十分で、ライザーは平然と答える。


「ええ、まあ。小鳥の囀りかと一瞬勘違いするくらいには、可愛らしい声でしたよ?」


「ッ……!!」


 嘲笑を添えながら、より馬鹿にする為だけの敬語でそう答えるライザー。そんな彼の全てがもはや、ラグナにとっては心底憎たらしい。


 込み上げる羞恥に顔を赤く染めさせながらも、唇を噛み締め、この恥辱の仕打ちをラグナは堪え忍ばんとする。けれども、まるで追い打ちをするかの如く、ライザーがさらに続ける。


「ちなみに何故聞こえていないふりをしていたのか……それはなあ、そうしたらアンタはどうするんだろうなって純粋に気になったからさ」


 ニヤニヤとしながら、心の底から楽しそうに、そして愉しそうに。ラグナを見下ろしながら、ライザーは言う。


「いやあ、思わずゾクゾクしちまったよ。聞こえてない訳がないってのに、聞こえていないって思い込んで。一生懸命になって声抑えて、我慢して、無駄な努力を続けるアンタの姿……最高さいっこうにいじらしくて健気だったなぁ」


 一体どうすれば、何を言えばラグナの精神を削れるのか。恐らく、そういったことで脳内を埋め尽くしているのだろう。そんな風に考えながら、せめてもの抵抗として。ラグナはライザーの言葉の刃から少しでも逃れようとした。が、その心境を見透かすように、ライザーはカッと目を見開かせ叫んだ。


「声は聞こえてたしそういうの全部諸々バレバレだったってのに、なあッ!?」


 そうして。頼まれてもいないというのに、訊かれてもいないことをベラベラと自分勝手に話し続け、話し終えて。ライザーはラグナをさらなる恥辱と屈辱の渦中へと、遠慮容赦なく突き落とすのだった。


 ──絶対ぜってぇ許さねえ……ッ!


 こんなろくでもない下衆に、どうしようもない男の手の平の上でまんまと踊らされたことを、一生の恥だと心に刻み込まれながら。ラグナはライザーへの憎悪を募らせる。……けれど、いくらこうして彼を恨もうとも、憎もうとも。今の自分では報復も何も、できやしない。


 できることといえば精々、散々募らせ溜め込んだ憎しみを乗せて、それこそ殺さんばかりに睨みつけ。


「…………はっ、それがどうしたってんだ。俺は別になんともねえっての。そっちこそ馬鹿みたいにほざいてやがれ、このお門違いの逆恨み野郎がよ」


 これ以上にない恨みをこれでもかと言葉に込めて、そう忌々しく吐き捨て、せめてもの抵抗としてライザーを謗り、挑発するだけである。


 たとえそれが大して効かないとわかっていても────だが、そんなラグナの予想とは裏腹に、ライザーは。


「……おい。おいおいおい、凄えな……こいつぁ、凄えよ。今、自分が置かれてる立場がわかってんのか?状況を理解できてんのか?その上でそんなくだらん挑発かましてんのなら……」


 瞬く間にその雰囲気を一変させ。そして、ゾッとする程昏い表情を浮かべすぐさまその手を動かした。


 ギュッ──さっきよりは弱く、しかしそれでもまだ強く、そして物を扱うかの如く乱暴に。再度ライザーの指がラグナの熟れに腫れ上がっている、少女としての風貌を色濃く残した、女と呼ぶにはまだ青いその容姿には似つかわしくない、淫靡な真っ赤に染まったその二つを挟み、そして押し潰す。


「ゔあ゛っ……!」


 その瞬間、まるで稲妻を受けたかのような衝撃が、ライザーの指によって押し潰されたそこを起点に、ラグナの全身に伝う。ビリビリとした痺れに襲われ、堪らず僅かに開かせてしまった口から悲鳴にも似た、くぐもった呻き声を漏らし。ラグナはその華奢な肩をビクンと跳ね上げさせた。


 そのラグナの様を見下ろしながら、低い声音でライザーが呟く。


「……心底腹が立つ。虫唾が走って、不愉快で仕方がない。本当に……本当ほんっとうにな」


 呟かれたライザーの言葉は、どうしようもない程に嘘偽りなく。そしてラグナに負けず劣らずの────憎悪と怨恨で満ちて、溢れていた。


 人が抱く中でも最上の、もはや闇よりも深く濃い漆黒の感情を携えながら。ライザーはさらにラグナを自分の思い通りに、責め立てる。


「第一、こんなんでそんなんになってるアンタに、何を言われたって何も響かねえんだよ。いい加減、それを理解しろよ。してくれよ。なぁ?……なあ!」


 うんざりとした様子でそう言いながら、押し潰したままのラグナのそれを。ライザーはグリグリと今度は磨り潰すかのように、指の腹で擦る。その刺激に、ラグナは堪らず声を上げてしまう。


「いぁあああ゛っ……それっ、やめぇ……ろお゛っ……!」


 ひっきりなしに、そして絶えず。ライザーがそうする限り、その刺激が引き起こす性感にラグナは悶絶してしまう。ビリビリと身体が痺れ続け、次第に何も考えられなくなってしまう。


 それがどうしようもない程に、ラグナは恐ろしくて、怖くて。だからこうして言葉を口に出せる内に、手遅れになる前に。ラグナは必死になって、ライザーに止めろと訴える。


 ……言ったところで、それにライザーが従う訳がないと半ば諦めながらも。だが、しかし。


「止めろって?ああ、わかった。じゃあ止めてやるよ」


 パッと。ラグナの予想とは裏腹に、驚く程あっさりとライザーは指を離し、弄んでいたそれを責め苦から解放した。


 ──っは……!?


