止まることはないのかと、そう思わず危惧するくらいにはラグナの痙攣は続いて。しかし、物事の全てには等しく終わりがあるように、ラグナのそれも終着を辿る。
もはや呻きにもならない、声と呼べない声を漏らして。身体の痙攣が止まったラグナは、そのまま完全に脱力してしまったように、
「……気ぃやって、気ぃ失ったか」
淡々とそう独り言を呟いて。ぐったりとし、起き上がる様子など皆無であるラグナを、ライザーは俯瞰する。
上から下まで。頭の天辺から、足の爪先まで。じっくりと、まるで舐め回すかのように。
時間にしてみれば、数分のこと。そうして寝台に横たわるラグナの身体を眺め、ライザーは不意に片手を振り上げたかと思えば、そのまま顔へとやる。顔半分を覆い隠し、そして彼は天井を仰いだ。
金色の右目と、指の隙間から覗かせる左目で。薄汚れたその天井を見つめながら、ライザーは呆然と振り返る。
『クラハに謝れ、ライザー』
『昨日のあれがクラハに対する仕返しのつもりだとしたら、ただの逆恨みだ。クラハは何も悪くない』
『クラハが俺の後輩で、俺はクラハの先輩だからだ。それ以外の理由なんて、ねえよ』
『絶対の絶対にお前をクラハに謝らせてやるッ!!ライザァァァアアアッッッ!!!!』
それらの言葉を、今さらながらに振り返り。ライザーは独り言を吐き捨てる。
「クラハ、クラハと馬鹿の一つ覚えみたいに言いやがって」
果たしてその声に含まれていたのは、嫉妬か。それとも────
顔半分を覆い隠していたライザーの手が、だらりと垂れ落ちる。それから彼は天井を見上げることを止め、再びラグナの方へとその視線をやった。
感情を上手く読み取れない無表情を浮かべながら、ゆっくりとライザーは寝台に近づく。ラグナの元に、歩み寄る。
その途中、またしても先程までの記憶を────ラグナに対して行った、己の仕打ちを、漠然とした思いで振り返りながら。
ライザーの脳裏で想起されるのは──────あの、真紅の瞳。
一体どれだけ屈辱を与えられようが。一体どれだけ恥辱を受けようが。一体どれだけ矜持を穢されようが。
いくら謗られようと、いくら否定されようと。結局、変わることはなかった。それだけは、相も変わらず────元のままだった。
今の自分はもはや女であると、これ以上にない程に。徹底的に教え込んでも。執拗に叩き込んでも。その瞳は元のまま、輝いていた。煌めいていた。透き通って綺麗によく見える奥底に、赤々とした炎を。鮮烈なまでに、美麗に逆巻かせていた。
その勢いを少しも弱めることなく。僅かに鎮めさせることもなく。気を失う寸前の、最後の最後まで。
ライザーはそれがどうにも、どうしようもない程に。受け入れられなかった。認められなかった。看過できなかった。赦せなかった。
何故ならば。もし、それを受け入れてしまえば。認めてしまえば。看過してしまえば。赦してしまえば。ライザーは──────
だから、ライザーはそうする訳にはいかなかった。そうなることを、恐れていたのだから。
実のところ、知らず知らずの内に。ラグナは追い詰めていたのだ。先輩として後輩を慮る気持ちから、決して屈しはしないという姿勢を。無駄と嘲笑われ一蹴された、精一杯の抵抗を。それらをああして、最後の最後まで貫き通したことで、ラグナはライザーを追い詰めていた。彼に焦燥を抱かせ、その心から余裕を奪っていたのだ。
──俺は受け入れない。認めない。看過しない。赦さない。
苛立ちによって、度を越して加速し続ける焦燥に駆られながら。それを必死に抑えようと、取り繕うことを試みて。だが到底それはできそうにないと、瞬時に諦めて。
過ぎ去る秒の中で目紛しく変化する激情の最中、やがてライザーは辿り着く。寝台のすぐ側。この手を伸ばせば、未だ意識を手放しているラグナに届く、その距離にまで。
「……」
ライザーは恐れていた。憧憬の消失を。目標の消滅を。
だから、絶対にそうする訳にはいかなかった。だからこそ、それを阻止する為にライザーは躍起になっていた。
ライザーは激しく、熱烈に欲していた。揺るがない事実を。覆せない現実を。だからこそ、言わせたかった。
『俺はラグナ=アルティ=ブレイズじゃない。私は彼とは全くの別人の、か弱い少女です』
その姿で、その顔で、その声で。そう言ってほしかった。そうすれば、ああそうかと。そうなんだと。
今自分の目の前にいるのは、
別人であるという事実を。その現実を。手にすることが、できただろうから。
……だが、しかし。返されたのは──────
『……クラハに、謝りやがれ……!』
──────という、まさに憧憬と目標そのものだった。
あの時は、どうにかなってしまいそうだった。失望した
自分の憧憬が、目標が。こんな非力で、無力で、そしてか弱い存在になってしまったんだと。それが嘘偽りのない正真正銘の真実を帯びた、揺るがない事実と覆せない現実だと、眼前に突きつけられて。思考で理解させられた。
追い求めた
であれば、自分にはあと何が────残されているというのか。
「…………おい、おいおいおい。何だよ、まだ残ってたじゃねえか」
数分黙り込んでいた後に、不意にライザーがそう呟く。呟いて、だらりと力なくぶら下げていた腕を、ゆっくりと振り上げる。
「けど、さあ……だからって、こんなのはあんまりだ
……本当の本当にあんまりだあ。もはやこれしか残されてないとか……いや、本当に……ハハ、ハハハ」
気がつけば、先程まで無表情だったライザーの顔には、笑みが浮かんでいた。だがそれは狂った人間の、壊れた笑みであった。
「いらねえよ。こんなん」
そうしてライザーは手を伸ばす。ゆっくりと、ラグナへと。ラグナの、股間部辺りの生地が色濃くなって、その上若干の湿り気を帯びている、ショートパンツへと。
「でもなあ、いらないからってただ捨てんのもつまんねえからなあ。どうせ捨てんなら、もう元通りに戻せないくらいに……壊す。壊してやる」
そしてライザーの手が届く────────直前。
バガァンッ──凄まじい音を立てて、この部屋の扉が吹っ飛んだ。扉は宙を泳ぎ、吹き飛んだその勢いのまま、壁に激突して。そして無惨にもそこら中に亀裂を走らせ、扉は木っ端微塵に砕け、その破片が床に散らばった。
「……やっとかよ」
ラグナのショートパンツにかける直前で手を止めて、呆れたようにライザーはそう呟くと。
ニイッ、と。口元を酷く歪に吊り上げ、より一層笑みを壊して。ゆっくりと、背後を振り返って。
「ようやっと、お出ましかよ」