こうして『
まず一番最初にぶち当たった壁が、何を隠そう『
別に直前になってやっぱり着たくないだとか、土壇場になってそもそも受付嬢として働きたくないだとか。そういった文句をラグナが言い出した訳ではない。たとえ女になろうと、その本質までは変わっていないと自負するラグナ=アルティ=ブレイズが、そんな半端で往生際の悪い文句を言う訳がない。
ただ、いざ実際に制服を着てみて────ラグナは二十六年と歩み進んできたこの人生の中で、初めて味わう猛烈にして痛烈な
『大翼の不死鳥』の受付嬢の制服が似合っていない訳ではない。その点はむしろ逆────思わず嫉妬してしまう程に、何の不自然さもなく似合っていると。メルネから抜群の評価を貰っているし。なんなら彼女以外の、今や同僚と呼ぶべき他の受付嬢たちからも似合っていると言われた。……まあだからとて、それを素直に喜べないラグナがいるのだが。
それはともかく。ではラグナの言う、その如何ともし難い相違感とは一体何か────スカート、であった。そう、それはスカートだったのである。
如何に、そしてどれ程の躊躇いを経た上で。ラグナが人生初のスカート
「…………」
今、ラグナはそれを眺めていた。主に『
──……女物の、服……。
と、心の中で躊躇いの色が濃い呟きを漏らすラグナ。しかしまあ、それも当然だ。当たり前のことだ。
何せラグナは、元は歴とした男。正真正銘の、至って健全な男だった。なのでスカートなんてものを穿いたことは一度だってありはしないし、また女装癖など持ち合わせていないので穿きたいなどとは一度たりとも、微塵にも思ったことはない。
しかし、今のような有様に────こんな少女となってしまってから今日に至るまで。大変不本意極まりなかったが、諸々の事情により致し方なく女物の衣服の袖に腕を通していたラグナだが。
女物であることには……まあ違いないだろうが。それでも飾り気のない白のブラウスと女っ気のないショートパンツという。およそ
……それに、別にラグナは知らなかった訳ではない。『
スカートなど、やはり自ら進んで穿きたくはない────というのが隠しようのない、どうしようもないラグナの本音である。
けれど、今やそんな
そうしていよいよ遂に、ラグナは────────スカートに足を通して、腰辺りにまで引き上げて、穿いた。
──っ……!?
いざ穿いてみて、ほんの十数秒後。ラグナが真っ先に感じたのは────何とも言えない、心許なさと。果たしてこれで大丈夫なのかと思わずにはいられない、不安だった。
服を着ているはずなのに
──こ、これ、ちょ……っ。
特にラグナが堪えたのは足の、否、股の間を通り抜ける空気の感触。身動き一つ取る度に、
別に顔とか腕とか、まあ多少擽ったいが首筋だとかはまだいい。それらは男の時にでも味わったことのあるものだ。それこそもはやどうとも思わない、感じて当たり前、感じて当然の感触というものだ。
……しかし、
男の時はズボンだった。女になってもショートパンツを穿いていた。それ故に、ラグナにとってそれはまさに未知の感触。初めての体験────初体験。
そう、ラグナは今初めて露出させた。足先、脹脛、太腿
これがもし、まだ丈の長いロングスカートであったのなら。多少、幾分かはマシだったのだろう。然程、空気の流れを感じることは少なかったのだろう。
そう、これがロングスカート
なので、空気の流れを否応に感じてしまうのは至極当然の話というもので。それが露出されている素肌ならばなおさらで。そしてその場所も普段は布で覆われているのだから、鋭敏になるのもまあ、もはや仕方のないこと。……と、簡単にあっさりと自らを納得させることができたのなら、ラグナも苦労しない。
……実のところ、このスカートを手に取り改めて眺めた時。ラグナはその疑問を抱いた。果たしてこれは、服
そう、ラグナは思わずにはいられず。そんな疑問を抱いたままこうして穿いてみた結果、ラグナはこの確信を得た。
こんなもの、ただ一枚の薄布にしか過ぎない────という確信を。
──お、女共はよくこんなの穿いてて平気な顔してられるな……!
と、心の中で吐き捨てるように呟きながら。ギュッと、ラグナは両手でスカートを押さえる。こうでもしていないと、いつまで経ってもスースーして落ち着かないので。
というか、何故下着姿や全裸だと大して気にもならないのに、どうしてこんな布切れを。たかが一枚穿いただけで。
こうも空気の流れが妙に気になってしまうのか。太腿、股座の間を通り抜ける空気の感触に
──いや、てか無理。
顔を薄ら赤く染めさせ、無意識の内にラグナはもじつく。……まあ、そもそも。一週間と数日前までは大の男であったラグナに。いきなりこんなミニスカートを相手させるというのは、少々酷な話である。
だがしかし、それでも。ラグナは着替えた。その心に抵抗と躊躇を未だ残しながらも、とうとうラグナは自らの意志で女物の衣服に身を包み込んだのだ。
「……」
何を考え、思うでもなく。気を紛らわすように、気分を誤魔化すように。ラグナはただ視線をそこらへ流し、泳がし。そしてその末に、
それは────鏡だった。
ここは受付嬢専用の、女性の更衣室だ。だからこういったものが置かれていても別に不自然ではないし、というか置いてあることの方が当然とでも言うべきで。
普段のラグナであれば、そんな姿見など気にも留めなかっただろう。何の変哲もない鏡だと、そう思いそう一蹴して、気にかけることなどありはしなかったはずであろう。
……しかしそれはあくまでも、
魔が差したのか、はたまたどうかしてしまったのか。ラグナ自身、それはわからない。……わからないが、それでも強いて言うのなら。掘り下げるのであれば────
まあ、いずれにせよ。まあどちらにせよ。姿見を発見したラグナは、ふと思った。
──どんな、感じなんだろ……?
恐怖にも似た好奇をその胸に抱えながら、ラグナは一歩を踏み出し。続けて二歩、三歩と進み。
そうして遂に、前にまで来た。その姿見の前へと、ラグナは辿り着いた。そして、見た。姿見が全てを余すことなく映し出している
「…………う、わ……ぁ」
第一に、口からそんな声を漏らし────────
──女、だ。女だ、今の俺……。
────────第二に、心からそう思った。