それ故にこの街の一日は、あっという間に。誰もが皆、気づかない内に。今朝方昇ったばかりだと思っていた太陽は傾き、沈み。見渡す限り一面の青空が、今や無数の星々で飾られた夜空へと変わって。そして静謐なる輝きを零す月が、太陽と代わって夜空に浮かぶ。
そうして今日もまた、この街の一日が終わろうとしている。
「ではこれで、私は先に上がらせてもらいますね」
「ああ。いつもこんな時間まで付き合わせてすまない、メルネ。充分用心して、何事もなく帰ってくれ。……まあ君のことだから、大丈夫だろうけどね」
「ええ、
「ははは……耳が痛いね」
と、今日最後の会話をそんな軽いもので締め。帰りの身支度を済ませたメルネは荷物を手に持って、踵を返し、この執務室から去ろうと扉の方へと向かう。
「……」
ゆっくりと遠去かるメルネの背中を、椅子に座るグィンは静かに見つめ。そして扉の前に立ち、開こうと彼女がノブに、空いている手を伸ばした────その直後。
「メルネ」
不意に、グィンはメルネを呼び止めた。ノブを掴んだまま、彼女が振り返る。
「はい?どうしました、
「……いや」
と、疑問の声を上げてそう訊ねるメルネに。彼女を呼び止めた当人たるグィンは何故か、どういう訳か一瞬言い淀み、濁そうとしたが。しかし、彼は神妙な面持ちとなって続けた。
「メルネ。あの時、私はどんな言葉をかけるべきだったのかな」
そのグィンの言葉に、彼の声に込められていたのは、苦悩と後悔。その二つが執務室の雰囲気を、
けれど、それでもグィンは口にした。それは
「……GM。それはもう」
そしてメルネもまた、グィンと同じように口を開くことを躊躇い。だが流石は『
「過ぎたことです。過ぎて、終わったことです」
しかし、はっきりと最後まで。そう、メルネは言い切るのだった。彼女のこういうところが、何よりもグィンの言葉を引き摺り出させたのだ。
歯に衣着せぬメルネの返事を受け、グィンはその顔に穏やかで、やるせない微笑を浮かべた。
「そうだねメルネ。君の言う通りだ。だというのに、私は……」
グィンは最後まで言わなかった。彼は己の言葉を途中で止め、少しの沈黙を挟んだ後。改まった様子で、メルネに言う。
「時間を取らせて悪かった。ラグナをよろしくね、メルネ」
と、真摯な眼差しと共に、グィンからそう言われたメルネは────
「任せてください」
────曇り一つとない満面の笑顔で、グィンにそう返して。そうして、メルネは扉を開き、この執務室から立ち去るのだった。
「……」
独り、執務室に残されたグィン。彼はそのまま椅子に座り続け、数分。一つ、唐突に嘆息する。それは重く、深いものであった。
「もう過ぎたこと、もう終わってしまったこと……か。全く以て、その通りだ」
と、悔恨が募る声色で呟き。徐に、グィンは執務机の引き出しを開ける。
その引き出しの中にあったのは一枚の────
『僕は今日を以て』
グィンの脳裏で、執拗に────
『『
────しつこく、残響するのだった。
「……だというのに、どうして私はこれを捨てられてないのかな」
そして独り言ちるグィンの顔には、自嘲の笑みが力なく浮かんでいた。