「え?お金要らないの?本当に?」
「はい」
「強がり?それとも
「……とにかく、報酬は結構です」
「ふーん。まあ別にそっちがそれでいいんなら、私も構わないけどさあ」
「それと離れてくれませんか。少し、距離が近いかと」
「えー?いいじゃん減るもんでもないし。……あ、それとも意識しちゃうから?まさか君、童貞だったり〜?」
「…………」
ガララガラガラ──揺れる馬車の中にて、そんな会話が繰り広げられる。一人は青年で、もう一人は少女であった。
「ねえねえ、どうなの?どうなのってー?」
普通であれば訊ねるのも憚られることを、しかし少女────ユアはさも平然としながら口にそう出し。そして急かすように、無遠慮かつ不躾にも彼女は追求する。
「……あの、護衛の僕が馬車の中にいてもいいんですか。これでは事前に
が、そんな下世話な質問を跳ね除けるようにして。同じく平然とした態度と声音で以て、青年────クラハ=ウインドアがユアに対し、そう告げるのであった。
護衛する身としてはあり得ない状況に置かれているクラハの、護衛される身としては聞き捨てならない言葉を受けたユアだが。それでもやはり、依然平気な風で彼女が言う。
「うん。別に大丈夫だよー。この方が君に歩調を合わせる必要もないし、それに魔物に関しては私の馬が迅速に敏感に反応するからさ」
「……」
ユアの言葉を聞き、クラハは馬車の隔てられた先越しに彼女の馬を見る。今にして思えば、実に奇妙な馬だった。
別に見たことがない種類だとか、身体の一部分が異常に発達していたり、どこかおかしい点が見受けられる訳でもない────ただ、真っ先に目につくのがその毛色だ。
今までにクラハが見てきた馬の大半は焦げた茶色か深い黒か、その逆で明るい純白。当然、青い馬など一度も見たことはないし、そんな馬がいるという話も耳にしたことはない。
もうこれだけでも普通の馬ではないことは確かなのだが、気に引っ掻かる点はまだもう一つある。それは────その全身、存在から漂う
「……何でって、顔してるね。教えたげよっか?」
他人からすれば何を考え、何を思っているのか。全く、皆目検討もつかないクラハの無表情を見つめ。まるで試すかのように、ユアが彼にそう言う。
──……。
ユアに対して、クラハは率直に、そして素直に。言い知れず、得体の知れない薄気味悪さを抱いていた。
ユアというこの少女と出会い、話し、こうして関わり合っている訳だが。けれどそれは決して長くはない。まだ、一時間と少しが過ぎたばかりだ。
だと、いうのに────
『あと君、冒険者
────恐ろしい程正確に、的確に。こちらがひた隠している内心を、隅々まで見透かしている。
人の考えを、思いを。それらを機敏に察したり、容易に汲み取れる者はいる。そのことに対してクラハがどうのこうのと疑問を抱くことはないし、一々気にしたりもしない。
ましてや商人、そういった能力を得て、或いはそういった才覚に恵まれて。それが研ぎ澄まされ、鍛え上げられたその末に。こうして読心に近しい洞察へと昇華されるというのは、ごく自然な流れなのだろう。
が、しかし。ユアに限っては、度が過ぎている。彼女のそれは言うまでもなく洞察の域を優に超えており、読心以上の何かだ。
恐らく、
護衛など、引き受けるべきではなかったのかもしれない。ユアと、こんな少女と関わってはいけなかったのかもしれない────そんな軽い後悔を覚えるクラハのことを他所に、ユアが言う。
「んふー、んふふ。特別だかんね、君」
と、言うや否や。ユアは腕を振り上げ、クラハの眼下に手を翳し。直後、彼女の手から────魔力が渦巻いた。
「……」
同じ、であった。今し方目で見て、肌で感じ取ったユアの魔力。人手もなしにこの馬車を引く、あの青い奇異な馬の魔力。まるで瓜二つの、全くと言っていい程に同一であった。
即ち、それが指し示す答え────
「
────を、先にユアが口に出すのだった。
「魔法生物……って訳じゃあないし、召喚獣ともまあ違うんだけど。何はともあれ私の固有魔法なんだーあの馬。戦闘にはまるっきり使えないけど、こうして独りでに馬車を引いてくれるし、それに魔物が近くにいれば私に知らせてくれるし。結構色々と便利なんだよねー」
と、何処か自慢げにそう語るユアの言葉を、クラハは黙って聞く。
「だから君が乗ってても平気だよ。そっちだって歩いて疲れるよりもこっちの方が楽できて良いでしょ?それに歩調を合わせて進める程余裕なんてなくてさー、できれば日が沈むまでに進められるだけ進んでおきたいの」
「……そうですか」
そんな短い返事をしながら、クラハは内心独り言つ。それがユアに
──なら、彼らの犠牲は未然に防げたはず……。
クラハの言う彼ら────無論それは言うまでもなく、この護衛の前任者たち。先程、地面に転がっていた手足千切られ胴体分たれ、首を失くしていたり繋がっていたりしていた男たち。
恐らく彼らは、
中でも
もはや過ぎたことではあるし、所詮部外者でしかない自分が今更どうのこうのと口を挟む余地などないと思いながらも。
仮にもし、あの
……まあ、護衛という
──……僕には関係ないことだ。
そうして、そこでクラハは思考を止めた。