 まさかの対応に戸惑いながらも、ようやっと辛苦に塗れた性感から逃れられたラグナは、すぐさま安堵する──────直前。




「なんてな」




 ピンッ──その一言と共に。離したその指で、ライザーは一切躊躇することなく、度重なる刺激によってこれ以上にない程に固く屹立したラグナのそれを。それも両方を勢いよく弾いてみせた。


「ん゛ひゅ……ッ?!」


 気がついた時には、ラグナは己の口から間の抜けた、素っ頓狂な声を上げていた。だが、それを恥ずかしいと思う暇も、与えられなかった。


 ライザーの指に弾かれ、数秒後。最初の時に感じたものと同質の、重たく鈍い性感がラグナの下腹部から込み上げて。そしてそれはまたしても、瞬く間にラグナの全身に伝播して。同じように、ドクドクとした熱に変わって。


 その熱が、ラグナの頭を灼く。熱に灼かれ、遅れて閃光が弾け迸る。そしてまた、ラグナは頭の中を無理矢理真白に染められ、塗り潰された。


 ──ま、たぁぁぁ゛ッ……!?


「んん゛ん゛っ、ぁぁうゔゔっ……!!」


 またもや今すぐにでもどうにかなってしまいそうになるのを、ラグナは死に物狂いで堪え切ろうと試みる。


 瞳を固く閉ざして、全身を強張らせ。まるで獣のような、それでいて他者の情欲を煽る艶かしさを孕んだ、濁った唸り声を漏らして。もう形振り構わずに、バラバラに飛び散りそうになっている意識を懸命に繋ぎ留める。


 現実にしてみれば、ほんの数十秒か数分のことだったかもしれない。けれど、ラグナにとっては永遠かと思える程の時間が過ぎ去り、ようやくラグナの身体から性感と、それにより併発された熱が引いた。


「は……ぁ……」


 もはやその音が聞こえない、殆ど意味を成さない、あまりにも弱々しい呼吸。そしてそんな呼吸すらもまともに繰り返すことができない程までに、ラグナは体力を消耗させられた。そんなラグナに、ライザーが言う。


「もう、認めてくださいよ」


 馬鹿にする為ではない、敬語で。感情らしい感情が込められていない、声で。


「言ってくれませんか。『俺はラグナ=アルティ=ブレイズじゃない。私は彼とは全くの別人の、か弱い少女です』……って。そう言ってくれれば、俺、止めますから。こんなくだらないことなんて」


 ライザーの要求は、ラグナの尊厳をこれでもかと貶し、踏み躙ったものだった。あまりにも身勝手に、そしてこれでもかと散々辱めておいて、彼は己の下衆を極めた最低最悪の行いを、くだらないことを宣った。


「…………」


 ラグナは、ライザーから顔を逸らし。何も言わず、沈黙する。


 ラグナからすれば、ライザーの要求は到底呑むことのできないものである。


 ……だがしかし、ライザーが言うこんなくだらないことから逃れたい気持ちも、ラグナには確かにあった。


 尊厳と解放。その二つを秤にかけて、ラグナは──────




「……クラハに、謝りやがれ……!」




 ──────その秤をぶち壊し、未だ涙が滲む瞳で、しかし気丈に真っ直ぐ睨みつけながら。そうはっきりと、ライザーに言い放った。


「…………はあ。そうですか」


 ラグナの言葉を受けて、ライザーは間を空けて深いため息を吐いた後、やけに抑揚のない声でそう返したかと思えば。スッと、ラグナを寝台ベッドに押さえつける為に下ろしていたその腰を上げ、ラグナの身体が離れようとする。


 そのライザーの行動はラグナにとっては不可解で、予想外で。一体どうしたのかと思った────次の瞬間。






「じゃあもうぶっ壊れろ」






 地の底、などでは到底表現し切れぬ低い声で言って。あまりにも禍々しく悍ましい雰囲気を一気に放ち。ライザーはラグナに迫り、そして。


 これまでのはまるでお遊びだったとでも言わんばかりの、隙など一切も見受けられない素早さに、僅かな抵抗すらも許さない容赦のなさで。


 左手をラグナの胸に真っ直ぐ伸ばし、過剰なまでに刺激され続け、痛々しい程に真っ赤に染まった上に肥大化してしまったその先端部を、さっきと同じように摘み、押し潰し────それから無慈悲にも抓り上げた。それもラグナの胸が吊り上がり、変形する程の勢いで。


 それとほぼ同時に、右手でラグナの残った片胸を乱雑に掴み、持ち上げて。ライザーは何の躊躇いもなく顔を近づけたかと思えば、もう片方と同様の有様となっているその先端部を迷わず咥え、歯を立てた。


 意外なことに、最初は何ともなかった。だが、それは所謂嵐前の静けさだということを────ラグナは知らなかった。


 ──……あ?あ、あっ?


 一拍置いて、ラグナを襲ったのは先端部に集中するジンジンとした激痛。だがすぐさまそれは、一瞬にして。


 ──ふあ゛、ひ、ぁあっ、ん゛あ゛あ゛あ゛っっっ???


 今までのはまるで嘘か冗談だったかと思える程の、凄まじく強烈で圧倒的な性感に呑み込まれた。


「〜〜〜〜ッ?!〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!」


 激痛を激痛として認識する間もなく、津波の如く押し寄せたその性感に、気がついた時には声にならない絶叫を、ラグナはその口から上げていた。


 ライザーの言葉通り、壊されてしまったように。ラグナはガクガクと全身を激しく痙攣させ。それだけに留まらず、背中を思い切り仰け反らせ、重石代わりになっていたライザーが離れたその分だけ腰を突き上げるように、跳ねさせて。


 そうして、抗うこともろくに許されず。あっという間に、ラグナの意識は真っ白な宙へ放り出された。

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