無論、言うまでもなく。最初は抵抗があった。今の自分にでもできることはないのだろうかと訊ねておいて、あまりにも身勝手過ぎるというのは重々承知していた。
……けれど、やはり────
「じゃあ……『
────という、メルネの提案に対しては。ラグナは抵抗を覚えられずにはいられなかった。
今まで何度も繰り返し、重ねて強調してきたことであるが。そもそも、ラグナは男だ。
故に、ラグナは抵抗を覚えられずにはいられなかった。男の自分が受付嬢の制服を着て、男の自分が受付嬢として働くことなど────到底、許容できるものではなかった。
……と、
──……俺が、受付嬢として働く。『
色々な出来事があった。色々な出来事があり過ぎて、そして一気に重なり過ぎて。その結果、ラグナの
常人であったら間違いなく木っ端微塵に砕け散り、そしてもう二度と修復することは叶わなかっただろう。ラグナだからこそ、他の誰でもないラグナ=アルティ=ブレイズだったからこそ。その精神はまだ、辛うじて元の
しかしそれも、もはや風前の灯火。虫の息で、それこそ指先で軽く小突いてやるだけで。呆気なく、一気に瓦解して崩壊する。そのようなところまで、ラグナの精神は────心は追い詰められていた。
…………だというのに。だった、というのに。
『つまり……
『止めてくださいよ。僕を
『だから、僕の為だとか……軽々しく言わないでくださいよ』
『今の先輩が僕の為に、一体何ができるっていうんですか。……僕の知っているラグナ先輩じゃない、今の
それは一切容赦のない追い打ちだった。それは僅かな躊躇いもない駄目押しだった。そして何よりも堪えたのは────────
『……はい。さようなら、
────────それだった。それが止めとなり、決定打になった。
こうしてラグナの精神は砕かれた。そうしてラグナの心は壊された。無残に粉砕された上で、残酷に破壊されたのだった。
普通だったら狂いもしたのだろう。普通だったら廃もしていたのだろう。けれど、ラグナは違った。ラグナは狂人にも、廃人にもなれなかった。
精神は砕けた。心は壊れた────それでも、ラグナは
不憫にもラグナは狂わなかった。不幸にもラグナは廃さなかった
狂人にしろ、廃人にしろ。どちらにせよ、なってしまえば。その末に待つのは破滅に違いないが────それでも、ラグナにとっては地獄と何ら変わりのないこの現状から、抜け出せる手段であることは間違いなく。けれども、しかし。
先程も言った通り、ラグナの精神と心は強靭で。そこだけは男でも女であっても変わらない部分で。だが、今回ばかりはそれが逆に働いてしまった。
砕けても、壊れても。それでもなお、
故に逃げることを許されず。故に楽になることを赦されず。ラグナは、この生き地獄と真正面から向き合うことを強いられた。
……だがそれはあまりにも酷で。理不尽で。そして無理難題にも程があって。
逃げたいと思わずにはいられなかった。楽になってしまいと思わずにはいられないでいた。だから、ラグナは一考してしまった。ラグナは想像してみてしまった。
『
──…………。
それは在り得ざる想像の景色。それは在ってはならない、想像の風景。何故なら、もしそれが想像から現実へと成ったその時、自分は……。
「……あ、あはは!私ったら、何言ってるの。ごめんなさいラグナ、私がさっき言ったことは全部忘れて頂戴。……その、こんなこと言い出して本当にごめんなさいね。私、ラグナのこと何も考えず、こんな」
黙り込んでいたラグナに、メルネが慌ててそう告げる。彼女に落ち度など、何一つとしてないというのに。
そう思いながら、黙り込んでいたラグナは、閉じていたその口をようやっと開かせる。
「メルネ」
抵抗はあった。躊躇いもあった。当然だ。今はたとえ誰もがそうであると認めてしまう、少女でも。花も恥じらう乙女であろうとも。
ラグナはラグナである。世界最強の《SS》
……けれど、そんなラグナの頭の中であの言葉が響く。
『今の先輩が僕の為に、一体何ができるっていうんですか。……僕の知っているラグナ先輩じゃない、今の
その声が響く。軽蔑と侮蔑、失望と絶望という四つの負の感情が複雑に入り乱れた表情が、瞼の脳裏に浮かび上がってくる。
それがどれだけ苦しいか。どれだけ、辛いのか。こればかりは────ラグナにしかわからない。そしてラグナは、その末にこう口に出した。
「やる……よ。俺、それやるよ」
──それが今の俺にでもできることなんだから……。
そう、心の中で呟きながら。