「とびっきりの朗報って奴だぜ。この群れ……
ロックスさんの報告により、この場の空気が凍りつく。戦慄、そして沈黙に包まれ、誰もが押し黙る最中。最初に口を開かせたのは、やはりというかジョニィさんであった。
「特異個体……だと?そりゃ本当なのか、ロックス?」
俄には信じ難いという様子なジョニィさんから訊ねられ、依然双眼鏡を覗き込んだままにロックスさんが答える。
「この期に及んで嘘なんか吐いたって仕方ないですって。……つっても、これが嘘だったら俺もありがたかったんですがね全く」
「おいロックス、双眼鏡貸せ」
「いや、もうその必要はなくなりそうですぜ。……直に見えますんで」
ロックスさんがそう言うや否や────彼の言葉通り、もはや双眼鏡などなくとも、その姿をこの目で見て捉えることが可能になった。
「……なるほど。確かにありゃ、特異個体に違いねえな」
その姿を目の当たりにしたジョニィさんが、冷静にそう呟く。俺もまた呆然と件の特異個体、それも生まれて初めて実際に目にする特異個体の姿を目の当たりにする。
「あれが、デッドリーベアの特異個体……」
無数のデッドリーベアを従え、このヴィブロ平原を越えようとしているその特異個体の姿は、まさに異形で異様であった。
通常個体よりも一回り、二回りはあろうかという巨躯。通常個体よりもずっと、ずっと濃い赤茶色の毛皮。大木の丸太よりも極太で強靭な双巨腕を包む毛皮は色深く、色濃く、もはや赤茶ではなく血と表現すべき色に染まり切って、また硬化でもしているのか非常に刺々しい見た目となっており、もはやその血色の剛毛皮に包まれた腕を雑に振り回すだけで、当たるもの全てを容易く粉砕できるだろう凶器と化している。
そして何よりも異形で、異様な頭部。別に顔つきが通常個体からかけ離れている訳でも、また腕を包む毛皮のように、独自の発達を遂げていた訳でもない。
強いて言うならば────
「おいおい、何なんだあのご立派な
「そうだとしても、相当趣味が悪い奇抜なお洒落なんだよ」
そう、
「まあ何はともあれ、こんなの想定外ですぜ
「まあ、そうだろうな」
「んじゃどうします?俺たちはあくまでもデッドリーベアの群れが相手だって聞いて、ここへ馳せ参じたんですぜ。……このまま続けるか、それとも退くか。さあ、どうします我らが『夜明けの陽』隊長?」
ロックさんの物言いは、まるで探るかのような、試しているかのようなもので。また今浮かべている彼の表情は、俺が初めて目にするものだった。
──この人、こんな真剣な表情もできたんだな……。
『夜明けの陽』は
そしてまた、ロックスさんに決断を迫られているジョニィさんもそうだった。ヴィブロ平原を越える為に突き進み続けるデッドリーベアの群れ、そしてそれを先導する目下の
その表情のまま、ふとジョニィさんが小さく、静かに呟く。
「来るぞ」
その瞬間────ヴィブロ平原の地に異変が起こる。突如として、青々しい緑草に覆われている広大な大地が、隆起した。
ボゴボゴッ──散り散りとなった緑草と舞い上がった土煙が風に流され、飛ばされる。その最中、地中から突き出るようにして現れたのは、無数の
「こ、これは……!?」
予想だにしない光景を目の前にして、俺は堪らず驚愕と動揺の声を漏らす。だが、そんな俺とは違って、『夜明けの陽』の面々は毅然と、堂々としていた。
「へえ。ここ、岩石兵と土人形の縄張りだったんだよ」
「みたいだなッ!」
「デッドリーベアの群れと、自然系
「……いや。まだだ」
と、口々に言い合う他の
ボゴボゴッボゴンッゴゴゴゴッ──岩石兵と土人形の前方で、一際激しく大地が隆起し、岩を飲んだ大量の土塊が噴出する。かと思えば、噴出したその土塊は生物めいた脈動を始めながら四方へ蠢き、そして一気に中心へと凝縮。直後、破裂した。
「なっ……え……?」
あまりにも現実からかけ離れたその光景を前に、ひたすら困惑と混乱の声を俺が漏らす中。『夜明けの陽』は無言でそれを眺めていた。
破裂した蠢く土塊は、人形を模していた。地面が抉れ、周囲に転がる岩が崩れ、宙へ撒き散らされた土がその人形に集中し、肉付けするかのように纏わりついていく。
そうして──────そこに立っていたのは、見上げなければその全貌を把握できない程の、岩と石と土の巨人であった。
「こいつは驚きだ。まさか
と、何故か楽しそうに言うジョニィさんであったが……俺は彼と違い、ただただ固まる他ないでいた。
──岩石土巨兵って、正真正銘本物の〝絶滅級〟魔物じゃないか……!!
岩石土巨兵。最下位種である土人形から長い年月経て、その身にそれ相応の
〝絶滅級〟という危険度が指し示す通り、その強固堅牢な巨拳を一度振り下ろせば、大地を砕き割り、大地震を引き起こし、結果周囲に甚大な被害を齎す。その出現が確認されたのならば、最優先で複数の
「異常事態も異常事態。とびっきりのイカれ具合だ。さあ、デッドリーベアか自然系魔物か……果たして、どっちになるんだろうな」
依然余裕綽々で楽しんでいる様子でジョニィさんが呟く最中、いよいよ────