「異常事態も異常事態。とびっきりのイカれ具合だ。さあ、デッドリーベアか自然系魔物か……果たして、どっちになるんだろうな」
と、依然余裕綽々に、何処か面白んで楽しむように。ジョニィさんがそう呟いて、そうしてその時はとうとう、遂に訪れることとなる。
離れた木陰から俺たちが見ている最中で、デッドリーベア陣営と
今の今までヴィブロ平原を激走し、突き進んでいたデッドリーベアの群れがそこで止まる。瞬間、ヴィブロ平原全体に激震の緊張感が走り、すぐさま異様な雰囲気に包まれる。
デッドリーベアの群れと自然系
と、そこでここまで四足歩行だったデッドリーベアの特異個体が、ゆっくりと悠然に立ち上がる。巨体も巨体────それでも、対面する岩石土巨兵の方がまだ巨大。
見上げる特異個体。見下す岩石土巨兵。それぞれ率い、束ねる同胞たちが静かに見守る最中────その瞬間は、突然のことだった。
岩石土巨兵が巨拳を振り上げ、その巨拳をすぐさま振り下ろす。その一撃を放つ相手は、無論特異個体。そしてその巨大さに些か見合わない素早さと速度で、巨拳は特異個体へと伸し掛かった。
ドゴンッ──激突の瞬間、その場が二度三度に渡って陥没し。波状の形でクレーターは発生し。ここら一帯の大地を丸ごと揺らしてみせた。
静寂が流れる。それは数秒、十数秒と続いた。そして──────
「ッ!」
──────振り下ろされた岩石土巨兵の巨拳に亀裂が駆け抜け。それは瞬く間に腕全体にまで及んで、直後儚く、盛大に砕け散ってしまった。
ボロボロと、ついさっきまでは腕であったはずのそれが崩れ去り、ただの岩と石と土に化していく最中。押し潰されたかに思われていた特異個体は依然健在の様相で至って平然と佇んでおり、それから堪らずその場から一歩引き下がった岩石土巨兵へ詰め寄る。
「ガアアアアアアアアッ!」
という、雄叫びと共に。特異個体は一気に跳躍し、まるでお返しだと言わんばかりに血色の剛棘毛に包まれた巨腕を、岩石土巨兵の脳天から振り落とす。
並の物理攻撃はおろか、魔法も受け付けない強度を誇る岩石土巨兵。しかし特異個体の鉤爪が頭頂部に触れたその瞬間、まるでボロ紙でも破り裂くかのように容易く呆気なく、断ち砕かれて。そして数秒の間に、岩石土巨兵の巨体の上から下まで、特異個体の鉤爪が一気に通過した。
岩石土巨兵は硬直していたかと思うと、不意に何か
その塊を踏みつけ、勝利をその手に収めた特異個体が雄叫びを天に向かって響かせる。
「ガアアアアアアアアッ!!」
瞬間、
「ガアアアアアアアアッ!」
特異個体が
それは謂わば、残党狩りであった。束ねていた
そうしてものの数分の間────そこに広がっていたのは、徹底的に打ち砕かれに打ち砕かれ、もはやただの岩と石と土に還った残骸だけであった。
「ガアアアアアアアアッッッ!!!」
敵対勢力をあっという間に殲滅し壊滅せしめたデッドリーベア陣営が、一際激しい雄叫びを天に向かって放つ。それはさながら、我らに敵なし阻む存在もなしと、意気揚々に謳っているかのようだった。
前代未聞の、まさかの魔物同士の抗争を見終えて。何も言えないで立ち尽くす俺を他所に、ジョニィさんがその口を開かせる。
「って訳だ。当然と言えば当然の話だが、あのデッドリーベアの群れ……いや、〝絶滅級〟上位相当に値するだろうあの
と、言うや否や我先にと、【
「ライザー。こいつはとんでもない共同作業になっちまったが……やってくれるな?」
まるで試すようなジョニィさんの言葉に、俺もまた得物である剣の柄を握り締め、鞘から一気に抜き放ち。そして答える。
「ええ。不足の事態、流石に動揺せざるを得ないですが……だからと言って、ここで引き退がりでもしたら、俺は俺の憧れに顔向けできなくなる」
「……ハハッ!やっぱりお前は『
俺とジョニィさんは互いに笑い合い、そして特異個体率いるデッドリーベアの群れに、得物の切先を向けた。
「いやあ、久々に良い運動になったな。なあ、お前ら?」
「よくもまあ言ってくれるぜッ!
「はいはい。今回復魔法使ってあげるから、さっさと機嫌を直すんだよ」
「いやセイラ……仕方なさそうにそう言ってるがな、お前が一番ベンドのこと都合の良い肉盾扱いしてたよな……?」
「え?私、
「……ああ、そうか。そうだな、もういいや」
……という、ある種仲間同士打ち解け合っている会話を耳にしながら、俺は空を見上げていた。見上げて、デッドリーベアの
──実際戦ってみれば、そう大したことはなかったな。……それとも、俺の実力が増したんだろうか。
「突然こっちの
「いえ、気にしないでください。俺も『
未だ打ち解け合っている者同士特有の、何の遠慮も気遣いも皆無な会話を繰り広げる三人を放って。斃した特異個体の赤毛を片手に俺の方まで歩み寄り、ジョニィさんが言葉をかけてくる。対し、俺もまた最初の頃に比べて
「にしても、まあ当然と言えば当然のことなんだろうが、お前も随分と慣れたモンだよなあ。最初のガチガチだった時が今や懐かしいぜ」
「ははは……そりゃそうですよ。だって────一年、経ってるんですから」
そう言って、俺は軽く笑ってみせる。
……そう、あの日から今日まで。俺が『大翼の不死鳥』所属の《S》冒険者となってから。シャロと過ごしたあの一夜から────既にもう、一年が過ぎていた。