ズドッ──何の比喩でもなく、鋼の硬度を容易く上回るロンベルの筋肉の、常識から外れた強度を。しかしクラハの拳はそれを意に介さず物ともしないで、真っ向から文字通り打ち破り。彼の鳩尾に深々と突き立てられたのだった。
「お゛お゛ッ……ごぉ、こっ……ッ!!」
急所を突かれ、肺に残っていた空気を絞り出され。眼窩からそのまま丸ごと零れ落ちるのではないのかと思う程に、目を見開かせるロンベル。やがて、次第に彼の身体が激しく、尋常ではない勢いで震え出したところで。クラハは彼の鳩尾に突き立てていた己の拳を、ゆっくりと引き抜いた。
「ぉごひゅっ」
と、声にならない声を漏らし。ロンベルは崩れ落ちるように、力なくその場に両膝を突かせる。
「ばっ、ぁがっ……はあ、はあぁぁ゛……ッ」
顔中に脂汗を浮かばせ、口から血混じりの涎を絶え間なく垂れ流し、ひっきりなしに目を泳がせて。しかし、それでもロンベルの意識が途絶えることはなかった。
そんな彼を、クラハは無言で黙ったまま、静かに見下ろす────と、その時であった。
「まぁ、だあああああ!!!終わら、ねええええええええッ!!!」
突如、地面に両膝を置かせたまま。ロンベルは顔を上げ、鬼気迫る表情で。何もしないでただこちらのことを見下ろしているだけのクラハを下から睨みつけ、薄ら赤い涎を吐き散らしながら、まるで地獄の底から呻くようにそう叫び。そして有無を言わせず再度腕を振り上げる────寸前。
べキャッ──ロンベルの顔面を、クラハの膝が。鋭く
「べげっ」
まるで馬車に轢き潰された蛙のような。そんな何処か間抜けで情けない声と共に。ロンベルは堪らず倒れて、背中を地面に思い切り、勢いよく叩きつける。
「……ぼ、っ……ぉ、ご、こ……」
口から血の混じった泡を吹き出すロンベルであるが、驚くべきことにそれでも尚、彼は意識を保っていた。目を見張るべき、驚異的な
もはや意識をただ保ち、維持するだけで精一杯となり。その場から動くことも、地面から身体を起こすこともできないでいるロンベル。そんな彼を依然見下ろしながら、クラハは一歩前へ踏み出し。そうして、徐に足を振り上げ、彼の────股間の上に翳すのだった。
これから一体何をする気なのか。朦朧とし始めた意識の只中で、せめてもとクラハの一挙手一投足に目を離さないと決め込むロンベルを他所に。クラハは翳していたその足を、静かに、そっと。彼の股間に下ろす。
その時点で、察しの良い者であれば。クラハが行おうとしているその所業を、大方把握してしまうだろう。把握し、己に待ち受ける末路を理解してしまい。その誰もが背筋を凍らせるような恐怖に抱かれることだろう。
そしてロンベルもまた、その内の一人であり。手足を振るうことも、指一本ですらも動かせそうにない彼は。自らが決して逃れられないことを重々承知しながら、それでもどうにかその恐怖を誤魔化そうと、顔を引き攣らせながらに叫ぶ。
「や、やれよ……やってみろよこの
恐怖に屈することなく、語気を荒げて気丈に振る舞うロンベルだが。しかし、それが己に残されたほんの僅か、なけなしの
そんな、ロンベルの安い挑発に。クラハは憤慨することもなく平然としたまま、徐々に。彼の股間の上に乗せた自分の足を、沈ませ始めた。
予想が的中し、恐れている想像がゆっくりと実現するのを。だんだんとはっきりしていくクラハの履く靴の裏側の感触と、増していくその重みが。否応にも、望んでいないにも関わらず、ロンベルに伝える。
──ち、畜生が……!
身体の方はもう然程問題はない。だが、まだ手足に上手く力が入りそうにない。幸い時間を稼ごうとしなくても、当のクラハに急ごうとする気がないことだけが。現状ロンベルにとって唯一の救いであり────他とない、二度は訪れないであろう千載一遇の
──落ち着け、落ち着け……落ち着けよ、俺……っ!
決して焦らず、決して慌てず。忍び寄り、着実に迫り来ている恐怖に。必死に抗いながら、
そして機を見るに
「まっ、待て!待てちょっと待て!待ってくれ!」
先程見せた強気と気概は何処へやら、情けなくも弱々しく震えた声で。男にとっては死も同然たる所業を、わざとらしい程に遅くゆっくりと行おうとしているクラハに。恥も外聞もかなぐり捨てて、ロンベルは命乞い
「わ、悪かった!俺が悪かったっ!もうこんなことは二度としねえ!あの嬢ちゃん……ブレイズさんに手は出さねえし近づきもしねえよおっ!だ、だから勘弁、勘弁してくれ……っ!」
側から見ればみっともない、無様極まりない姿を。こともあろうにクラハの眼前で晒すロンベル。しかし、それでクラハが止まることはなく。やがて、自身の
「怪物ッ!
金色の怪物────その単語を耳にした瞬間、クラハが固まった。
「へ……へへ……そ、そうだよなあ。そうなるよなあ……お前は『
「……」
ロンベルは気づかない。急死に一生を経た末に、どうにか掴んでみせた
ほんの僅かに、不快そうに歪んだことに。
──やっぱ、お前はどうしようもねえ……。
そのことに気がつかないまま、ロンベルはクラハに言う。
「んじゃあ俺の言う通りにしてもらおうか。まずその足を
「…………」
クラハは大人しく、素直に。ロンベルの指示に従って、彼の股間を踏みつけにしていた足を、言われた通りにゆっくりと退かす。そうして、クラハの足が完全に離れた、その瞬間。
──ド
と、心の中で呟き。気づかれぬように開いた【
「
パァンッ──という、まるで乾いた枝を